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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
145/228

Section3-2 突入準備

 再び孝一の携帯電話に連絡が入ったのは、喫茶店が開店し、昼食時のラッシュが落ち着いた頃だった。

 画面にはキリアン・アドローバーの行方を探らせている後輩の名前が表示されていた。

「ジョージ、なにかわかったのか?」

『敵の潜伏先を見つけたっス』

 すぐさま孝一は喫茶店のマスターに目配せし、洗い物を中断して二階へと移動する。住居となっている二階のリビングでは……劉文海たちが暢気にもカードゲームに興じていた。どこかで見たことあると思ったら世界の幻獣TCGである。表の孝一だったら喜んで参加したいところであるが、今は裏だし状況がそれを許さない。

「敵の居場所が判明した。すぐに向かうぞ」

 暇なら店を手伝ってもらいたかったのは置いておき、三人は孝一の報告を聞くや真剣な表情になった。

 支度を秒速で終え、マスターの運転する車で現地に向かう。喫茶店は一時的に閉店してもらった。

 そして約十二分後、蒼谷市市街地の一画に聳えるオフィスビルの前で孝一たちは下車した。

 いくつもの会社が入っている極普通のオフィスビル……にしか見えない。少なくとも、孝一には。

 だが――

「結界だな」

 一目で看破した。魔術師ではないが、孝一たちは魔術的な存在を敏感に察知できるよう改造・訓練されている。ただの一般人ならそこにビルがあることすら気づかずに前を素通りしてしまうだろう。そういう類の結界がビル全体に張られている。

「え? 孝一先輩わかるんですか? 私には普通のビルにしか見えないんですけど」

「仁菜ちゃんは修行不足よ。外側は人払いと隠蔽の結界。中は入ってみないとわからないけれど、キリアン・アドローバーによって神殿化されているかもしれないわね」

 儀式魔術を得意としているらしいキリアン・アドローバーが内部になにも手を加えていないとは思えない。シトロンの推測は当たることはあっても大きく外れることはないはずだ。

「そんで? どないしまひょか、孝一はん? 正面から突入するんは危険やで」

「わかっている。正面入口は罠の臭いしかしない」

 一見なにもないように思えるが、入口の自動ドアをくぐった瞬間になにかしらの魔術が発動する仕掛けになっている。わざわざあからさまな地雷を踏んでやる義理はない。

「先輩、こっちッス」

 オフィスビルと隣のビルの間にある狭い裏路地からジョージが手招きしていた。孝一たちは駆け足でそちらへ向かう。

「裏口からなら入れるッス。他の仲間はもう潜入しているッスよ」

「了解。中からの連絡は?」

「まだない……っていうか、結界が邪魔で内外の通信は無理そうッス」

「だろうな」

 後輩たちは最低でも三人のチームで動いている。ジョージのチームは四人だ。彼を連絡係として残し、他の三人が突入してから既に十五分以上は経過している。

 交戦しているのか、それとも罠に嵌ったのか。

 なんにしても急いで加勢に向かった方がよさそうだ。

 と、またしても孝一の携帯に連絡が入った。それも一台ではない。孝一は紘也たちとも番号を交換している常用携帯以外にも、複数の後輩たちと連絡が取れるよう数台所持している。

 その全てが時間差で鳴り響き出したのだ。

『先輩、敵のアジトを見つけました』

『根城発見です、先輩』

『南区に結界の張られた怪しい工場があったわ』

『一般家庭ですが、中が大変なことになっています!』

 全ての携帯をスピーカーモードで通話可能にすると、それぞれから同時にキリアン・アドローバーの潜伏先と思われる場所の発見報告が飛んできた。

「……どういうことだ?」

 考えられるのは本物が一つで残りはダミーということだ。街中のあちこちに結界を張るなどという大がかりな仕掛け……発見されることは前提で組まれているとしか思えない。

 孝一たちの存在を知っていた、とは考え難い。

 となると、キリアン・アドローバーが警戒している勢力は連盟の追手もしくは葛木家だろう。

「孝一はん、それらの結界が作動してるっちゅう建物やけど、どこどこにあるんかわかります?」

 劉文海が蒼谷市の観光マップを広げながら訊ねた。孝一は後輩たちから正確な場所を聞き出し、マップにボールペンで印をつけていく。

 すると――

「これは……」

 印をつけた点を対角状に結ぶと、その中心の交わる部分に敵の狙いがハッキリと見えた。

「秋幡家、ね」

 地図を見たシトロンが唸るように呟いた。ダミーを張った結果が偶然こうなるわけがない。この大がかりな仕掛けはダミーと思わせておいて、その実、秋幡家を吹き飛ばすような術式の構築だった。

 いや、秋幡家だけでは済まないだろう。

 これほどの規模だ。秋幡家の周囲数キロメートルを更地にするほどの火力はある。

 だがそうなると、疑問が発生する。

「文海さん、キリアン・アドローバーはこれほどの術式を一夜で構築するほどの魔術師なのか?」

 もしそうなら大魔術師にも匹敵するレベルである。

「いいや、そんなはずあらへんよ。キリアンは小規模組織の一構成員やったはずや。数日前から仕込めばこの建物全てに結界を張るくらいはできるやろうけど、孝一はんたちや葛木家に見つからずにやろう思たらボクでも無理やで」

 やはり、キリアン・アドローバーは一人ではないのだろうか。状況から考えると仲間または協力者の存在を疑った方が自然だ。

 それをまず念頭に置き、最悪キリアンが知られている以上の実力を隠していたことも考慮して――孝一は命じる。

「各班、連絡係を一人残しそれぞれの建物に突入。相手は複数の可能性がある。キリアン一人だとしても油断するな。最大限に注意を払い、魔術的な道具や装置や術式を発見次第速やかに破壊しろ」

『ラジャーです』

『了解』

『わかったわ』

『イエッサー』

 全く噛み合わない返事をした後輩たちが通話を切って突入を開始する。孝一は携帯を自分で縫って改造したシャツの内ポケットに仕舞うと、この場の面子を見回した。

「ジョージ、お前は引き続きここに残れ。美良山とシトロンもこれから先は足手纏いだ。ジョージと一緒に周囲に異変がないか警戒してくれ。ビルにはオレと文海さんで突入する」

「ええっ!? ボクもでっか!?」

 予想外だとでも言いたげに劉文海は声を荒げた。孝一は真っ白な視線をオーバーに仰け反っている彼へと突き刺す。

「あんた、自分で落とし前つけるんだろ?」

「せやけど、ここにキリアンの阿呆がいてるとは限らへんで? もし別んとこおったらボクはそっちに回りたいんやけど」

「ここにいるかもしれないし、いなくても居場所の手掛かりがあるかもしれない。本当はオレだって連れて行きたくはないが、キリアン・アドローバーという魔術師をよく知っているのはあんただけなんだ」

 孝一たちだけで処理しようと思えばできるだろう。だが今回は事情が違う。孝一たちの依頼人が劉文海である以上、勝手な行動を取るわけにもいかない。

「まあ、問答無用で殺してもいいなら残ってくれて構わないがな」

「ああ、そらあかんわ」

 キリアン・アドローバーを生け捕りにしたい劉文海は、しぶしぶと言った様子で了解するのだった。

「孝一先輩、気をつけてくださいね」

「ああ。そうだ、美良山に一つ確認したい」

 孝一は彼女の力を思い出して訊ねる。

「お前の似顔絵じゅじゅつでキリアンは呪えないのか?」

 キリアン・アドローバーの写真は入手している。顔さえわかれば美良山の呪術は発動条件を満たせるのだ。

 しかし――

「えっと、すみません。もうとっくに試してみましたけど、より大きな力が邪魔して打ち消されてしまうんです。前に鷺嶋先輩を呪おうとした時と同じ感じですね」

 予想していたことだ。美良山の呪術が使えれば楽になる、その程度の確認だった。それより彼女が愛沙を呪おうとしていたことを思い出して少々不愉快になった孝一である。

「未熟な仁菜ちゃんだとまだ一般人や魔術師見習いを呪う程度が関の山よ。たとえキリアン・アドローバーが力の弱い魔術師だったとしても、今は強い呪力が傍にあるはずだから」

「……妖刀か」

 妖刀〈朱桜しゅざくら〉――キリアン・アドローバーが劉文海の店から盗んだ呪われた武器だ。既に強力な呪いの刀を所持している以上、美良山がどう足掻こうがキリアンに呪術をかけることは不可能になる。

「ほんならはよ行くで、孝一はん」

「ああ」

 劉文海が裏口のドアノブを慎重に回し、そっと開く。既に後輩たちが突入しているため罠はないだろうが、警戒するに越したことはない。

「覚悟はええか、孝一はん?」

「覚悟なんてもんは十年前からとっくに決めている」

「そら頼もしいこって」

 危険がないことを確認すると、孝一と劉文海は勢いよくオフィスビルの中へと突入した。


        ∞


 そして、孝一たちがオフィスビルに突入するのと同時刻。

 彼らとは別で、大勢の人影が同じビルを遠巻きに取り囲んでいた。彼らの位置からは孝一たちの姿は見えなかったが、ビルに異変が起きていることは直接視認しなくても感知できている。

「状況を報告して」

 人影たちは誰もが黒装束を身に纏っており、その中のリーダー格と思われる少女が部下に命じる。

「ここと同様に謎の結界が張られた建物は蒼谷市内に六ヶ所確認できました。合わせて七ヶ所です。内部の様子は不明。結界を張ったと思われる魔術師も未だ確認は取れていません」

「連盟からの連絡は?」

「そちらも、まだ」

「きな臭いわね。私たちが動いていい案件なのか判断できないけれど、これ以上野放しにしてこの街で勝手をされるわけにはいかないわ」

 異常を発覚したのが遅過ぎた。ここまで広範囲に仕掛けられるまで彼女たちに気づかせないとは、敵も相当の手練れであることが予測される。

 情報は少ないものの、このまま手を拱いていては取り返しがつかなくなるかもしれない。ここまで大がかりな仕掛けを施されてしまったのだ。既に手遅れ、という可能性もある。

 それでも、リーダー格の少女は決断する。

「総員、正面から罠を破壊しつつ突入しなさい。優先事項は建物内に捕らわれている一般人の救出。それからこの結界を仕掛けた魔術師の無力化よ」

 葛木家次期宗主候補の一人――葛木香雅里は、異変の起きているオフィスビルを睨んで誰とも知れない魔術師に宣言する。


「葛木家を敵に回したこと、後悔させてあげるわ!」


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