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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
150/228

Section3-7 最強の暗殺者

「チッ! 遅かったか!」

 光の柱が秋幡家に落ちるのを孝一たちは住宅街の路地を走りながら目撃していた。脱出に成功した他の後輩たちとも合流し、孝一や劉文海も含めて総勢十五人の大所帯である。

「先輩!」

「すみません、ターゲットを仕留め損ないました!」

 道中でゾンビ化した野良犬を処理していた二人を発見。手早く状況を聞く。やはりキリアンは秋幡家に到達しているようだ。紘也たちがいないからと、秋幡家を見張る人員を最小限にしたのは間違いだった。

 まさか家ごと吹き飛ばすとは。

 ――いや、少し妙だな。

 キリアンは妖刀の狂気にあてられていた感じはしたが、それでも理性は保っていた。こんな形振り構わず大規模な術式を発動させるとは思えない。

 ――なにか、術式を使わざるを得ない事態が発生した?

 だとすればなにが起こったというのか。

 その疑問の答えは、秋幡家があった場所に到着するとすぐにわかった。

 まず、集まっていた無関係な野次馬たちを劉文海が人払いの魔術で強制解散させる。

 開けた視界に映ったのは、目を背けたくなるほど無残に崩れ去った秋幡家。その瓦礫の上に立つ、二人の人間だった。

 正確には立っているのは一人で、もう一人はそいつに首を鷲掴みにされている形だったが……。

「あーあー、他人様の家をぶっ壊しちまって。悪い子だなぁ、キリアンくんは」

「な、なんれ……無傷……?」

 首を掴まれている方がキリアン・アドローバーだった。先程の光の柱を自分も受けたのだろう。衣服はほとんど焼け落ち、皮膚も大部分が爛れてかろうじてキリアンだとわかる。生きているのが不思議な状態だ。

「ああ、避けた」

「避け……え?」

「あんだけ派手でわかり易い攻撃、『避けてください』っつってるもんだろ? てか無傷じゃねえよ。見ろ、服がちょっと焦げちまったじゃねえか。結構気に入ってたのによぉ」

 一方、もう一人の青年にはほとんど外傷は見当たらなかった。

「ま、てめぇはマヌケにも自分の魔術を自分でくらっちまって死にかけてるわけだ。そのタフさだけはちょっと驚いたぞ」

「くそ……化け物め……」

「その化け物を作った親はてめぇらクソ魔術師だろうが」

 キリアンはガクガクと震える手で握っていた刀を持ち上げようとする。それに気づいた青年は片手でキリアンの腕を捻り、刀を手放させた。

「まぁーだ動けるとかキリアンくん元気だねぇ」

 青年は茶化しながら瓦礫に刺さった刀に手を伸ばす。刀の柄を握った途端、ピクリと一瞬動きが止まり――

「――黙れ」

 低い声で静かに呟いた後、何事もなかったかのように抜き取った。

「妖刀か……オレを乗っ取ろうとしやがって。ハハハ、面白えもん持ってんじゃねえか!」

「貴様……かえ……」

「あばよ」

 青年は冷徹に言い放つと、取り返そうと手を伸ばしたキリアンの首を放し、拾った妖刀でなんの躊躇いもなく斬り裂いた。

 ブシャアアアアッ!! と赤い液体が噴出し、キリアンの体は瓦礫の上を滑り落ちていった。

「安らかに……眠れねえか。寝心地悪そうなベッドだもんなぁ」

 妖刀を軽く振って血を払った青年が、チラリと首だけを捻って孝一たちを見た。

「で? てめぇらはなんだ?」

「――ッ」

 そう問われるまで、孝一たちはまるで地面に縫いつけられたかのように誰一人として動くことができなかった。

 最初に我に返ったのは孝一だ。

 状況を理解する。キリアンを殺した得体の知れない存在を、このまま放置するわけにはいかない。

 孝一は妖刀を担いだままひょいっと瓦礫から飛び降りた青年を見据え――


「捕えろ!」


 命令した瞬間、後輩たちが一斉に姿を消した。

 常人では視認も難しい速度で十三人――いや二人増えたので十五人の暗殺者がたった一人を襲う。

 完璧な連携による死角からの一斉攻撃は――しかし、全てかわされていた。

 まるで全部がスローで見えているかのように、青年は瞬速で入れ代わり立ち代わる後輩たちを涼しい顔でいなしている。同時に三人、四人、五人で強襲しようと空気の流れに身を寄せているように攻撃が掠りもしない。何人か反撃もくらった。

「へえ、こいつは――ッ!?」

 唇を斜に構えていた青年が初めて表情を変え、握っていた妖刀で防御の姿勢を取った。

 次の瞬間――ガキィイイン!!

 妖刀の刃と、突撃した孝一のサバイバルナイフが交差する。十メートルほど青年を押し出し、妖刀を弾いてもう片手のナイフで喉元を切り裂く。

 青年は首を少し後ろにずらしてかわすと、そのままバック転をしながら孝一の顎を蹴り上げる。そのサマーソルトキックを孝一は腕でガードし、受け流し、青年が着地をきめたタイミングで回し蹴りを放つ。

 が、青年は既にそこにはいなかった。

 あの体勢から消えるような速度で移動し、孝一の背後から妖刀を振り下ろしたのだ。だがそれも孝一の残像を斬っただけに終わった。今度は孝一が青年の背後に回ってナイフで切りつけるが――

 がしり、と。

 手首を掴まれた。

「ハハハ、やるじゃねえか。〈気配遮断ステルス〉だけならオレ以上だな。一瞬、本気で見失ったぜ」

「……ッ!?」

 ニヤリと笑って孝一を腕力だけで投げ飛ばす。宙を飛んだ孝一はすかさずナイフを投げて反撃するが――

「が、ちっと模範的過ぎだなぁ。優等生か? あぁ?」

 振るわれた妖刀で反射するように弾き返された。

 倍の速度で返されたナイフを孝一は指で挟んで受け止め、着地。敵から目を離さないまま後輩たちに叫ぶ。

「状況!」

「軽傷六! 重傷一! ジョージが脇腹を斬られました!」

 後輩の一人から報告が上がる。あの一瞬でよくもそこまでの反撃ができたものだ。感心すると同時に、孝一は青年の正体を理解した。

「奴もどういうわけかオレたちと『同じ』だ! そして間違いなくオレより強い! 連携を崩すな! 負傷者の手当ても急げ!」

「「「了解!!」」」

 孝一たちは負傷者と手当をする人員を残して青年を取り囲む。青年は妖刀を構えずぶら下げたまま、持ってない方の手を「まあまあ」と言うようにヒラヒラさせた。

「いいねぇ、いいねぇ、この感じ。組織の訓練を思い出して胸糞悪くなってきたぜぇオイ。だが、まあ落ち着け。ちょっと話をしようぜ? お前らも『ラッフェンの子狼』なんだろ?」

 戦意はない、と『殺気のない殺気』を放ちながら手を振って示す青年に、孝一たちはナイフを構えたまま足を止めた。会話する気もあったが、迂闊に踏み込んだ者から殺られるという直感的確信がそうさせた。

「……お前ら『も』ってことは、やはりあんたもそうか?」

 孝一が代表して対話に応じる。

「ああ、そうだ。オレは天明朔夜てんみょうさくや。当時はR-0108って呼ばれていた。聞き覚えはないか?」

「R? 悪いが二つも上の先輩のコードなんて覚えちゃ……」

 言葉の途中で孝一は脳裏にチクリと引っかかるものを覚えた。RはTの二つ上。その世代の中いた……〝最強〟の話。

 聞き覚えがあるだけじゃない。一度だけ手合わせしたこともある。

 こっ酷く負けた記憶がフラッシュバックする。当時の少年の面影が目の前の青年にある。

「そうか、あんたがあの〝最強〟さんか。生きていたとは驚きだ」

「オレもまさか後輩がこんなに生き残ってやがるとは思わなかったぜ」

 生き別れの兄弟にでも再会したような笑みを浮かべる青年――天明朔夜。先ほどキリアン・アドローバーに向けていた表情とは別人レベルで違っていた。

 だが、僅かに感じ取れる研ぎ澄まされた刃物のような気配は同一だ。

「あんたの目的はキリアンを殺すことか?」

「オイオイ、質問の前にやることがあんだろ? オレは名乗った。お前も名乗れ。ああ、全員は面倒だから今はお前だけでいい」

「……諫早孝一だ。コードは言わなくてもいいだろ」

 名乗ると、天明朔夜は記憶するように何度か孝一の名前を小さく呟き――

「オーケーオーケー。そんじゃあ、質問に回答しようじゃねえか。オレは今フリーの暗殺者をやっている。もちろん、オレが気に入らないクソな魔術師専門だけどな。ランフェンでやってたことと大差ねえって言やそうだが……生憎と、オレにとっちゃあ魔術師殺しそれが一番性に合ってたわけだ。で、キリアンのクソ野郎の始末も依頼の一環」

 聞いてもいないことまでよく喋ってくれた。彼の実力からすればその程度の情報を秘匿する理由がないのだろう。

「誰の依頼だ?」

「オレの依頼だ」

「……は?」

 孝一は天明朔夜の言葉を理解できなかった。流石に依頼主クライアントの情報までは漏らさないということなのか? それともなにかの隠語か?

「『わかりません』って顔して考え込むなよ優等生。言葉通りだ。オレがオレにラッフェンの残党狩りを依頼してんだよ。ま、平たく言やぁ私怨による復讐ってやつだ」

「……」

 回りくどい。

 だが、劉文海の言っていたキリアンを狙っている何者かの正体は判明した。

「この十年間、殺して殺して殺して殺して殺して殺してやったぜ! 全部で二十三人ほど狩ったっけかなぁ。ああ、キリアンくんを含めたら二十四人だな! ハハハ! たぶんもうちょいいるぜ。オレの記憶と連盟の発表じゃあ数が全然合わなかったからよぉ!」

 喋っているうちにテンションが上がってきたのか、天明朔夜は両腕を広げて夜空に叫ぶ。

「ところで」

 ゾワリ、と。

 一気にトーンを落とした天明朔夜に、孝一は背中を日本刀で撫でられるような悪寒が走った。

「諫早くんよぉ、てめぇらは……アレか? キリアンの狗か?」

 だったら殺す。天明朔夜の底冷えする黒い瞳が言外にそう告げていた。

「……違う。キリアンはオレたちのターゲットだった。あんたにまんまと横取りされたよ。生け捕りする予定だったってのに」

「あぁ、そりゃあ悪いことをしたなぁ。つーことはなにか? 別の人間に飼われてるわけか?」

「答える義理はない」

「可哀想だ。ああ! 実に可哀想な後輩たちだ! 組織はなくなったってのにまだクソ魔術師に縛られてやがる! これは先輩として助けてやらねえと」

 普通に喋れば聞こえる距離なのに、天明朔夜はわざと芝居がかった大声を張り上げ――

「なぁ!」

 もう崩れて原型のない秋幡家の入口に視線だけを向けた。

「しまった! 文海さん!」

 気づいた時には天明朔夜の姿はなくなっていた。完全に包囲していたはずなのに、それでも奴は孝一たちの不意を突いて視界に映ることなく超スピードで擦り抜けた。

 塀の陰からこちらの様子を見守っていた劉文海へと。

「へあっ!?」

 唐突に目の前に出現した天明朔夜に劉文海は奇声を上げて仰天した。それでも圧倒的な速度で振り抜かれた妖刀を鉄扇で受け止めたのは流石である。

「ハッハァーッ! さっきから臭え臭えと思ってたらやっぱりいやがったなぁ! クソ魔術師!」

「ちょ!? なんでボクんとこ来るん!? あと臭いって失敬やな!? ちゃんと毎日風呂入っとるがな!?」

 ガキィン! ガキィン! と妖刀と鉄扇の打ち鳴らされる音が断続的に響く。どちらも達人級の動きで打ち合っていて孝一たちの割り込む隙がない。ただ、見た限りだと劉文海の防戦一方だ。

「あぁ? 『臭え』ってのはそういうことじゃねえよ!」

 妖刀が鉄扇を後方に弾く。

「わかるんだ、オレには。クソな魔術師かそうじゃない魔術師かってのがな。なんつうか、直感で嗅ぎ分けられる」

「いやいやボクみたいな善良な魔術師そうおらへんで――ってタンマタンマ!? ちょっとタンマ!?」

 武器を失った劉文海は慌てて逃げようとするが――


「てめぇからはキリアンよりもクソな臭いがプンプンしやがんだよ!」


 天明朔夜は容赦なく劉文海に刃を振り下ろした。劉文海はどうにか身を捩って急所を守ったが、左の二の腕をスパッと斬り裂かれて血を流す。

 掠り傷程度だが、斬ったのは妖刀〈朱桜〉だ。

「うひゃああああっ!? 斬られたぁあッ!? ゾンビになってまうぅううっ!?」

 傷口を抑えて地べたをのたうち回る劉文海。やや興奮した笑みを浮かべていた天明朔夜は、劉文海の血を吸って刀身を赤鈍く光らせる妖刀を見た。

「へえ、こいつで斬りゃあゾンビになんのか。面白えなぁオイ。じゃ、ちょっとなってみてくれよ、ゾンビってやつによぉ!」

「嫌やあぁ!? 死ぬうぅぅぅ!? 死んでまうぅぅぅ!? ボクこないな若いうちから死にたくあらへんでぇ!?」

 天明朔夜は無様にもひぃひぃ喚きながら地面を転がる劉文海を見下し――


「なーんちゃって♪」


「――ッ!?」

 ペロリと舌を出した劉文海が、いつの間にか魔術を発動させていたことに瞠目した。

 地面に血で描かれた、『震』の文字を中心に置いた八卦陣が輝く。

「問題や。八卦において『震』は天地自然のなにを意味すると思います?」

 劉文海がニヤリと笑った瞬間、轟!! と凄まじい雷撃が爆発的に放出された。

「チッ!」

 天明朔夜は雷撃を超反応でバックステップしてかわす。だが、避けられることは計算に入れていたらしい劉文海が爆雷を突っ切って切迫していた。

「せや、『雷』や! やったら次はなんやろな!」

 後ろに引くように構えた右腕に『艮』と書かれた八卦陣が多重展開する。爆発的な威力で繰り出された掌底が天明朔夜の胸部を激烈に打ち抜いた。

 砲弾のように吹き飛んだ天明朔夜の体が瓦礫の山を貫通する。

「『艮』は『山』や。『山』っちゅうんは莫大な自然の力が絶えず流れ蓄積してん。ちょっと地脈からその力を借りて一点に集約して放てばご覧の通りやな」

 腕がごっつ痛なるんやけどな、そう付け足して劉文海は左手を前に翳した。そこには今の今まで天明朔夜が持っていた刀が握られていた。

「さて、これは返してもらいますで。元々、ボクらの大事な商品やさかい」

 劉文海は天明朔夜を吹き飛ばしただけでなく、妖刀も掠め取っていたのだ。丸眼鏡を持ち上げて勝ち誇ったように言う。

「それとこの妖刀はな、あんさんみたいな魔力のない人間が使てもゾンビ化したりはせえへんのや」

「なるほど、そいつは残念だ」

「あれっ!?」

 取り返せたのも束の間、妖刀は一瞬で戻ってきた天明朔夜に再び奪われていた。

「残念だが、気に入っちまったもんはしょうがねえ。この刀はオレが貰う」

「そらあかんて!?」

 再び取り戻そうと飛びかかった劉文海だが、天明朔夜はひょいっと飛び退って向かいの家の屋根へと上った。

 その背後。

「悪いが先輩、それを取り返すのも仕事なんだ」

 先回りしていた孝一がナイフを閃かせる。だがナイフは空を切り、避け様に振るわれた妖刀によって砕き弾かれた。

「だったらもうちっとは気の利いた攻撃してみろよ、後輩」

「くっ」

 孝一は屋根の上から蹴り落とされる。空中に身を捻って着地したが、ナイフを砕かれた時の衝撃で手が痺れて動かない。

 と――

「孝一先輩!」

「文海さん!」

 路地の向こうから美良山とシトロンが慌てた様子で駆け寄ってきた。彼女たちも光の柱が落ちたのを見たのだろう。となると、葛木家が来るのも時間の問題だ。

「また魔術師が増えたか……だが、まあ、アレらはいいか」

 天明朔夜も二人に気づいたようだが、幸いにも劉文海の時みたくいきなり襲いかかったりはしないようだ。

「孝一先輩屋根から落ちてましたけど大丈――ってわひゃああっ!? ジョージくんその怪我どうしたの!?」

「い、家が……」

 美良山は脇腹から大量の血を流すジョージを見て顔を青くし、シトロンは崩壊した秋幡家を呆然と見詰めた。

 屋根の上からその様子を眺めていた天明朔夜は――

「あーあー、なんかシラけちまったなぁ。帰るか」

 つまらなそうに頭の後ろを掻き、くるりと踵を返した。

「待て!」

「待たねえ。だが、まあ、そうだな。あと一日くらいならこの街にいてもいいな」

 天明朔夜は孝一の静止も聞かず歩き、首だけで振り返る。

「オレの可愛い後輩たちを飼い殺すクソ魔術師の暗殺だったら、喜んで引き受けてやるからよぉ。もちろん、無償タダで」

 それだけ言い残して、天明朔夜は――最強の暗殺者は夜の闇へと姿を消した。


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