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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
144/228

Section3-1 早朝の喫茶店

 時は前日の朝にまで遡る。

 秋幡紘也と別れた諫早孝一は、アルバイト先の喫茶店『秦皮(トネリコ)』で後輩たちからの連絡を待っていた。

 開店前のため客はいないはずだが、店内のテーブルの一つで場違いな格好をした三人がコーヒーを啜っていた。

 シンプルな色合いの漢服に丸眼鏡をかけた糸目の男――劉文海りゅうぶんかい。魔術師商会『払暁ふつぎょうかて』の副会長であり、盗品を回収するために遥々日本までやってきた実質今回の孝一たちの依頼人だ。

 彼の両脇では世界魔術師連盟のローブを纏った少女が二人、喫茶店のマスターが作ってくれたフレンチトーストをはむはむと食べている。

 おさげ髪であどけなさの残る顔をした少女は美良山仁菜みらやまにいな。孝一の中学時代の後輩で、当時は一般人だった少女だ。元々呪術の才能があり、今では連盟で魔術師見習いとして働いているらしい。

 もう一人はフードで顔を隠しているが、美良山を見つけて連盟に誘った張本人だという少女。警戒心が強く未だ名前も明かしてくれず、孝一たちは『シトロン』と呼んでいる。彼女も魔術師としては見習いで、今回は美良山と共に劉文海の案内役を務めていた。

 もう案内は終わったはずだが、どうやら秋幡辰久からその後も手伝うように言われていたらしい。孝一たちにとっては見習いがうろちょろされると正直迷惑である。その辺あのおっさんはわかっているのだろうか?

 とにかく、この『協力者』たちは蒼谷市にいる間の滞在先として喫茶店の二階を借りているのだ。その点に関しては監視し易いので孝一に不満はない。

「孝一せんぱぁ~い」

 と、カウンター席から三人の様子を見ていた孝一に甘ったるい声がかけられた。美良山仁菜は一体なにが楽しいのか、ルンルン笑顔で手招きをしている。

「先輩も一緒に食べましょうよぅ。このフレンチトースト美味しいですよ?」

「遠慮しとく。それと美味いのは知ってるよ。オレはこの店のバイトだぞ」

「えーやんえーやん、そないつれないこと言わへんとこっち来ぃや。ほれ、食事は大勢の方がおもろい言うやん?」

 なんかおかしいイントネーションの関西弁を喋る劉文海に胡散臭さだけを感じつつ、

「だから遠慮するって。オレたちはあんたたちが起きる前に済ませてるから」

 そう直球で断ると、孝一の携帯電話がブブブと振動した。あざとく膨れっ面になって「ぶー」とか言っている美良山は無視して電話に出る。

 紘也たちの見張りにつけた後輩からだった。

「ヨウタか? どうした?」

『ああ、先輩? なんか紘也さんたち特急に乗ろうとしてるんですけど、まだ追いかけますか?』

 後輩の少年――ヨウタの声から察するに、紘也たちはけっこう遠くまで行くようだ。日帰りしないと言っていたから想定内だが、果たしてどこまで後輩たちにつけさせるか……。

「紘也たちが帰って来るまで頼む」

 答えは悩む必要などなかった。

『けど俺もユミもあんまりお金持ってないんですけど』

 ユミとは紘也たちを見張らせているもう一人の少女のことだ。ヨウタとユミ、それに孝一も、コードだけで呼ばれていた子供たちに辰久が与えてくれた大切な名前だ。

 とはいえ咄嗟に小旅行できるほどの金銭までは与えてもらってない。下ろせばなんとかなるだろうけれど、そんなことをしている暇はなさそうだ。

『お金がないなら車体にしがみつけばいいじゃん』

 近くにいるらしいユミがとんでもないことをさらりと口にした。

『それもそうか』

「おいおい、あんまり無茶すんなよ?」

『大丈夫、上手くやりますよ』

 誰にも見つからず特急電車の車体にしがみついて長距離を移動するくらい彼らなら楽勝だろう。無賃乗車になるが、まあそれも隠密活動する上で仕方ないことだと孝一は割り切っている。

「それじゃ、そっちは頼む。なにかあったらまた連絡をくれ」

『了解』

 孝一は通話を切る。小声だったため今の会話を劉文海たちに聞かれるようなことにはなっていない。紘也を心配して護衛をつけたとか、美良山が知ったら暴走の危険性がある。腐った方向に。

 が、電話していたこと自体は隠し切れないので、当然のように劉文海が内容を訊ねてくる。

「なんやなんや? キリアン・アドローバーが見つかったんかいな?」

「いや、それとは別件だ」

 キリアン・アドローバー――今回の標的の狙いが紘也だとすれば、彼らの動向を劉文海とも共有しておくべきかもしれない。だがまだそうとは決まっていないし、なによりこの胡散臭い商人を紘也に近づけたくはなかった。

 そんな孝一の思惑を知ってから知らずか、劉文海はなにやら顎に手をやってニヤリと笑う。

「ははーん……さては、彼女やな」

「彼女!?」

 ガタッ! 美良山が椅子を思いっ切り倒して立ち上がった。それからうるっとわざとらしく涙を滲ませ――

「孝一先輩酷いですぅ!? 私という者がありながら秋幡紘也先輩以外の人と付き合うなんて絶対許しませんよ!?」

「断じて違う。あとこういう話題で紘也が出てくるおかしさを理解してほしい」

「え? 全然変じゃないですよ? ねえ、シトロンちゃん」

「……わたしに振らないで欲しいんだけど」

「そんな……シトロンちゃんだって私と似たようなもんじゃん」

「どこがよ! わたしにBLの趣味はないから!」

 一人我関せずな態度で静かにコーヒーを飲んでいたシトロンだが、そうは問屋が卸さなかったようだった。

 ――本当に調子が狂う。

 劉文海もそうだが、特に美良山仁菜の存在は『こちら側』の孝一にとって煩わしさしかない。照明のスイッチを激しく切ったり入れたりしているように、彼女と話していると自分が表の顔なのか裏の顔なのかわからなくなる。

 その感情が仕事に支障を来たすことはないと思うが、あの三人がどう動くのか予想できない。できれば事が片づくまで大人しくしていてもらいたいが、そういうわけにもいかないだろう。

 だからこそ、孝一は朝っぱらから彼らを監視している。余計な真似をさせないためと、有事の際に彼らの動きを把握するためである。

「仁菜ちゃんも文海さんも、もうちょっとでいいから緊張感を持ってほしいわ……」

 その点最も信頼できそうなのが、正体を明かそうとしないシトロンだということは皮肉な話だった。


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