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完璧超人の美少女モデルは、僕の前でだけ甘々でポンコツになる  作者: 肥前文俊


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第5話 私の専属シェフになってくれないかなあ

 放課後。

 授業を終えた僕は、机の中に荷物を置き忘れていないか確認したあと、鞄を肩にかけた。

 ズシリとした重みに、ナイロンの肩紐が制服に食い込む。


 もう慣れたものだけど、置き勉がしたくなる気持ちはよく分かる。

 学校が終わったら、僕は一度家に帰って、それからバイトだ。


 僕が教室を出ようとしたタイミングで、透花もまた帰り支度を終えたようだった。

 廊下を並んで歩きながら、今日の予定を軽く話す。


 隣に並ぶ彼女は、どこを切り取っても綺麗だ。

 長いまつ毛、大きな瞳、白く滑やかな肌。


 セーラー服に包まれた布の下は、女性的な丸みと、猫科の動物を思わせる靭やかさを併せ持っている。


「透花はこれから?」

「うん、私は今日は『Étoile Blancheエトワール・ブランシュ』のモデル。秋コーデの撮影なの」

「まだ六月なのに、もう秋物なんだ。暑そうだね」

「そうなの。スタジオの中は照明で暑いのに、ニットとかコートを着なくちゃいけないから大変。でも、誰よりも早く可愛い秋服を着られるのは、やっぱり嬉しいかな」


 そう言って笑う透花の表情は、本当に楽しそうだ。

 エトワール・ブランシュは、SNSでの発信力が強いインフルエンサーを起用することで急成長した、今とても勢いのあるブランドだ。


 透花もそのうちの一人で、高校生ながら、彼女が身につけた商品はすぐに完売することから、「#透花買い」なんてハッシュタグが生まれるほどの影響力を持っている。


 何度か撮影現場に顔を出したことがあるけど、そのたびに驚かされる。

 スタジオには何人ものモデルとカメラマン、ヘアメイク、スタイリストがひしめき合い、怒号にも似た指示が飛び交う、まさに戦場だ。


 カメラの前に立った瞬間、彼女の纏う空気は一変する。

 いま僕と話していたときの、少し気の抜けた柔らかな表情は消え、『プロモデル:白崎透花』の顔になる。


 シャッターが切られるたびに、服の魅力を最大限に引き出すポーズと表情を瞬時に作り出す。

 その集中力と表現力は、同年代の女の子とは思えないほどだ。


 学校でも、モデルの現場でも、透花は華やかで、とっても優秀な姿を完璧に保っている。

 だからこそ、僕の前だけで見せるポンコツ透花の姿が、僕は愛おしい。


「新作発表で透花の姿を見るの楽しみにしてるよ。きっとすごく綺麗なんだろうね」

「えっ……あ、ありがと……」

「色んな人がさ、透花のことを綺麗だって褒めてるのを見るの、僕けっこう好きなんだよね。自分のよく知ってる子が認められてて、やっぱりそうだよね、って思うんだ」

「へえ……そう、なんだ……」


 きっと、何を着てもよく似合っていることだろう。

 元々の素材が抜群に良いんだもん。


 透花は急にキョトキョトと視線を彷徨わせたり、髪の毛をくるくると指に絡めたりして、落ち着きをなくしはじめた。

 一体何をしてるんだろう……?


 僕たちは物心つく頃からの幼馴染だから、お互いのことはよく理解している。

 有名なフォトグラファーや、ブランドのお偉いさんに褒められても、いつもそれが当然みたいに、堂々と凛々しく、ありがとうございます、って華やかな笑みを浮かべる。


 だから、透花は僕のこんな言葉で褒められたって、いつも当たり前みたいに感じているんはずなんだけどな……。不思議だ。

 うっすらと赤くなった顔を手で仰ぎながら、透花が僕に言う。


「ま、守くんは今日はバイト?」

「うん。いつも通り叔父さんところでね」

「がんばってね」

「ありがとう」


 僕は父の弟、つまり叔父の経営するイタリアンレストランで厨房のバイトをしている。

 『トラットリア・ソーレ』はかなりの繁盛店で、厨房の仕事はいつもとても忙しい。

 ひっきりなしに入ってくる注文に対応するだけで、目が回りそうになるほどだ。


 だけど、働いている人たちがみんな腕が良くて、性格も良い素敵な職場だ。

 僕は働きながら調理のコツを教えてもらってる。

 叔父さんにはかなり目をかけてもらっていると思う。


「あのお店本当に美味しいよね。私もまたあの料理食べたいなあ」

「お客様の来店を心よりお待ちしております」


 僕がふざけて店員みたいに言うと、透花はぷくーっと頬を膨らませた。

 透花は僕の前に顔を寄せて、じっと目を合わせてくる。


 ちょ、近い近い! 近いって……!


「むー……そうじゃなくて。私が食べたいのは、守くんが私のために作ってくれる、世界で一番おいしいご飯なの」

「……はいはい。またすぐ家で作るよ」


 そんな風に真正面から言われると、照れてしまうだろ!

 心臓がバクバクと鳴り始めて、顔が熱くなる。


 いつもはどれだけ近くてもなんとも思わないのに、透花の顔を直視できなかった。

 僕の動揺を知らずにか、透花は顔を離すとニパッと笑う。


 天真爛漫さを感じさせる、ひまわりみたいな綺麗な笑み。


「ほんと? じゃあ、今度の週末は、守くんの特製パスタが食べたいな。私の大好きな、あのトマトソースのやつ!」

「はいはい、お姫様。リクエストにお応えしますよ」

「やった! あれ好きなんだよねえ。……ねえ、守くん」

「ん?」

「いっそのこと、私の専属シェフになってくれないかなあ……なんて」


 上目遣いでそんなことを言われて、僕は思わず言葉に詰まる。

 心臓が、掴まれたみたいに跳ねた。


「な、なな、何言ってんだよ。からかうなって」

「からかってないよ。本気だもの。毎日守くんのご飯が食べられたら、私、世界一幸せになれる自信あるんだけどなー」


 そう言って、透花は僕の制服の袖をぎゅっと掴む。


 あああああああ、もう、反則!

 そういうの本当にズルいって!


 自分が可愛いの知ってて、その武器を全力で使ってくるんだから……!

 その仕草と表情に、僕は完全にノックアウトされた。


 もうドキドキのバクバク。心臓がえげつない速度で鼓動を打ってるのが分かる。

 頭に血が上って、クラクラした。


 ダメだって、こういうの。


 そう言って、透花は僕の制服の袖をぎゅっと掴む。

 袖越しに伝わる彼女の体温と、柔らかな感触。

 ふわりと香る甘い匂いに、思考が真っ白に塗りつぶされる。


 ああ、もう、反則だろ、それは!

 自分がどれだけ可愛いか分かってて、その武器を全力で使ってくるんだから、本当にズルいって。


 その無防備な仕草と、潤んだ瞳で見つめられて、僕は完全にノックアウトされた。


 頭が真っ白になって、しっかりとした考えがまとまらない。

 顔だけじゃなく、耳までカッと熱くなっていくのが自分でも分かった。


 ダメだああああ、まともに顔が見れない。


「……っ! ご、ごほん。もう、早く行かないとバイトに遅れるから」

「あ、待って! 約束だからね!」

「分かってるよ。特製パスタだよね」


 将来は料理の道に進もうかと考えている僕にとって、透花はとてもいい試食者だ。

 遠慮なく意見を言ってくれるし、美味しかったら本当に美味しそうに食べてくれる。


 透花が念を押すように約束を求めてくるのに苦笑しながら頷く。


「ちょっと、専属契約はどうなってるのさー!」

「…………考えておくよ」

「もう…………!! …………〇〇〇〇〇(意気地なし)


 逃げるようにして慌てて走ったから、最後の声はよく聞き取れない。

 今日もしっかりと働きながら、調理技術を盗もう、と心に誓った。


 ――透花にもっと美味しいって、喜んでもらうために。






 校門で透花とわかれて、まっすぐに自宅へと帰る。

 急いで帰ってきたから、少し息が上がってる。


 これは透花にドギマギされたからじゃない。

 走ったからだ。そうに決まってる。


 自分でもよく分からない感情で、強く言い聞かせながら、自宅を見上げた。


 僕と透花の家は隣り合わせにあって、どちらも分譲住宅の三階建てだ。

 間取りも一緒で、違うのは屋根の色ぐらいだろうか。


 自宅に帰ると両親はいつものようにいなかった。

 父さんは今日も仕込みかな。


 叔父さんはイタリアンレストランを経営しているが、父さんは小ぢんまりとした居酒屋を経営している。

 夕方から開店し、深夜まで営業しているから、明け方からお昼が家にいて、あまり生活時間が被らない。


 母さんはこの時間、買い物だろう。

 どうも料理系に興味を持つ家系だったみたいだ。


 昼食のお弁当を透花に分けてしまったから、お腹が空いていた。

 冷蔵庫のなかに6Pチーズがあったので二ついただいてスライスし、生食パンにマヨネーズとマスタードを塗って、チーズを挟む。


 簡易的なサンドイッチを作って食べると、僕は叔父さんの店 『トラットリア・ソーレ』に自転車で向かった。

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