第3章 思い出してはいけない夜
怪異が真相に直接触れてくる瞬間
――記憶の真相に触れる
照明が点いたはずなのに、部屋は妙に暗かった。
光が届かない。
まるで、空気そのものが光を吸い込んでいるみたいだ。
彼女――いや、“彼女の姿をした何か”は、僕の目の前に立っていた。
瞳の奥が真っ黒で、底が見えない。
「ねえ……続きを思い出そう?」
その声は優しい。
優しいのに、逃げられない。
僕は震える声で言った。
「……俺は……何もしてない……」
彼女は首を横に振る。
その動きが、少しだけ速すぎた。
「してるよ。だから、忘れたんだよ」
その瞬間、視界が“引き裂かれた”。
記憶の深層1:あの日の夜
僕は部屋にいた。
暗い部屋。
雨の音が窓を叩いている。
テーブルの上には、黒いカップ。
中身はこぼれて、床に広がっている。
彼女が泣いている。
僕の前で。
「どうして……そんなこと言うの……?」
僕は怒っていた。
理由は思い出せない。
ただ、胸の奥に黒い塊があった。
「もう……無理なんだよ」
僕は言った。
その言葉が、彼女の表情を壊した。
「……捨てるの?」
「違う……俺は……」
言い訳を探す僕の声を遮るように、 彼女は僕の腕を掴んだ。
「捨てないで……お願い……」
その瞬間、僕の中で何かが切れた。
腕を振り払った。
強く。
彼女の身体が、後ろに倒れる。
床に、鈍い音が響く。
僕は息を呑んだ。
「……やば……」
駆け寄ろうとした。
でも、足が動かなかった。
彼女は床に倒れたまま、僕を見上げていた。
その目が―― 僕を責めていた。
記憶の深層2:その後
僕は震える手で彼女に触れた。
冷たい。
さっきまで温かかったのに。
「……嘘だろ……?」
呼吸が浅くなる。 心臓が痛い。
そのとき、彼女の唇がわずかに動いた。
「どうして……?」
僕は叫んだ。
叫びながら、彼女の身体を揺さぶった。
でも、彼女の目はもう僕を見ていなかった。
僕は―― その瞬間の記憶を、心の奥に押し込めた。
押し込んで、鍵をかけて、 なかったことにした。
そして、現在
記憶が戻った瞬間、僕は膝から崩れ落ちた。
「……違う……違う……俺は……」
彼女は僕の前にしゃがみ込む。
その動きは、まるで本物の彼女のように自然だった。
でも、瞳の奥は真っ黒なまま。
「ねえ……思い出した?」
僕は震える声で言った。
「……俺が……お前を……」
「うん」
彼女は微笑んだ。
その笑顔は、優しくて、温かくて―― でも、底がない。
「だから、戻ってきたんだよ」
僕は息を呑む。
「……なんで……」
「あなたが忘れたから。忘れたままじゃ、私……消えちゃうから」
彼女は僕の頬に触れた。 その指先は、さっきよりも温かかった。
「ねえ……もう一度、ちゃんと“終わらせよう”?」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
照明が明滅し、影が揺れる。
僕の影が、床でゆっくりと“別の形”に変わっていく。
彼女の影は―― 僕の影に重なっていた。
まるで、二つの影がひとつになろうとしているみたいに。




