表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戻ってきた彼女は、僕の知る彼女ではなかった 記憶をなぞる“何か”が、部屋の中にいる 忘れたはずの声が、玄関の向こうで呼んでいる  作者: かーすけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

第2章 消えたはずの足音(続き4)

ドアの向こうにいる“存在”

 ドアノブが、ゆっくりと回る。

 金属が擦れる音が、部屋の空気を震わせた。

 僕は後ずさることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。


 カチリ。

 ロックが外れる音。

 チェーンは、さっき勝手に外れたまま床に落ちている。

 ドアが、わずかに開いた。


 暗い隙間の向こうに、何かが立っている。

 最初に見えたのは――白い布。

 ワンピースの裾のような、柔らかい布の揺れ。

 次に、細い指。

 ドアの端をそっと押すようにして、ゆっくりと隙間を広げていく。

 僕は息を呑む。

 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

 ドアが完全に開いた。


 そこに立っていたのは――

 彼女だった。

 長い髪。

 白いワンピース。

 細い肩。

 僕が知っている彼女の姿。

 けれど。

 顔が、違った。


 いや、“違う”というより

 ―― 僕の記憶の中の彼女の顔と、ほんの少しだけズレている。

 目の位置が、わずかに低い。

 口角の上がり方が、ほんの少しだけ深い。

 笑っているのに、笑っていない。

 まるで、誰かが彼女の顔を“思い出しながら描いた絵”のような、不自然なズレ。


「……帰ったよ」

 彼女は微笑んだ。

 その笑顔は、僕が知っている笑顔の“コピー”だった。

 僕は声を失ったまま、ただ見つめる。


 彼女は一歩、部屋に入ってくる。

 その足音が、床に吸い込まれるように静かだった。

「どうしたの? そんな顔して」

 僕はようやく声を絞り出した。

「……お前、誰だ」

 彼女は首をかしげる。

 その仕草は、完全に彼女のものだった。

 でも、首の角度がほんの少しだけ深すぎる。


「ひどいなぁ。忘れちゃったの?」

「……違う。お前は……彼女じゃない」

 彼女は笑った。

 その笑い声は、僕の知っている声よりも少しだけ低く、少しだけ長く響いた。

「ねえ、昨日のこと……覚えてないの?」

「昨日……?」

 彼女はゆっくりと近づいてくる。

 僕は後ずさる。

 けれど、足が床に貼り付いたように動かない。

「昨日、あなた……私のこと、抱きしめたよね」

「……違う。そんなことしてない」

「してたよ」


 彼女は僕の胸に手を伸ばした。

 その指先が触れた瞬間、冷たい。

 氷みたいに。

「あなた、泣いてたよ」

「泣いてない……」

「泣いてたよ」


 彼女の声が、少しずつ低くなる。

 まるで、別の誰かが彼女の声帯を使って喋っているみたいに。

「ねえ、どうして忘れるの?」

 僕は震える声で言った。

「……お前は……誰なんだよ」


 彼女は、ゆっくりと顔を近づけた。

 僕の目の前、数センチの距離。

 その顔が――

 僕の記憶の中の彼女の顔に、ゆっくりと“寄せて”くる。

 目の位置が、少しずつ上がる。

 口角が、少しずつ浅くなる。

 輪郭が、僕の知っている形に近づいていく。

 まるで、僕の記憶を読み取って、顔を“調整”しているみたいに。


 そして、完全に一致した瞬間――

 彼女は囁いた。

「ほら……これで、思い出せた?」


 僕は叫び声を上げて後ずさった。

 その瞬間、彼女の顔が“パキッ”と音を立てて歪んだ。

 笑顔のまま、目だけが左右に揺れる。

 口角が、ありえない角度まで引きつる。

「ねえ、忘れないでよ」

 その声は、もう彼女の声ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ