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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
143/228

Section2-8 真実と正体

 キラキラと、海水湖の水面が昇りたての朝日を浴びて輝いている。

 ブルーオーシャンワールドの早朝はまるで時が止まっているかのように物静かに流れていく。澄んだ空気を大欠伸で肺に吸い込みながら、ケットシーは湖畔の遊歩道を一人で歩いていた。

「ふにゃあぁ……こんにゃ朝っぱらからにゃんの用にゃ? みゃあまだ眠いにゃ……」

 ケットシーは猫耳にスマートフォンをあて、電磁波でこそばゆそうにピクピクしながら面倒臭そうに口を開いた。

「にゃあ。こっちは問題にゃいにゃ。昨日ちょっと秋幡紘也にバレそうににゃったけど、にゃんとか誤魔化したにゃ」

 隠し持っていたさんま缶をわざと・・・落として話題を逸らさなければ危なかった。本気でブチ切れたウロボロスとウェルシュ・ドラゴンにぶっ飛ばされたのは想定外だったが、気絶していたおかげでその後も尋問されずに済んだ。

「――んにゃ!?」

 電話の相手が紡いだ言葉にケットシーの尻尾が『!』の形になる。

「本当かにゃご主人・・・!? 本当にもう全部終わったにゃ?」

 嬉しそうに声を弾ませて問い返す。電話の向こうから肯定が返ってくると、ケットシーはほっと胸を撫で下ろした。

「じゃあ、みゃあの『秋幡紘也たちを蒼谷市の外に連れ出す』って役目も終了にゃ? よかったにゃ、これでもうウロボロスたちにボコられずに済むにゃ!」


「安心したところで悪いが、そろそろどういうことなのか説明してもらおうか」


 ビクゥ! とケットシーの猫耳と尻尾が逆立った。電話相手はまだなにか言っていたが、慌てて通話を切る。

「秋幡紘也……いつからいたにゃ」

「あんたが朝こっそり部屋を出て行ったところから尾行させてもらった」

 秋幡紘也、ウェルシュ・ドラゴン、ヤマタノオロチ。

 そしてなぜかウェルシュ・ドラゴンに首根っこを掴まれたまま爆睡しているウロボロス。

 ケットシーが騙してこの場所まで連れて来た者たちが全員揃っていた。


        ∞


 ケットシーが怪しいのは最初からわかり切っていたことである。

 なのに紘也たちが彼女の企みに乗せられたのは、そこに害意を感じなかったからだ。紘也たちをどうこうしようってわけではなく、なにかのために利用するつもりだと思っていた。それが判明してから対処するつもりだった。

 昨日のギュウキ解放がそうではないかとも勘繰ったが、様子を見た限りだとアレはケットシーにとっても想定外だったらしい。

 そもそも、このブルーオーシャンワールドに要石が『本当に存在していた』こと自体想定外だったに違いない。

「悪い魔術師があんたのご主人を最近封じたはずなのに、あの要石は古過ぎた。しかも破壊して解放されたのはご主人ではなくギュウキ。最初から要石云々は嘘だったってわけだろ? 封印されているはずのご主人はさっき普通に話していたよな? 昨日の電話もご主人だったんじゃないか?」

「……そうにゃ。よく気づいたにゃあ、人間」

 もう誤魔化す気はないのか、ケットシーは不敵な笑みを浮かべて一歩後ずさった。だが後ろは海水湖。逃げ場はない。

「なにが目的だ?」

「ふん、おみゃあたちがあの街にいたらご主人の邪魔になるんだ。だからみゃあがおみゃあらを連れ出したのさ。まんまと引っかかってくれたから拍子抜けしたぞ」

 素の口調になったケットシーが嘲弄するように口元を歪める。確かにまんまと引っかかってしまった。まさか紘也たちにではなく、蒼谷市に用があるとは考えもしなかった。

 いや、蒼谷市というより、紘也たちがいて邪魔になる場所と言えば……。

 秋幡家の屋敷。

 他に考えられない。

「ご主人はなにをやってるんだ?」

「おみゃあたちが知る必要はない。もう終わったことだ」

「……よくわかりませんが、まだ間に合うかもしれません」

「聞こえてなかったか、ウェルシュ・ドラゴン? みゃあはもう終わったと言ったんだ。今からなにをしようが全部手遅れさ」

やれやれと肩を竦めるケットシー。開き直ったドヤ顔がやたらとウザったいが、どうやら本当にさっきの電話は全て事が終わった旨の連絡だったようだ。

 魔術師が秋幡家に用があるとすれば、まず間違いなく父親の書斎だろう。あそこには数々の魔術書が収納されている。紘也が読んだ限りだとそこまで大した物は置いてなかったように思えるが、人の価値観はそれぞれだ。なんの変哲もない魔術書が重要な鍵になる場合もある。

「……マスター、ケットシーを〝拒絶〟しますか?」

「ああ、逃がすわけにはいかないからな。ふん捕まえてご主人って奴のところまで案内してもらおうか」

「……了解です」

 ウェルシュが体勢を戦闘モードに移行しようとした時、すっと横から小さな腕が諌めるように伸ばされた。

 山田が数歩前に出てウェルシュを止めたのだ。山田はその童顔に自信満々な笑みを浮かべて――

《下がっておるがいい。火竜の雌よ。この猫女は吾が屠る》

 分を弁えない頭の悪い発言をした。

「待て山田、こんなところで無駄な魔力は使いたくない」

 山田ことヤマタノオロチは、現状では紘也から大量の魔力を供給されない限り本来の力を出せないどころか、その辺の幼稚園児とタイマン張って負けかねない強さなのだ。ほら、ケットシーも馬鹿を見るような目で嗤っている。

《案ずるな。手出しは無用。この吾が日々をただゴロゴロして過ごしていたと思うたか?》

「?」

《この七日間。吾は人間の雄から供給される魔力を節約して少しずつ蓄えておったのだ。さらに陽を浴びたりすることで自然の魔力も取り込んでおった》

「そういえば……」

 昨日の朝も山田が庭に出て日光浴をしていたことを紘也は思い出す。アレは魔力を集めていたのか。蛇の習性ではなく。

《七日分の魔力でどこまで力を取り戻せたか。それを確かめるのにそこの猫女は都合がよい》

「なんだと……」

 普段は雑魚でもヤマタノオロチ。その神話級の力の一端でも振るえるとなると、流石に開き直ったケットシーにも焦りが見えた。

《ゆくぞ。覚悟はよいか。猫女?》

「ま、待てここは話し合いを――」

《問答無用!》

 ニヤリと唇を歪めた山田の体から魔力が高まって行くのを感じた。

《――吾の〝霊威〟は水気を繰る》

 翳した小さな掌に青い輝きが収束する。ケットシーが冷や汗を掻いて身構える。

 そして――


 高まった魔力を乗せた水流が、勢いよく山田の掌から撃ち出された。

 ホースを繋げた水道の蛇口を二回くらい捻ったように。


「……しょぼいにゃ」

 ひょいっと体を少しずらして水流をかわすケットシー。

《なぜだ!?》

 自信満々に大口叩いた山田はあまりのしょぼさに愕然としていた。

「……」

「……」

「……」

 沈黙。

 紘也、ウェルシュ、ケットシーが揃って残念な子を見る目を山田に向ける。魔力は確かに溜まっていたようだが、アレでは本来の力には程遠いどころのお話ではない。

《うっ……》 

 たじろぐ山田はなにを思ったのか、ぎゅっと拳を握ると――

《うわぁあああああああああああああああん!?》

 泣かされた小学生みたくヤケクソにぶんぶん振り回しながらケットシーに突撃して行った。

「ニャッハハハ! 馬鹿だったにゃ! ヤマタノオロチは馬鹿だったにゃ!」

 爆笑するケットシーは殴りかかってきた山田の腕を掴むと――ポイッ、バッシャーン!

 そのまま流れるような背負い投げで海水湖に放り込んだ。盛大に上った水飛沫が山田の悲鳴を掻き消す。

「ニャハッ、軽いにゃ♪」

 山田が沈んで行った場所からぶくぶくと泡が吹き上がっているが、ヤマタノオロチは元々〝水害〟の象徴。泳げることは鷺嶋神社の裏手のビーチで確認しているから助けなくても問題ないだろう。

 先に片づける問題は、やはりケットシーだ。

「ウロ、ウェルシュ、ケットシーを捕まえるぞ」

「……了解です、マスター」

「うぇへへ、紘也くんのフランクフルト、太くて熱くて美味しいです」

 ――ポイッ、バッシャーン!

「ウェルシュ、ケットシーを捕まえるぞ」

「……了解です、マスター」

「何事もにゃかったように仕切り直したにゃ!?」

 ケットシーが紘也たちの鮮やか過ぎる一連の流れにツッコミを入れる間に、ウェルシュは地面を蹴っていた。

 右手に真紅の炎を宿し、鞭のようなしなやかさで振るう。

 だが炎の鞭に捕らわれる直前、ケットシーの姿が消失した。いや、消えたように見える速度で動いたのだ。

「遅い!」

 ウェルシュの真横に出現したケットシーが回し蹴りを放った。〈守護の炎〉を展開する暇もなく腹部に直撃したウェルシュは吹っ飛び、空中で一回転して紘也の隣に着地した。

「ウェルシュ!」

「問題ありません、マスター。速いですが、重くない攻撃でした。ですが……」

「ああ」

 ウェルシュの言いたいことは紘也も理解している。

 今の動きは、とても今までのケットシーとは思えない。山田ほどではないが、ドラゴン族のウェルシュにとってケットシーは食材と認識してしまうほど雑魚だったはずだ。

「不思議か、人間? だったら特別にみゃあの本当の力を見せてやるよ」

 素の声で嘲笑うように言うケットシー。そのゆらりゆらりと揺れている尻尾が、フッ、と残像が現れたようにダブって見えた。

 高速で尻尾を振った?

 いや違う。

 本当に二本あるのだ、尻尾が。

「お前、猫又だったのか」

「にゃあ」

 猫又。

 日本の伝承や怪談に出て来る猫の妖怪である。その種類は大別して二種あり、山の中にいる獣、または飼い猫が年老いて化けるものと言われている。

「だがあんな野蛮な獣と一緒にするなよ、人間。みゃあはあくまでケットシーだ」

 猫幻獣にもいろいろいるらしい。


「なるほど、尻尾が二本ですか。猫魈とまでは行かなくても、かなり高位のケットシーだったみたいですね」


「――ッ!?」

 突然、水中から光球が飛んできてケットシーの頬を掠めた。外れたのではなく、ケットシーが持前の瞬発力でかわしたのだ。

「どうりでフィールドに召喚した時カードを一枚引けるだけの雑魚にしては、頑丈過ぎると思っていましたよ!」

 パァン! 水面が破裂したような音を立て、紘也が放り投げたばかりのウロが飛び出してきた。

「ウロ、目は覚めたか?」

「紘也くん紘也くん、眠ってるヒロインを湖に放り捨てるってどういうことですか!? アレですか!? 銀のウロボロスさんと金のウロボロスさんに分裂させるつもりだったんですか!?」

 ヒロインなんて紘也は知らない。あと銀も金もいらない。

「チッ、流石にみゃあ一人じゃドラゴン族相手は無理か」

 前方をウェルシュ、後方をウロに塞がれたケットシーは舌打ちすると――ザッ! 足で素早く地面になにかを刻んだ。

 瞬間、ケットシーを包むように輝く魔法陣が展開される。

「転移魔術ですと!?」

「……逃がしません!」

 ウロとウェルシュが同時に跳ぶが、遅い。

「たぶんまた会うだろうから、一旦バイバイにゃん♪」

 ケットシーの転移は二人が到達する直前に完了してしまった。スカした二人は顔面から激突して喚きながら地面を転がる。

「ちょ、腐れ火竜なにしてくれんですか! 危うくキスするところでしたよ!?」

「……顔が痛いです。あとウェルシュは腐ってません」

「お前ら喧嘩は後だ! とにかく蒼谷市に戻るぞ! ウロ、飛べるか?」

「合点承知の助です!」

 がばっと起き上がったウロが背中に竜翼を出現させ、ここぞとばかりに両手を広げてきた。もちろんお姫様抱っこなんてされてたまるかなので、紘也はいつものように背中を蹴り倒してウロボロス・サーフィン。

「あんっ! なんか久々に足蹴にされてゾクゾクしてきました!」

「……ウロボロス、ずるいです」

 もう幻獣たちの感覚が紘也にはわからなかった。とにかくなんともなりそうにないのでその件は放置する。

「では、行きますよ。人化状態ですので、蒼谷市まで一時間ちょっとってところでしょうか」

 ウロとウェルシュは竜翼を広げ、浮遊魔術により一羽ばたきで一気に天高くまで離陸した。人化を解いた方が速いのだが、恐らくそうなると人間が堪えられる速度じゃなくなって紘也は死ねる。

 今、蒼谷市でなにかが起こっている。

 ケットシーの言葉を信じるなら、起こっていた、だが。

 それでも、この目で直接見ないことにはなにもわからない。焦りと不安を募らせる中、紘也たちは猛スピードで空を駆って蒼谷市を目指す。



 そして、紘也たちは直接確認することになる。

 秋幡家の屋敷、昨日の朝まで平和に過ごしていた場所が――

 瓦礫の山と化していたことを。


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