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完璧超人の美少女モデルは、僕の前でだけ甘々でポンコツになる  作者: 肥前文俊


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9/25

第9話 あんなの告白じゃん! むしろプロポーズじゃん!

 相馬家の家をお礼を言って出た透花は、すぐ隣の自分の家の玄関をくぐる。

 家の中は明かりがまったく点いていなかった。


 いつものことだ。


「あー、楽しかった。守くんは本当にいい子だなー」


 涼花は帰宅してほんのしばらくは、楽しさの余韻に浸っていたが、それも徐々に落ち着くと、ふっと、真表情になった。


 天真爛漫でいつも楽しげな美少女はそこにはいない。

 名前のように透明な花の如く。


 透き通ったガラス細工のように、美しくも冷たく、無機質な、精巧な人形のような、あるいは白崎透花という魂が抜けた、抜け殻のような物体。

 自室とリビングに明かりをつけると、テーブルの上に封筒と手紙が置かれているのに気付いた。


 白崎詩乃、透花の母親の置いていったものだ。

 封筒にはしばらくの生活費が入っていて、手紙にはここしばらくの勤務表が書かれている。


「お母さん、相変わらず忙しいそうだなあ」


 諦念混じりの、少し寂しい声が、空疎なリビングに響く。

 先程まで守と美沙との団欒がとても暖かかったからだろうか。

 なおさら、一人の家が冷たく、よそよそしく感じてしまう。


 詩乃は正看護師をしている。

 元々忙しい看護師業だが、コロナ禍以降は人手不足に拍車がかかり、数少ないスタッフにさらなる負担がかかっていた。


 父はいない。

 高級官僚だったという父親は、透花が物心つく前には、すでに家にいなかった。


 母子家庭となった白崎詩乃は、大切な娘を育てるために、すぐに仕事に復帰して、働かなくてはならなかった。

 だから、透花は詩乃からだけでなく、美沙による守との育児の間で大きくなった。


 透花は、白崎家と相馬家の二つの家で生まれ育ったと言っても過言ではない。


 透花は手紙をテーブルに置くと、二階の自室へと向かった。

 制服を脱ぎ捨て、ハンガーにかける気力もなく、椅子に無造作に引っ掛ける。


 鏡の前に立つと、そこに映るのは学校やモデルの現場で見せる完璧な笑顔ではなく、どこか疲れた、無表情な少女だった。


「……綺麗、か」


 守の言葉が、不意に頭をよぎる。


 『すごく……綺麗だなって』

 『ドキッとする。綺麗で、可愛い。すごく好き』


 思い出すだけで、頬がカッと熱くなる。

 鏡の中の自分の顔が、みるみる赤く染まっていくのが透花には分かった。


「も~~~、なんなの! 守くんのばかっ、エッチ! 女たらし! すぐにそう言ってドキッとさせて、そのくせ全然その気もなさそうだし! 本当にスケコマシ! 天然チャラ男!」


 仕事で褒められるのとは、全然違う。

 カメラマンさんは惜しみない賛辞の声を届けてくれるけれど、その言葉はあくまでもモデル、被写体の魅力を高めようというものだ。


 透花の心の奥底には届かず、そのはるか手前の心の固い防御壁に弾かれてしまう。

 だが、守の言葉は、いつも透花の心の奥深くまで、まっすぐに届いてしまう。


 下着姿のまま、自分の体を眺める。

 自分でも、素晴らしい素材だと思う。


 出るところは出て、くびれるところはくびれる。

 手足は長く、腰の位置は高い。


 顔だってバランスが良いと思う。

 自撮り写真でも、画像修正が要らないくらいに、自慢の逸品だ。


 常に最高の状態を保つために、食事制限もトレーニングも欠かさない。

 栄養の勉強もして、自宅で自重トレーニングもかなり本格的にしている。


 モデルとして、この体は商品だ。

 多くの人が注目する、価値のある最高の商品だ。

 私という商品に、服やアクセサリーという商品を被せて、それを販売する。

 モデルという仕事に、透花は誇りを持っている。


「守くんって……私の体はどう思ってるのかな……? 本当に綺麗だって、魅力的だって思ってくれてる?」


 でも、守の前では、ただの白崎透花でいたい。

 彼が「綺麗だ」と言ってくれたこの体を、もっと、彼だけのために磨きたいと思ってしまう。


 そんなことを考えていると、なんだか無性に恥ずかしくなって、透花は慌ててバスルームへと逃げ込んだ。


 シャワーヘッドから流れ落ちるお湯が、火照った体を優しく包み込む。

 艷やかな肌の上を、滑るようにお湯が流れていく。


 ざあざあという水音だけが響く空間で、今日の出来事を一つ一つ思い返す。


 守に起こしてもらった朝。

 授業中の、彼とのささやかなやり取り。


 お弁当を分けてもらった昼休み。

 そして、放課後の、心臓が飛び跳ねるような会話。


「ひいいいいい、思い出したら恥ずかしくなってきた! なんで私専属契約とか言っちゃってるの? あんなの告白じゃん! むしろプロポーズじゃん! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!」


 透花は風呂場でシャワーを浴びながら、気恥ずかしさに悶絶していた。


「ひいいいいい、ひぃいいいい゛!! だめ! 死ぬ! 恥ずか死ぬぅぅううう! こ、ころせええええ、私を殺せええええっ!」


 それだけじゃない。

 今日の私は、いつもより積極的すぎた。


「『すごく好き』って言われた時も、私、どんな顔してたっけ……。絶対、顔真っ赤だった……。うわあああ、恥ずかしい! 守くん、絶対私のことチョロいって思ったに違いない!」


 写真を見せた時の、守の素直な称賛。

 『綺麗で、可愛い。すごく好き』


 あの時のぽろっとこぼれ落ちたような声が脳裏に焼き付いて離れない。

 感情がだだ漏れだった。


 そんな態度で褒められたら、誰だって勘違いしちゃうって!


「それに、勉強会の誘い方! 足で裾を掴むとか、私、何やってんの!? はしたない! はしたなすぎる! しかも『夜の勉強会』って……! 完全に誘ってるじゃん! ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!」


 透花は風呂場でシャワーを浴びながら、頭を抱えてその場にうずくまる。

 熱いシャワーが、火照った体に降り注ぐ。


 でも、それ以上に顔が、全身が、羞恥で燃えるように熱かった。

 気恥ずかしさに悶絶し、シャワーの音に紛れて奇声がバスルームに響き渡った。


「ふうっ、ふうっ、これ以上思い出したらダメだ。こんなの、私恥ずかしくて死んじゃう……!! ……でも、素敵な時間だったなあ」


 守と一緒にいる時間は、いつも温かくて、安心できて、幸せだと感じる。

 相馬家で美沙さんと三人で囲んだ食卓の、あの暖かさ。


 それに比べて、この家のなんと冷たいことか。

 母親である詩乃のことは好きだ。


 だが、詩乃との触れ合う時間はあまりにも短い。

 シャワーを止め、濡れた髪をタオルで丁寧に拭きながら、透花はぽつりと呟いた。


「別れたばっかりなのに……もう会いたいな」


 誰に、とは言わなくても分かっていた。




 シャワーを終え、ラフなTシャツとショートパンツに着替えた透花は、自室の机に向かった。

 豊満な肉体はシャツを盛り上げ、滑らかで真っ白な太ももは眩しいまでに魅力的なラインを浮かび上がらせる。


 中間テストまで、もう二週間を切っている。


「守くんと勉強会するんだから、私も頑張らないと」


 彼に「教えて」と甘えた手前、あまりにも出来が悪いのはプライドが許さない。

 むしろ、勉強会では、自分が守に教えてあげたかった。


 それに、次の中間テストでも、学年十位には入りたい。欲張るなら五位に。

 その一心で、参考書とノートを広げた。


 最初は集中できていた。次々と問題を解いていく。

 しかし、一時間も経つと、静まり返った部屋で一人、問題集と向き合っているうちに、だんだんと心細くなってきた。


 難解な問題が出てくると、途端に思考が遅くなる。

 難しい問題に取り組む粘り強さが失われていく。


 さっきまでのやる気はどこへやら、焦りと不安が胸の中に広がって。



 ――――完璧な自分でいなければ。



 みんなの期待に応えなければならない。

 モデルの仕事も、学校の勉強も、全部。


 白崎透花は美人で優等生。

 顔が良くて、スタイルが良くて、頭もいい。クラスの人気者で、皆の憧れ。

 先生からの信頼も篤い、クラスカーストの頂点に立つ生徒。


 望んでそうなったわけではない。

 多くの人の期待に応えようと考えていたら、自然と周りがそう望んだ(・・・・・・・・)のだ。


 透花を追い詰めたのは、それだけではなかった。

 お母さんには心配をかけたくない。


 看護師はただでさえ激務で、患者さんの命を預かる立場で、ストレスの多い仕事だ。

 特に詩乃は数多くの部下を抱え、誰よりも責任感が強く、仕事をまっとうしようとしている。


 心労が多く、帰ってきてから頭を抱えている姿を見たことが何度かある。

 表で弱音を吐くことができない人なのだ。


 そんな自分とよく似た姿を、透花は知っている。


 母には、立派な姿を、大丈夫な自分を見せたい。

 家のことは心配ないのだと、安心させてあげたい。



 その思いは本当(・・・・・・・)なのに……。



 重圧が、鉛のように肩にのしかかる。

 ペンを握る手が、重くなった。


「……はぁ」


 もうやめようかな。

 ぜんぶ投げ出しちゃえば、楽になるだろうか。

 そんな弱音が、喉まで出かかった、その時だった。


 ブブッ、と机の上のスマホが短く震えた。


「守くん……?」


 守からのメッセージだった。


『勉強、頑張ってる? あんまり根を詰めすぎないように。透花との勉強会、楽しみにしてる』


 たったそれだけの、短い文章。

 でも、その言葉は、冷え切っていた透花の心に、じんわりと温かい光を灯してくれた。


 一人じゃない。

 見てくれている人がいる。


 守は、いつでも自分を助けてくれる。

 ダメな本当の自分を知っていても、ずっと支えてくれている。


「あー……好きだなあ……」


 さっきまでの不安が嘘のように消えていく。

 透花は、スマホを胸に抱きしめ、くすりと笑った。


『うん、頑張ってるよ! 守くんこそ、バイトお疲れ様。勉強会、私も楽しみ!』


 すぐに返信を送ると、既読の文字がつく。

 スタンプでよく分からない、ちょいキモなゆるキャラの応援しているイラストが貼られる。


「なにこれ」


 それだけで、また胸が温かくなった。



「がんばるね……守くん」


 透花はもう一度、参考書に向き直る。

 ペンを握る手には、力が戻っていた。

もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。

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