第2章 消えたはずの足音(続き6)
主人公が封じ込めていたはずの記憶が、怪異によって強制的に引きずり出される瞬間
――忘れていた記憶が、開く
照明が落ちた瞬間、世界が音を失った。
暗闇の中で、僕の呼吸だけがやけに大きく響く。
そして―― 耳元で、彼女の声が囁いた。
「ねえ……思い出して。昨日のこと」
「昨日なんて……何も……」
言いかけた瞬間、視界が“白く”弾けた。
暗闇の中に、突然、光の粒が浮かび上がる。
それはまるで、古いフィルムが勝手に再生されるみたいに、 僕の目の前に“記憶の断片”が映し出された。
断片1:白い部屋
白い壁。
消毒液の匂い。
ベッドの上で、誰かが泣いている。
僕だ。
僕はベッドの横に立ち、 その“誰か”の手を握っている。
細い手。
冷たい手。
彼女の手だ。
「……やめろ……これは……」
僕は首を振る。
こんな記憶、知らない。
でも、映像は止まらない。
断片2:夜の道路
雨が降っている。
アスファルトが濡れ、街灯が滲んで見える。
僕は傘もささずに立っている。
その前に、彼女がいる。
泣いている。
何かを叫んでいる。
でも、声が聞こえない。
音が消えている。
彼女の口が動く。
「どうして……?」
僕は答えない。 ただ、彼女の腕を掴んで――
強く振り払った。
「……違う……こんなの……」
胸が締め付けられる。
呼吸が苦しい。
断片3:暗い部屋
僕の部屋だ。
今と同じ間取り。
同じ家具。
でも、空気が違う。
重い。 湿っている。
床に、何かが落ちている。
黒いカップ。
割れている。
その横に――
彼女が倒れている。
僕はその場に立ち尽くしている。
手が震えている。
指先に、赤いものがついている。
「……やめろ……やめろ……!」
僕は叫ぶ。
でも、映像は止まらない。
倒れた彼女の顔が、ゆっくりとこちらを向く。
目が開く。
「どうして……捨てたの?」
その瞬間、映像が“バチッ”と音を立てて消えた。
暗闇が戻る。
息が荒い。
心臓が痛いほど脈打っている。
そして―― すぐ目の前で、彼女が囁いた。
「ねえ……あなたが忘れたのは、私じゃないよ」
僕は震える声で言う。
「……じゃあ……何を……」
彼女は微笑む。
その笑顔は、優しくて、温かくて―― でも、底がない。
「あなたが捨てたのは……“自分”だよ」
その瞬間、照明が一斉に点いた。
明るい部屋の中で、 彼女は僕の目の前に立っていた。
さっきまでの“歪んだ顔”ではない。
完全に、僕が知っている彼女の顔。
でも――
その瞳の奥だけが、真っ黒だった。




