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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-01
12/228

Section2-1 秋幡紘也

 燃えていた。

 真っ赤に、熱く、豪快に、燃えていた。

 自分の家が。

「母さんが! 母さんがまだ中にいるんだ!」

 幼い紘也は大人たちに叫んでいた。季節は冬。温暖な蒼谷市では非常に稀である積雪のせいで、消防車の到着が遅れていた。地区の消防団だけではとてもじゃないが間に合いそうにない。それを、紘也は幼いながらに悟っていた。

「……俺のせいだ」

 実はこの日、紘也は学校で魔術を披露していた。親からは一般人に見せてはならないと言われていたが、ライター程度の火を出すしょぼい魔術にすれば大丈夫だろう、そう考えていた。

 魔術は成功した。だけど、二人の親友を除いた全員から手品だと言われて馬鹿にされた。タネも仕掛けも看破できないような奴らにだ。

 腹が立った。悔しかった。

 この頃の紘也は、父親やその周囲の魔術師たちに『稀に見る天才』と将来を期待されていた。そのプライドがあったためかもしれない。


 自分が扱える範囲を大幅に越える魔術を行おうとしたのだ。


 父親の書斎に忍び込み、こっそり見つけておいた隠し本棚から魔術書を持ち出した。そこに記されていた、普通なら魔術師数人で行わなければならない魔術を選択してしまった。理由は、派手そうだったから。誰もが魔術だと認めそうだったから。

 自分の部屋の床に、学校からくすねておいたチョークで大きく陣を描く。火の精霊の力を借りる魔術で、陣に描かれる紋様も〝火〟を意味するのだと理解していた。父親譲りの甚大な魔力があれば、魔術師数人分を賄える自信もあった。

 ただ、屋内でやるとどうなるかを考えていなかった。

 また、それほどの魔力を制御する力がまだ自分にないこともわかっていなかった。

 結果、紘也の魔力は暴走した。

 困ったことに術も中途半端に発動してしまい、炎の奔流が部屋の中で暴れ狂った。

 駆けつけた母親に窓から突き飛ばされなければ、紘也は確実に焼死していただろう。その後すぐに天井が崩れて母親は生き埋めとなったのだ。

「母さんが俺の部屋にいるんだよ!」

 泣いて叫ぶ紘也。その肩に、大きな手が置かれた。

「なるほどね、鈴理は紘也の部屋か。大丈夫、お父様に任せときな」

 渋い声でそう言われた数分後、大魔術師の父――秋幡辰久は、一体どうやったのか焼け崩れた家屋から見事母親を救出した。

 母親は奇跡的に命を取り留めたものの、意識不明の重体だった。

「俺のせいだ。俺のせいで……母さんを傷つけた……俺のせいで……」

 思い詰めた紘也は、ある決心をした。

「本当に、今まで覚えてきたことを忘れていいのか?」

 父親は名残惜しそうに眉を顰めた。紘也はコクリと頷いた。術を忘れること、もう魔術を習わないことは、幼い紘也が自分に課した罰だった。

「じゃあ、やるぞ」

 父親の大きな手が幼い紘也の頭に被さり、そして――


        ∞


 早朝にかかってきた電話の無機質な着信音が、紘也を眠りから覚醒させた。

 二階にある自室のベッド――枕元に置いた携帯をスリーコールで取る。

『やあ、我が息子よ。おはよう?』

 開口一番の軽薄な声に、紘也は自分の寝起きがよ過ぎる性質を恨みたくなった。天井の染みを数えながら心を落ち着かせ、疑問形の挨拶をスルーしてこれでもかというほどの不機嫌さで応答する。

「朝の五時にモーニングコールを頼んだ覚えはないんだが、クソ親父」

 おかげで嫌な夢からは覚めたが、嫌な部分はほとんど見てしまった。

『クソって……お父様はショックによるダメージが深刻になりそうよ?』

「知るか。用件はなんだ?」

『ふむ、最近の若者はキレやすくていかんな。いやなに、ただの安否の確認さ。昨日、突然電話が切れただろう? もしかして野良幻獣に襲われてた?』

 携帯が通じなくなったのは個種結界の影響だとウロボロスから聞いている。

「おかげさまで死ぬとこだったよ。でもま、親父の幻獣のおかげで助かった。ところであいつ、俺と契約しちまったけどいいのか?」

『え? マジで? 父さんフラレたの? く、紘也の方が母さん似で顔がいいからか』

 なんか恨めしげな声が聞こえるけど、黙殺する。

『まあ、それが彼女の選択なら、俺は涙を飲んで受け入れよう。その代わり、幻獣狩りが終わったら返してもらうぞ。アレは父さんのだ!』

「悪い、変態にしか聞こえない」

 傍に妹がいたらきっと蹴りの一つでも入れていたに違いない。

『とにかく紘也が無事で父さんは一安心だ。彼女はあれでもいい子だから仲良くするんだぞ。――あっ、惚れるなよ?』

「異形にときめくほど俺はフリーダムじゃねえよっ!」

 全力で叫ぶと電話の向こうから軽快な笑い声が聞こえてきた。からかわれたのかと思うと、なんだか非常に腹が立つ。

「そうだ親父、母さんは……その、元気か?」

 あの事故のせいで母親は海外の病院で寝たきりになっている。数年前に意識が戻ったらしいのだが、紘也はまだ一度も声を聞いていない。なにを言われても構わない。その覚悟はできているけれど、やっぱり怖いのだ。

『元気も元気さ。まだ自分で動き回ることはできんけど、「病人食おいしくない。外食したい」っていつも言ってる』

「そっか。なら、いいんだ」

 安堵し、紘也は通話を切った。これ以上話すと間違いなく「母さんに会わないか?」と持ちかけられるからだ。会う覚悟までは、まだできていない。

 紘也は上半身を起こし、窓のカーテンを開いた。まだ朝の五時過ぎながら、雲一つない青空から柔らかな陽光が降り注いでくる。窓を開けると朝の澄んだ空気が部屋に満たされ、実に清々しい気分になって自然と深呼吸をしてしまう。

 これから二度寝は無理だろう。壁にかけてあるカレンダーを見て今日の日付を確認する。七月三日の金曜日。まことに気だるいことながら普通に学校のある日だ。

「んん、紘也くん、朝からヒステリーとはどしたの?」

 おぼろげな声に部屋のドアの方を見ると、可愛らしいピンクのパジャマを着た少女が寝むい目を擦っていた。柔らかそうなペールブロンドの髪にも寝癖が目立つ。あのパジャマをどこから拾ってきたのかは謎だが、どうやらさっき電話に向かって怒鳴ったことで起こしてしまったようだ。

 結局、ウロボロスには屋根裏部屋を貸し渡すこととなった。何年も掃除していないからホコリとかが大変なことになっていたにも関わらず、彼女は布団を敷くとあっという間に寝息を立て始めたのだった(一応軽く掃除はした。布団を汚したくなかったし)。

「いや、なんでもない。気にするな」

「ふぁ、そなの? じゃ、あたし、おやす、み」

 彼女がふらつき出したかと思うと、壁に凭れかかってずりずりと力なく崩れ落ちた。すーすーとリズミカルな寝息が聞こえ、中型で形のよい胸が上下して妙に艶めかしい。パジャマの第二ボタンまで外されていて谷間が露になっていることも助長している。

「……」

 異形にはときめかないと言ったばかりだが、紘也は自分の顔が赤らむことを自覚せずにはいられなかった。早朝の澄んだ空気をもう一度肺に送り込み、上昇しつつある体温を冷却する。

「そんなとこで寝るなよ。どんだけ低血圧なんだ。幻獣のくせに」

 起きている時は常時テンションがトップギアなものだから、起動までに時間がかかるのかもしれない。

 紘也はやれやれと肩を竦めてベッドから出ると、だらしなく眠る少女の肩を掴んで軽く揺さぶった。

「ほら、起きろ。風邪引く……のか知らんけど風邪引くぞ」

「んや、異議ありれす。手榴弾はおやつに入ると思いまふ。三百円以内れふ」

「入らないよ!? 絶対それ以上するよ!? そして寝言に突っ込むなよ俺!?」

 急激にどうでもよくなった紘也はとりあえず彼女を背中に担いだ。驚くほど軽かったが、それでも天井裏まで連れて行くのは骨なので、仕方なく自分のベッドに寝かせる。

 幸せそうで可愛らしい寝顔を眺めながら、ふと、今幻獣が襲ってきたらと想像してみる。……紘也が死ねるのは自明の理だった。

 朝メシにしよう。

 嫌な考えは振り払い、紘也は高校の制服――夏服なのでカッターシャツに学ランのズボン――に着替えてから部屋を後にした。


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