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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
137/228

Section2-2 見送りと警戒

 紘也たちが準備を終えて家を出ると、玄関先で見知った顔に出迎えられた。

「よっ、紘也。今からロンドン行きか? 見送りに来たぜ」

 諫早孝一は爽やかな笑顔を浮かべ、フレンドリーに片手を挙げて挨拶した。

「おはよう、孝一。別に見送りとかよかったんだけどな」

 というか家を出る時間を孝一に教えた覚えはない。なのになぜいるのか? そんな野暮な質問を紘也はしない。こんな都合よく現れたということは、朝からずっと待っていたのだろう。

「……おはようございます、孝一様」

《いや。なぜいるのだ。この人間の雄は?》

「ふわぁ……まあ、孝一くんですからね。気にしたら負けです」

「ところでウロボロス、みゃあの体中の歯型についてにゃにか言葉があるはずにゃ」

「思ったより美味しくなかった」

「そこは謝れにゃあぁあっ!?」

 幻獣たちも慣れたもので、孝一が突然現れた程度では疑問には思えど驚いたり戸惑ったりすることはなかった。「フシャー!!」とウロボロスを威嚇して孝一には見向きもしないケットシーは存在にすら気づいていない可能性もある。

「親友が海外に旅立つんだぜ? 見送らない選択肢なんてないぞ。愛沙がいたら同じこと言うはずだ」

「いや、そもそもまだロンドンには行かないんだ」

「ん?」

 そこでようやく孝一は違和感に気づいたようだ。海外旅行をするには、紘也たちの手荷物は少な過ぎる。

「昨日迎えが来るんじゃなかったっけ? てか、その娘じゃないのか? 準備とか考えたら出発は今日だと踏んで張りついていたんだが」

 やっぱり張りついていたらしい。わざわざそんなことせずとも電話の一本でもくれればいいのにと思う紘也である。

「まあ、こいつも迎えの一人ではあるんだけど……」

「……なにかあったのか?」

 勘の鋭い孝一は、紘也たちがなにか厄介事に巻き込まれたことに気づき始めている。また首を突っ込んで怪我させるわけにはいかない。

 ――孝一は一般人なんだ。

「もう一人の方が、その、待ち合わせ場所を間違えたらしくてな。致命的な方向音痴っぽいからこっちから迎えに行くことになったんだ」

「あれ? そんな話でしもがもがっ!?」

「……ウロボロス、二酸化炭素を排出しないでください」

 寝起きで頭の回ってないウロの口を、紘也の意図を察したウェルシュが塞いでくれた。

「方向音痴て……」

「ほら、外国人みたいだし」

 咄嗟にしても苦し過ぎる嘘だったかもしれない。だが、紘也はどうあっても孝一を巻き込みたくないのだ。

「じゃあ、しょうがねえな。一回は戻ってくるんだろ? 本当にロンドンへ行くときはちゃんと見送りさせろよ?」

「あ、ああ、その時は頼むよ」

「おうよ」

 ニカっと孝一は白い歯を見せてはにかんだ。それから紘也たちの手荷物を指差し――

「すぐには戻らない感じか?」

「ちょっと遠くにいるみたいでな、日帰りは無理そうなんだ」

「そうか。なんならついでにその辺り観光してゆっくりしてくるといい。方向音痴の外国人に日本の素晴らしさってやつを教えてやれ」

「お、おう……どうしたんだ? いつもなら一緒について来たがるのに」

「ああ、行きたいのは山々なんだが、紘也が今日旅立つと思って後輩たちといろいろ約束しちまったんだ。あとバイトもある」

 そうだった。アルバイトを始めたばかりなのにいきなり休みなんて取れないだろう。顔が広い孝一は友人も多い。紘也とは関係のない約束事の一つや二つ、ない方が不自然だ。

「じゃあな、紘也。戻ったら連絡しろよ? あーあ、朝から張りついて損したぜ」

 くるりと孝一は踵を返すと、聞えよがしに自業自得な愚痴を零しながら去っていった。だから朝から張りつく意味が親友の紘也でもわからない。サプライズを狙っているなら相手が悪い。これが葛木香雅里とかであれば楽しい反応をしてくれるだろう。

「秋幡紘也、にゃんだ、あの人間は?」

 孝一の姿が遠くなってから、ケットシーが今さら気づいたようにそう訊いてきた。

「親友だよ。俺の事情は知ってるけど、ただの一般人だから余計なことするなよ?」

「ただの一般人にしては気配がにゃさ過ぎた気がするにゃ」

 流石は孝一。その影の薄さステルスは幻獣ケットシーにも有効だった。


        ∞


 紘也たちと別れた孝一は険しい顔をしてまっすぐ歩を進めていた。

「あいつは幻獣だな」

 孝一の言う『あいつ』とは無論、紘也を迎えに来た一人だという猫語を喋る少女のことだ。

「ケットシーか」

 魔力を感知してそう断じたわけではない。魔術師ではない孝一は長年の経験と洞察力と勘、なにより昨夜から・・・・秋幡家を見張っていたことで少女の正体を看破したのだ。

 親友と恩人の家に盗聴器や隠しカメラを仕掛けるなんて真似はしていないため、遠目で観察しただけの情報だ。それでも一瞬だけ猫耳や尻尾が生えた場面を何度か見た。

 劉文海たちとの打ち合わせを終え、秋幡家の監視を始めた時には既に彼女は紘也たちと食卓を囲んでメシを食っていた。紘也が孝一のアルバイト先から去った後で接触したのだろう。

「一晩監視した感じだと害はなさそうだが――」

 おもむろに孝一は立ち止まると、前を向いたまま、後ろに出現した二つの気配に告げた。

「念のため、マークしておけ」

 後輩二人は「了解」とだけ答えて首肯し、忍者のように一瞬で飛び退って姿を消した。

 ――紘也は嘘をついていたが、ロンドンじゃなくとも蒼谷市から離れるなら好都合だな。

 向こうのトラブルも心配ではあるが、後輩も二人つけたし、ウロボロスたちがいるなら滅多なことは起こるまい。最優先はこちらのトラブルだ。


 ――明日、紘也たちが帰って来るまでに蹴りをつけてやる。


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