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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-03
122/228

Section6-1 宝石眼は涙する

 青い空が暖色に染まった。

 いや、『暖色』というよりは『熱色』というべきか。まだ西日が沈みかけるには早い時間だというのに、その一部だけは黄昏よりもずっと攻撃的な『赤』に塗り潰されている。

 赤色の正体は論じる必要もなく二種類の炎だ。

 オレンジを帯びた炎が降り注ぎ、真紅の炎がそれを受け止める。まるで大規模な花火大会のように、二色の赤が絶え間なく弾けては消えていく。

 そして、その紅蓮地獄の中を飛び交う二つの竜翼があった。

「どうしたウェルシュ! ボスと契約してた時より魔力が落ちてるよ!」

「……むっ」

 火炎を避け、時には〈守護の炎〉で相殺しているウェルシュは低く唸った。

 ウェルシュはこれでも魔力を抑え抑え戦っている。手加減しているというわけではない。ヴィーヴルを無駄に傷つけたくないこともあるが、紘也との契約のリンクが切れかけていたことが一番の理由だった。

 切れかけていた、と過去形なのは、既に完全に切れてしまったからだ。

 目の前のヴィーヴルだけを見ているものの、ウェルシュの心は気が気でなかった。紘也の身になにかが起こったことはもはや疑いようもない。ウェルシュとてドラゴン族。供給源がなくとも多少無茶したくらいで消滅するほど魔力量は浅くない。だが、相手が同格以上ではそうも言ってはいられない。

 ヴィーヴルは片目を失い実力の半分しか出せない状態だが、契約は切れていない。魔力の供給源の有無は戦況に大きく影響する。このまま戦いが続けばいくらウェルシュでも分が悪い。

 ――マスター、なにがあったのですか?

 ヴィーヴルの炎を弾きながら、少し弱気に不安を心の声にするウェルシュ。リンクが切れたことと紘也の命が失われたことはほとんどイコールと言っていい。でも、ウェルシュには信じられなかった。信じたくなかった。

 ――……マスター。

 考えないようにすればするほど考えてしまう。ついには戦闘に身が入らなくなり、〈守護の炎〉を纏うより先にヴィーヴルの火炎を受けてしまった。

 火竜のウェルシュに火炎攻撃は然程効果がない。だがそれでも全身に迸る熱と痛撃に無表情を顰めてしまうほど、ヴィーヴルの一撃は重い。

「ボスの息子に、なにかあったっぽいね」

 ウェルシュに契約のリンクがなくなったことはヴィーヴルも感知したらしい。かと言って攻撃の手を止めてくれるわけじゃない。右眼を奪われ、追い詰められたヴィーヴルに他人のことまで気を回すほどの余裕はないのだろう。

 そうウェルシュは思っていたが――

「だったら、ウェルシュは私なんて放っといてボスの息子んとこへ行きな!!」

 いつの間にか切迫していたヴィーヴルが、文字通りの炎の拳でウェルシュの鳩尾を殴りつけた。

「ぐ……っ」

「そんな心の有様で、私を止められると思ってんの!?」

 炎拳がウェルシュの顎を打つ。

「私が時間を稼いでやるよ! だからあんたはボスの息子を連れてここから消えな!」

 肩を、胸を、背中を、次々と炎の打撃に襲われる。途中からはどうにか〈守護の炎〉を纏えたが、それでも一撃一撃の痛みは変わらなかった。

 ウェルシュ自身が纏う〝守護〟は敵意ある攻撃のみを完全に防ぐ。

 ヴィーヴルの拳に敵意などなかった。

 身内を叱りつけるゲンコツと同じだった。

「……ヴィーヴルを見捨ててマスターのところへ行けば、ウェルシュは後悔します」

「あ?」

 狂っていても、追い詰められていても、ヴィーヴルはかつて同じ契約者の下で戦った仲間を想っていた。

「ヴィーヴルだって、本当は助けてほしいのでしょう?」

「ハッ、あんたに助けを請うほど私のプライドは安くないよ」

 鼻で笑ったヴィーヴルだが、ウェルシュにはそれが本心とはどうしても思えなかった。たとえそれがウェルシュの勘違いだったとしても、それならそれで自分の我が儘を押し通すまでである。

 ――ウェルシュは、ヴィーヴルを助けます。

 その時、光明は訪れた。

「……あっ」

 契約のリンクが回復したのだ。それは少しずつ、だが確実に修繕されていく。紘也たちがどういう状況なのかウェルシュにはわからない。わからないが、どうやら心配する必要がないということだけは理解した。

「リンクが……ようやく本気になれるってか?」

 反射的に飛び退いたヴィーヴルは、ウェルシュに変化が起こったことをしっかりと把握している。相変わらずポーカーフェイスの上手いウェルシュであるが、付き合いの長いヴィーヴルにはリンクの回復以外にもわかることがあるのだろう。

 逆にウェルシュにもわかる。

「ヴィーヴル、いい加減に意地を張るのはやめてください」

 彼女が今、どうすればいいかわからずただ闇雲に暴れているだけだということを。

 右眼を取り返したいのは本心だ。グリフォンをぶちのめしたいことも本心だ。けれど勝てないことも知っていて、死ぬつもりで一矢報いることも今ウェルシュによって阻まれている。

 いや、阻ませている・・・・・・・

 口ではいろいろ言っていたが、契約のリンクが切れたウェルシュを突破するだけならいくらでもチャンスはあった。なのにヴィーヴルはそうしなかった。ここで力を使い果たす勢いで攻撃を続けてきた。

 要するに本心ではこのまま止めてほしいのだ。ウェルシュに、自分の暴走を。

 なんならウェルシュの手で消滅させられることを望んでいるのかもしれない。

 けれど、そんなことにはならない。

「ウェルシュはヴィーヴルを〝拒絶〟しません」

「……なんだって?」

 眉をハの字にするヴィーヴルに、ウェルシュは淡々と呟く。


「――〝守護〟特化モード」


 真紅の炎がウェルシュの身体を包み込む。〝拒絶〟を捨て、〝守護〟のみを強化させた炎は高まる魔力に合わせて形を変える。

 いつもの西洋鎧ではない。

 それはフルフェイスヘルムの甲冑と、身をすっぽり隠せるほど巨大なカイトシールドだった。

 ランスを持たない楯騎士。

 敵意に限定しない、あらゆる攻撃の防御にのみ徹底した姿。

「その格好、私は見たことないよ」

 表情から色を消し、ヴィーヴルは炎の槍を投擲する。

 ウェルシュは避けない。それどころか、炎の槍に向かって突進する。

 カイトシールド――〈守護の炎楯〉はヴィーヴルの炎槍など微塵も通さず跳ね返す。あまりにもあっさり弾かれた自分の技を見て、ヴィーヴルは苦笑いを漏らした。

「こりゃ、今の私にゃ貫けそうにないわ……」

 ヴィーヴルはそれ以上攻撃しなかった。

 ただ受け入れるようにウェルシュの体当たりを喰らい――目を閉じて翼を畳む。

 だが、落下はしなかった。

 楯を捨てたウェルシュが、ヴィーヴルに抱き着いたまま放さなかったからだ。

「言いました。ウェルシュはヴィーヴルを〝拒絶〟しません」

「〈守護の炎〉……やっぱり、全然熱くなんてないや」

 ふうぅぅ、と大きくヴィーヴルは息を吐く。

 今まで腹の底で溜まっていたなにかを、全部吐き出すように。

「だけど、少しだけ温かくって、それがちょっぴり痛いかな」

 切なげに言うヴィーヴルの豊満な胸にウェルシュは頭を押しつける。

「ヴィーヴルのからだは熱いです」

「そりゃそうだ」

「また、ウェルシュにゲーム教えてください」

「……まるで子供だよ、今のウェルシュ」

 ゲーム音痴のくせに、と笑うヴィーヴル。


 そのガーネットの左目から、一滴だけ雫が零れた。


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