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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
149/228

Section3-6 復讐者

 沈みかけた夕陽のオレンジが夜の色と混ざり合う住宅街。

 キリアン・アドローバーは鞘に収めた妖刀を手に、路地を真っ直ぐ秋幡家のある方角へと歩いていた。これから起こる楽しくも愉しくて娯しい惨劇を想像し、思わず顔を狂気の笑みで歪ませてしまう。

「イヒヒ、もうすぐだ。もうすぐ奴の……イッヒヒ」

 キリアンが魔術師専門の暗殺集団『ラッフェン・メルダー』に所属する魔科学者となったのは二十二歳の時だ。

 人間の魔改造には元々興味があった。組織に入る以前も死体を弄っては死霊使いの真似事をしていた。そのおかげか組織でも『戦死した暗殺者の再利用』という研究テーマで主任の地位につけた。

 だが、暗殺者の再利用は困難を極めた。既に魔改造が施された肉体は、死んだ後で手を加えても思うような結果にならなかったからだ。

 何度も何度も失敗した。どうにか死体を動かせたとしても、たった数秒で崩れてしまって使い物になどならなかった。

 それでもキリアンは諦めなかった。この研究をすることこそが彼の生き甲斐だったのだ。失敗を重ねるごとに改善案を模索し、徐々に成果が見えてくることが楽しくて仕方がなかった。

 これが普通の研究者であれば鑑のような人物として有名になったかもしれない。けれど行っているテーマは倫理に真っ向から喧嘩を売るようなものだ。喜ぶのは組織の人間と本人だけである。

 そして十数年もの時間をかけて研究がようやく実を結ぼうとした時――あってはならない事件が発生した。

 組織の実働部隊である暗殺者にも本拠地の場所を秘匿していた『ラッフェン・メルダー』だが、どういうわけか世界魔術師連盟に特定されてしまったのだ。

『ラッフェン・メルダー』とはドイツ語で『疾走する暗殺者』という意味だが、その本拠地は東アジアの――日本に程近い小さな島にあった。

 それ故に魔改造人間を生み出すために攫ってくる赤子は日本人を中心としたアジア系の人種が多かったが、場所を特定された理由は恐らくそこからではないだろう。

 とにかく組織は見つかり、秋幡辰久率いる懲罰部隊の手で壊滅した。

 連盟の大魔術師である秋幡辰久。入念に隠蔽された組織を見つけ出したのも奴に決まっている。

 どうにか脱出に成功したキリアンは、別の組織を隠れ蓑にして復讐の機会を窺っていた。

 キリアンが組織壊滅後から練り続けていた計画を実行したのは、滅亡主義団体『朝明けの福音』が復活したと聞いた時だ。

 隠れ蓑にしていた組織はとっくに解体されていたが、世界魔術師連盟が混乱している今こそ好機だった。

 まず以前から狙いをつけていた妖刀を魔術師商会から奪い、蒼谷市に入って気づかれないように色々と仕掛けを施した。時間はあまりなかったが、協力者もいたのでスムーズに事を運べた。

 そして今夜、奴の息子を妖刀で斬る。ゾンビに変えて奴の他の家族や大切な人を襲わせる。秋幡辰久自身に直接手を出したりはしない。それでは奴の人生を生きたまま壊せないからだ。

 奴の息子は強力なドラゴン族の幻獣と契約していると聞く。当然、その対策も抜かりはない。

 もう少し、もう少しで奴の息子が住んでいる家が見えてくる。

「……ん?」

 妄想に耽っていたキリアンだったが、ふと、向かいから歩いてくる中学生くらいの男女が気になった。

 なんの変哲もないただの中学生カップルにしか見えない。

 だが、キリアンは唇をニヤリと歪めると――唐突に脇道へと駆けた。案の定、驚いた様子の中学生カップルが追ってくる。

 奴らも子狼だ。

 ――イヒヒ、俺じゃなかったら擦れ違い様に喉を掻っ切られてただろうな。

 確信があったわけじゃなかった。だが、『ラッフェン・メルダー』の暗殺者はそのほとんどが幼い子供だ。他に人のいない路地を歩いてくる子供を警戒しないほどキリアンはマヌケではない。

「まあ、俺の狙いをわかっていてそこに人員を割かないわけがねえよなぁ!」

 T-0051は頭が切れる。その辺りを疎かにするわけがない。

 その辺にいた野良犬を斬ってゾンビに変える。キリアンが神殿化した区域外で動かせるゾンビは一体が限界だが、奴らを少しの間だけ足止めするには充分だろう。

 ゾンビ犬に追ってきた中学生カップルを襲わせている間に、キリアンは急いで秋幡家に向かう。

 だが――

「あ?」

 裏から塀を乗り越えて秋幡家に侵入したキリアンは、すぐにその違和感に気づいて邸を見上げた。

 付近の住宅と比較するとそれなりに大きな邸である秋幡家には、既に日は沈んでいるにも関わらず灯りが一切ついていない。裏だからと思い、表に回ってみたが同じだった。

 人の気配がない。

 ――留守だと……? 馬鹿な……。

 玄関を抉じ開けて中に入る。キッチン、リビング、寝室、トイレ、風呂。どこにもいない。隠れられそうな場所も妖刀で斬り壊した。

 おかしい。昨日までは確かにいたはずだ。途中で子狼どもが現れたのでターゲットの監視は中断せざるを得なかったが、長期の外出をするような気配はなかった。

 子狼どもが連れ出したのか?

 それならそれで協力者から居場所が伝わるはずだ。

「くっそ!! 出て来い秋幡辰久の息子!!」

 苛立ちが限界を超えて叫んでしまう。当然ながら返事はなかった。


「キィ~リアンくん見ぃ~つけたぁ~♪」


 背後からの一言以外は。

「――ッ!?」

 反射的に振り向く。キリアンは妖刀を構え視線を彷徨わせるが――どこにも、声の主と思われる存在が見つからない。

「だ、誰だ? 隠れてないで出て来い」

「オイオイ、どこ見てんだぁ? 隠れてねえよ。よく見ろ。ここにいるだろ」

「なんだと……ッ!?」

 ハッとし、キリアンは意識を集中させる。

 秋幡家の玄関。そこに長身の男が堂々と立っていた。黒い髪に端整な顔立ち。黒を基調とした薄手のトレーナーにジーパン。近所のお兄さんが異変に気づいて駆けつけて来たと言っても通じそうな普通な格好だが……その猛獣のような鋭い目は確実にキリアンを噛み殺す狙いをつけている。

 そこにいるのに気配を全く感じない。この感覚はラッフェンの暗殺者と同一だ。

「ったく、雑魚のクソ魔術師が手間かけさせんじゃねえよ」

 だが、そうなると妙だ。ラッフェンの暗殺者の生き残りはT-0051が最年長だったはずだ。この男はT-0051よりも年上に見える。他に生き残りなど……!

 まさか。

 まさかまさかまさか。

「馬鹿な……ありえない……貴様は……」

「なんだぁ、その顔は? 作りの親が息子と久々に再会したんだぜ。もっと嬉しそうな顔しろよ?」

 唯一、可能性のある生き残りがいる。

 だがそいつは、あの〝最強〟は、組織によって消されたはずだ。

「挨拶はいらねえよなぁ? とりあえず、まあアレだ。てめぇらクソ魔術師がオレたちに犯した罪でも数えながら死ね!」

 男が消えた。

 いや違う。そう『見えた』だけだ。

「うぁあああああああああ来るなぁああああああっ!?」

 キリアンは我武者羅に妖刀を振り回した。廊下は一直線なのにどこから攻撃が来るかわからない恐怖に思考が真っ白になる。

「素人が危ねえもん振り回してんじゃねえよ」

「ひっ!?」

 男は乱れ斬りを全て掻い潜ってキリアンの懐に入った。それから胸倉を掴むと、片手だけでキリアンの体を軽々とぶん投げた。キリアンは背中から玄関のドアを突き破って邸の外に放り出される。

「がはっ!?」

 痛みに呻きながらも、どうにかすぐ身を起こすキリアン。

「魔術を使えよ。クソ魔術師なんだからよぉ」

 その時には既に男の靴の爪先が眼前に迫っていた。

「はやぐぶッ!?」

 蹴り飛ばされたキリアンは庭の地面をバウンドしながら転がった。血と土の味が口の中に広がって咽込む。

 ――や、やばい。

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!

 あいつはやばい。とにかくやばい。T-0051なんて比じゃない。なんであいつがここにいる? あの化け物と真っ向から戦っても勝ち目はゼロだ。

 魔術を――ザクッ!

「ま、使わせるわけねえがなぁ!」

 倒れたまま地面に指で魔法陣を描こうとしたキリアンだったが、その前に両手の甲をナイフで貫かれた。

「ぐぁああああああああああああああああああっ!?」

「ギャハハハハハ!! クソみたいな悲鳴だなぁ!! いいぞもっと楽しそうに喚けよ!!」

 みしり。

 頭を踏みつけられる。

「あ、R-0108……な、なぜ貴様が生きている……ッ!?」

「あぁ?」

 ギリギリと頭蓋骨が悲鳴を上げる。男は世界の淀みを見るような目でキリアンを睨み――笑った。

「嬉しいねぇ。コードまで覚えていてくれたとは! オレが脱走に失敗して死んだと思ってたのか? ハハハ! 馬鹿か? お前らを皆殺しにするまで死ぬわけねえだろ?」

 男は踏みつけていた足を離すと、屈んでキリアンに顔を近づける。あの頃から変わらない、世界に絶望したような瞳にキリアンが映る。

「てめぇらの薄汚えアジトを連盟にチクったの、誰だと思う?」

「なッ!?」

 キリアンは瞠目した。R-0108……『ラッフェン・メルダー』史上最強の暗殺者にして、最初で最後の脱走者。担当魔科学者の喉を文字通り・・・・噛み千切って殺して逃げたはいいが、脱走途中で組織に追いつかれ処分されたと聞いていた。

 その男が今、生きて目の前にいる。

「どうしたぁ? もっと抵抗してもいいんだぜ? あっさり諦められちゃあテンション下がっちまうだろ」

 本来、復讐すべきは秋幡辰久ではなかった。

 こいつだ。R-0108こそが組織壊滅の引き金だったのだ。

「イヒッ! ヒヒヒ! そうかそうかそういうことか!」

 キリアンは絶望と恐怖の表情を改め、狂ったように嗤う。

「なら、俺が仕掛けた術式は無駄にはならなかったってことだな!」

 叫び、奥歯に仕込んでいた術式の起動スイッチを押す。

 キリアンはただダミーや子狼と葛木家をぶつけるために各地の建物に細工をしていたわけではなかった。T-0051にはあのように言ったが、実際は秋幡家を中心に蒼谷市を砲撃する術式を仕込んでいたのだ。

 神殿化した建物内にエネルギーを蓄積し撃ち放つ術式。まだ街全体を壊滅させるほどの力は溜まっていないが、この家の敷地を焼く程度ならできる。

 夜空の一点がキラリと光る。

「あん?」

 男も気づいたがもう遅い。蒼谷市のどこからか打ち上げられた光条が放物線を描いて秋幡家に迫る。キリアンもただでは済まないが、R-0108を巻き込めるならどうでもいい。


「消し飛べぇえッ!! イヒヒヒヒヒ!!」


 そして――

 降り注いだ一条の光の柱が、神の裁きのごとく秋幡家の敷地を貫いた。


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