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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
154/228

Section4-3 意外な遭遇

 午前十時過ぎ。

 諫早孝一は二人の後輩を連れて商店街を歩いていた。

「――そうか、紘也たちは街に戻ったのか」

 携帯を耳にあてて紘也たちを追わせていた後輩二人からの報告を聞いた。やはりあのケットシーがなにかを企んでいて、紘也たちはそれに気づいて蒼谷市に文字通り飛んで帰ったらしい。

 だが、孝一はその件についてはもう不干渉を決めた。ケットシーはシトロンの契約幻獣だ。紘也たちに危険が及ぶことになっても、それは紘也自身が乗り越えるべき壁だと孝一は考えている。

 最悪の事態が起こらない限り、孝一は紘也とシトロンの因縁に手を出すつもりはない。

「ずいぶんと連絡が遅れたみたいだが?」

 紘也たちが遊園地を飛び去ったのは早朝だ。連絡するならその直後でなければ遅い。昨日は幻獣ギュウキの封印が解けたと聞いていたから、その影響で後輩たちの身になにかしらあったのではと少々心配になる孝一である。

『その、すみません。俺もユミも携帯の電池が切れてまして……遊園地がオンボロ過ぎてまともに充電できる環境じゃなかったんです』

『それで仕方ないから、一番近くのコンビニまで走って充電器を買って……なんで何十キロもコンビニないのよ!』

「そ、そうか」

 封印されていた幻獣がギュウキだけではなかった、などということもなく、割と平和な理由で連絡が遅れていたことに孝一は内心で安堵する。

「とりあえず、お疲れ。こっちはもう終わったから紘也が戻って来てもたぶん大丈夫だ。二人も気をつけて帰れよ。あ、なんならその遊園地で遊んでってもいいぜ?」

『いやいやいや、冗談言わないでくださいよ先輩』

『なによヨウタ? アタシと遊ぶのがそんなに嫌なわけ?』

『違うって、ユミ。あんないつ崩壊してもおかしくない遊園地で楽しく遊べると思う?』

『スリル満点で楽しそうじゃん』

『今から戻るの?』

『……帰る。でもタダで帰るのはなんか癪じゃん? どっかで遊んで帰ろうよ』

『うん、それもそうだね。いいですか、先輩?』

「ああ、思いっ切り遊んで来い」

 電話の向こうでわいわいはしゃぎ始めた後輩たちに苦笑し、孝一は一言断って通話を切った。

「……さて、ウロたちに乗って飛んで帰ったのなら、もうとっくに蒼谷市に着いてるだろうな」

 キリアン・アドローバーは始末されたが、実は別種の――場合によってはキリアンなど比べ物にならないほどの危険がまだ残っている。


 天明朔夜。


 孝一たちと同じ『ラッフェン・メルダー』の生き残りであり、『最強』と謳われた先輩。魔術師を殺すことに執着している狂人だ。奴が今は魔術師ではない紘也を狙うようなことはないと思いたいが、これからどうなるか正直わからない。

 関わらなくていいのなら関わりたくはない。

 だが、これは仕事。ビジネス。任務だ。

 魔術師商会『払暁の糧』からキリアンが盗んだ妖刀〈朱桜〉の回収が残っている。天明朔夜はキリアンを抹殺した後、その妖刀を気に入ったらしく持ち逃げしたのだ。

 はっきり言って、孝一たちが『払暁の糧』にここまで付き合う義理はない。危険な妖刀を放置したくはないが、果たして現状、アレにそこまでの危険度はあるだろうか。

 いくら妖刀の呪いを跳ね除けたとはいえ、魔力を持たない天明朔夜では妖刀の『斬り殺した相手をゾンビ化させる能力』は発揮できないのだ。つまり今は、血を吸うごとに強靭になっていくだけのただの日本刀である。

 ――妖刀の回収はあくまでついでだ。

 天明朔夜の方も孝一たちが接触してくることを待っている。となると、任務を放棄して彼を無視すればどうなるか?

 恐らく、いや間違いなく、孝一たちが動かざるを得ない状況を作り出す。

 最も手っ取り早いのが孝一たちの護衛対象――秋幡紘也の誘拐だ。ウロボロスたちがいるからと安心はできない。天明朔夜がその気になれば、あの強大な幻獣たちの目の前で全く悟られることなく堂々と紘也を誘拐してみせるだろう。

 ――戦うかどうかはともかく、天明朔夜とは一度会っておく必要はあるな。

 問題は、彼が蒼谷市のどこに潜伏しているかわからないことだ。ただでさえ『ラッフェン・メルダー』の暗殺者はステルス技術が人間離れしているのだ。ノーヒントで探し出すことは非常に難し――

「あの、先輩、アレって……」

 思案に耽っていると、右後ろを歩いていた後輩のナオヤが前方を指差した。

 そこには乳母車を引く腰の曲がったお婆さんと、その隣で大量に重なった段ボール箱を担いで歩く青年の姿があった。

 一見すると孫がお婆さんの荷物持ちをしているなんの変哲もない風景なのだが……その荷物持ちをしている青年はどう見ても天明朔夜だったのだ。

「……は?」

 孝一は思わず眉を顰める。来ているTシャツもジーパンも目立つものではなく、漫画やアニメの世界だったらモブキャラ以外のなんでもないその存在感。一瞬人違いかと錯覚しそうになったが、微笑みながらお婆さんと世間話をしている横顔は見間違いなんかじゃない。

「今時の若いもんにも親切な人がいるもんだねぇ」

「つか婆さん、もう老い耄れてんだからこんな重てぇもん一度に運んでんじゃねぇよ。息子とか孫とかいねぇの?」

「どっちも立派に公務員やっとるよ。あー、そこの呉服屋だよ。ありがとうねぇ」

「どこに置いときゃいい?」

「その辺に置いとってくれたら後でうちの嫁が片づけるよ。そうそう、なんかお礼しないとねぇ」

「いらねぇよ。感謝の言葉だけで充分だ」

 呉服屋の中から笑顔で手を振るお婆さんに、同じく気さくな笑顔を返してその場を去っていく天明朔夜。

「……」

 なんだ、アレは……?

「先輩、なんかあの人、昨日と雰囲気違くないですか?」

 左後ろを歩いていた後輩のアカネが孝一の中で渦巻く疑問を代弁してくれた。

「どうします? 後ろから仕掛けますか?」

 ナオヤが僅かに身を屈め、隠し持ったナイフを抜く姿勢を取る。

「いや、様子を見よう。仕掛けるのは奴のことをもう少し知ってからだ」

 昨日見た好戦的で魔術師を狩ることに並々ならぬ執念を燃やしていた狂人と、今しがたお婆さんを手伝っていた親切な青年はあまりにもイメージがかけ離れている。

 向こうはまだ孝一たちに気づいていない。このまま仕掛けるのは可能だろう。だが、天明朔夜という人間がただの狂人なのかどうかを見極める必要が出てきた。上手くいけば話し合いで解決できるかもしれないのだ。

「二人とも気配を消せ。それから他の仲間に連絡。充分な距離を取って対象を尾行する」

「「了解です」」

 目を離さなくても見失ってしまいそうな背中を追いかけて、孝一たちは静かに移動を開始した。


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