ナインイレブン異世界支店 koru.シフト
「おはようございます!」
「おはよう、ギンちゃん。 今週はずっと裏なの?」
早朝5時半、勤め先であるコンビニチェーン『ナインイレブン』に元気に入っていくと、品出しをしていたパートのおばちゃんがニコニコと声を返してくれる。
この時間帯はあまりお客さんも居ないから、表の店には店員がおばちゃん一人だ。
カウンターを潜り抜け、奥にある事務所に入る前におばちゃんに愚痴を零す。
「そうなんですよー、オーナーの悪意を感じますよね!! この時間の裏って、冒険者の人たちがお弁当買いに来て凄く忙しいのに! か弱い乙女をこき使うんだから!」
おばちゃんはニコニコ笑って、賞味期限がアウトで廃棄になる予定のボリューム満点なサンドイッチを2つわたしに押し付ける。
「だって、おばちゃんじゃ向こうの活気についていけないもの、ほら、若い子は頑張って頑張って!」
ついでに他の時間切れ商品を袋に入れてわたしに強制的に持たせる。
ええ、重要ですけど、廃棄商品、凄く重要なんですけど……今日はちょっと荷物が多いので、減らしたかった…。
背中を押されて事務所に押し込まれる、さらに押されて裏口へ……。
裏口を開ければ、そこには広々とした……事務所が。
えぇ、事務所です、壁際には机とパソコン、ロッカーが5本に書類を保管するキャビネット、どれもスチール製のありがちな備品。
ただ…広さが向うの事務所の3倍はある。
だって、物々交換した対価を保管しなきゃなりませんから。
既に部屋の一角は、店内の商品と交換され、対価として渡された品物が積まれています。
これは後で漣オーナーが、日本に持って帰って質屋や宝石店で換金してきてくれるので、集荷に来るまでに分類して袋詰めしておかないと……小向さん、帰る前にやってくれないかな…。
バイト仲間を思い出し、無理そうだなと思い直す。
ロッカーから原色も眩しい制服を取り出し、きっちりと羽織る。
この制服には”ぼーぎょりょく補正”っていうのが掛かってるんだって、下手な防弾チョッキより安全だから絶対に脱がないでね、ってバイトの先輩に言われているので、しっかりと上までボタンを留めた。
いらっしゃいませぇ、ここはぁ『ナインイレブン』異世界支店ですぅ★
……ほらぁ! オーナー! お客様ドン引きですよ!
ぶりっ子しながら”異世界”とか言っても、駄目だって言いましたよね、わたし!
滑ったらからって逃げるのやめてください。
諦めて吊るされてください。
あらすいません、お客様を放っておいてしまって!
でもね、本当に”異世界支店”なんです……。
基本はちゃんと日本に表の店舗を構えてるんですが、どういう経緯でか裏にも店舗がありまして、そこがここ”異世界支店”となっています。
ご覧になったら、納得できますよ! …多分……? ちょっと! オーナー!逃げないでくださいっ!
「銀ちゃぁん、ポップコーン持ってきたわよぉ」
事務所の一角にある地下ダンジョンへの入り口から、軽快な女性の声が聞こえ、品出しをしていた筋肉もりもりな小向さんにカウンターを預け、事務所に入る。
小向さんは(多分)日本人なのに、こっちの冒険者さん達と張るくらいにたくましい。
ただ、接客は苦手らしく、大抵品出しやそれ以外のあれやこれやばかりやりたがる……唯一の例外はポップコーンの受け取り。
地下への入り口からひょっこり顔を出したのは、妖艶という形容詞がぴたりとハマる長身でグラマラスな美女、そしてその後ろに続く黒いフードを被った大人しい人たちは、手に手にダンボール箱を持っている。
「”邪神”様! いつもありがとうございます!」
いつものように、黒フードのダークプリーストさんたちは事務所の定位置にダンボールを積み上げてくれて、終わったら来たときと同じように一列に並んで地下ダンジョンの一角にある暗黒神殿に帰ってゆく。
地下ダンジョンには、暗黒神殿があるだけでなく、色々な種類の魔物が生息しているらしいです、危なくて入ったことないですけど。
出入り口には”結界”という見えない壁?があるので、魔物とかは上がってこれないようになってます、ただ、邪神さまを始めとする取引相手の方たちは、通り抜けて来られるので、結界には何か小難しい設定が組まれているのかもしれないですね。
手下であるダークプリーストさん達は帰りましたが妖艶美女こと邪神様だけは残り、いつものようにティータイムです。
事務所の一角にしつらえてある、マホガニーに張る程の高級感漂うソファーセットに邪神様が座り、わたしはお茶の準備をする。
「今日はお茶請けが和菓子なので、御抹茶を点てさせていただきますね」
「あらぁ、和菓子! 和菓子は本当に素晴らしいわねぇ、目で楽しみ、味を楽しんで……うふふ。 この品の良い甘さが堪らないわ」
邪神様が上品に和菓子を食べている間に、日本から持参した茶碗に抹茶をひと匙すくい入れ、沸かしたお湯を注ぎ茶筅で手早くお茶を点てる。
「どうぞ」
邪神様が菓子を食べ終わるのを見計らって、点てたお茶を勧める。
「いただくわ」
くるくると掌の上で茶碗を回してからそっと口をつけ、ゆっくりと傾ける。
「結構なお手前でしたわ。 今日のこれは楽茶碗だったかしら?」
黒く光る茶碗を手の中で愛でるように転がしながら、邪神様が微笑む。
「はい、良くご存知ですね?」
感心したらニヤリとされた。
「最近アキラに教えて貰った”いんたぁねっと”を始めたのよ。 漣(オーナー)にお願いしたら二つ返事で”せってぃんぐ”してくれたわ」
……えぇと、誰に突っ込めばいいんですか?
邪神様に突っ込む勇気は無いし、同じバイト仲間であるアキラさんに突っ込むのもアレだ、そうすると必然的にいつものアノ人だよねうん。
きっちりとオーナーに突っ込んでおこう、絶対、忘れずに。
「やっぱり市場調査って大事よねぇ。 ダンボールにも書いておいたけど、いつもの、塩とキャラメルの他に、今回からメープルも始めたのよ。 いつもどおり、日本ではどれがどの年代に人気なかデータ取っておいてね?」
邪神様達の作るポップコーンはどれも大人気で、日本の支店では目玉商品です。
「はい、ちゃんと調べておきます! その新商品、ちょこっと味見してもいいですか…?」
おずおずとお願いしてみたが、にべも無く却下される。
「駄目よ、アレには常習性があるんだから! あのポップコーンにはね、食べ過ぎて、太って、動けなくなって、外に出なくなって、社会が麻痺して、世界の崩壊をっ!……っていう壮大な計画が----!!」
熱く語る邪神様を温かく見守る。
体質の違いかは判らないけど、あのポップコーンに常習性と言えるような効果は無いんだよね。
邪神様の目的である、人類の破滅。
そのために、美味しいポップコーンを日夜研究し、造り続けてくれている……。
オーナー…もうそろそろ、邪神様に本当のこと教えてあげましょうよー。 えー? 駄目? 折角元手無しで商品を手に入れられる金づる、ばらしたら一生異世界支店勤務!?
邪神様、ごめんなさい、明日も納品お願いします。
「あ! そうだ!」
あからさまに話題を変えてみる。
「邪神様のために貢物があるんです!」
言っていそいそと、表から持ってきていた荷物を持ってくる。
「貢物? まぁ、それはいい心がけだけど、銀は妾の信徒ではないのだから、そんなことしなくても良いのよ」
銀(ぎん)じゃなくて本当は銀杏(いちょう)なんですけどね……他のバイトの人たちが”ギンちゃん”って呼ぶから邪神様まで…。
「いつも邪神様にはお世話になってますから! 是非使ってくださいね」
手渡したのは、赤と黒の布で作った割烹着。
邪神様のイメージカラーの割烹着って市販されてないから、自宅で夜なべして作ってみました。
いつもポップコーンを手作りしてくれる邪神様達に、いつかエプロンをプレゼントしたいなと思っていたんだけど、最近”和テイスト”がお好きな邪神様なら、割烹着の方がいいかな、なんて。
どうやら割烹着の事は知らないらしい邪神様が衣服だと勘違いして、今来ている真紅のドレスを脱ごうとしたのを慌てて止めて、正しい割烹着の着用の仕方を教える。
「お料理とかするときに、服が汚れないようにするために着る”割烹着”っていうもので、服の上から着るんですよ」
邪神様は今度こそ割烹着をきちんと着てくるくると回って見せてくれた、うん、似合ってる!
「……もしかして、銀の手作り?」
聞かれて肯定すると、突然抱きすくめられた。
長身な邪神様と普通身長のわたしとでは、かなりな身長差があるわけで。
邪神様のお胸で窒息しかけました。
「あ、あのっ! それで、ですね! これ!!」
邪神様の魅惑的なハグから脱出して、ぱんぱんに膨らんだ紙バック2つを邪神様に渡す。
「ダークプリーストさん達の分も作ったんです、みなさんに渡してもらえますか?」
中を見た邪神様の柳眉が顰められ……さっきまで良かった機嫌が一気に急降下。
え、な、何で!? 何も悪いことして無い、よね?
邪神様は、邪神様の威圧感で涙目になったわたしの顎を、その美しく長い指で掬い上げて上向かせ、不機嫌な表情のまま見下ろしてきた。
切れ長の眦、人間にはありえない猫のように縦に長い瞳孔が狭められ、わたしの奥を見通すかのようにじっと目だけを見つめてくる。
「………妾にだけでは無いというの?」
詰るような響きに、背筋が寒くなる。
忘れがちだけど、邪神さまは神様で……本当なら、わたしなんかが気安く話しかけて良い人なんかじゃなくって…。
体は怯えて硬直し、目にはじんわりと涙が浮かんでくる。
あ、くそっ! なんで涙なんか!!
ぽろりと一粒零れた途端、邪神様から発せられていた凍えるような怒りが消えうせた。
邪神様はため息を一つ付くと、その白魚のような指でそっとわたしの眦の涙を拭ってくれた。
「本当に……銀はずるいわ…」
いつもの”祝福”をわたしに授けてくれてから、邪神様は地下のダンジョンへと帰っていった。
帰り際、「たまには暗黒神殿にも遊びにいらっしゃい」と誘われたけれど、うちのコンビニの半ば用心棒になりつつある山崎さんでも一緒でないと恐ろしくて降りれませんから、曖昧に濁しておきました。
「……今日も良い絵が撮れた」
店内に戻ると、一眼レフを大事そうに抱えた小向さんと、邪神様ん所の一番偉い神官であるイーストハートさんが充実した顔をしていた。
「小向君、今月の裏広報に使いますから、データのコピーを頼みますよ」
こくこく頷く小向さん。
……その写真の中身って……。
「ちょっと! 何勝手に写真撮ってるんですか!? イーストハートさんも! 邪神様に言いつけますよ!!」
そう脅すと、イーストハートさんはニッコリと笑い(ちょっと怖い)。
「我等が邪神オアヤヤオヤニオアヤマリオアヤヤヤオヤニオアヤマリトオイイ様ご自身も、焼き増しを希望されておりますので問題ありません」
邪神様公認かよ……!
身体能力が並じゃない人たちからの写真の回収は諦めてすごすごと店番に戻る。
「ちょ! そこのお客様! 金的カップ…じゃなかった、ファールカップの試着はご遠慮くださいってそこに書いてあるでしょ!! 次やったら入店禁止にしますよ!」
ウチの人気商品のひとつである、股間をガードするファールカップを股間に装着してハマり具合をチェックしようとしている冒険者にすかさず注意を入れてから、ウチの不動の売り上げトップであるカラアゲたんを補充すべくフライヤーに向かい、橋本さんが捌いて冷蔵庫にストックしれくれてるロックワー…げふん、何の肉かは企業秘密でした、カラアゲたんのお肉に衣をつけて油の中に落とす……まだ画像チェックしながらきゃっきゃしているあの2人にこの油を掛けても良いでしょうか? いや、むしろ契約の神オノティカ様、あなたのその石槍であのサボり魔達をやっちゃってください。 お願いします、お願いします。
わたしみたいな何の取り得も無い人間が異世界支店なんて、ほんとに荷が重いです。
イーストハート「あの邪神様の”祝福”を”毎回”いただいていて、”何の取り得も無い”と言い切るのか、あの娘は…」
小向「……知らぬが華というやつだろう、そっとしておいてやってくれ」
という会話が、あったりなかったり。
最後までお読みいただきありがとうございました。