第4話 美味しいお弁当
四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ると、教室の空気は一気に緩んだ。
山中先生が「今日の授業はここまで」と告げると、生徒たちは待ってましたとばかりに立ち上がり、思い思いの場所へと移動し始める。
「腹減ったー! 購買行こうぜ!」
「俺、パン争奪戦に勝てる気がしないんだけど……」
「今日のお弁当、唐揚げなんだよね。朝から楽しみにしてた!」
「いいなー、俺のはまた母ちゃんの卵焼きだけだよ」
「お前の弁当、相変わらずチョーデカいな。どんだけ詰めてんの?」
「昨日の残り物全部入れられたんだって」
教室のあちこちで、そんな声が聞こえてくる。
僕も教科書とノートを机の中にしまい、弁当を取り出す準備を始めた。
僕の弁当は、自分で作ったものだ。基本的に毎朝自分で作っている。
今日のメニューは、鶏の照り焼き、卵焼き、ほうれん草のおひたし、そしてミニトマトとアスパラ。ご飯にはおかかと海苔を乗せて、彩りも栄養バランスも考えて作った、我ながら自信作だ。
ちらりと透花の方を見ると、彼女はまだ自分の席で、友達と談笑しているようだ。
その周りには、自然と人の輪ができていた。
彼女はいつも誰かに囲まれている。
僕が弁当の包みを開けていると、透花がふとこちらに気づき、にこりと微笑んだ。
そして、周りの友達に何か一言二言告げると、僕の席へと歩いてきた。
「守くん、今日は一緒に食べよ」
「ん、いいよ。他の人達は?」
「うん、できればみんなも一緒がいいな。……ダメ?」
「ん゛んっ! ……もちろん大丈夫。じゃあ今日はいつものメンバーにご一緒させてもらおうかな」
「やった!」
透花が僕の反応を伺うように、首を傾げた。
いちいち動作の一つひとつが可愛らしすぎる……!
透花とは一緒に食べる日もあれば、男友達だけで食べる日もある。
今日はせっかくのお誘いなので、透花たちと一緒にいただくことにしよう。
透花の周りには、クラスでも明るくて人気のある友人が集まっていた。
たとえば、男子ではバスケ部の高山祐介くん。
身長が一八三センチと高く、二年生のエース的な存在だ。
都道府県の選抜にも選ばれていて、女子の人気も高い。
あるいは、女子の三鷹梨絵さん。
ちょっと気の強いところがあるけど、綺麗な顔立ちをしていて、誰とでもビシビシと言いたいことを言いながらも、運動会や文化祭の面倒な役割を率先してこなすなど、クラスのまとめ役として強いリーダーシップを発揮している。
生徒会役員もしていて、面倒見が良い頼れる姉さん役、といった感じだ。
黒髪ロングの榛葉さんはおっとり気味の小さな子だ。
お人形さんみたいな可愛らしい顔立ちで、小さな体を目一杯使って自己表現する姿は、本当に応援したくなる魅力がある。
僕たちは机を寄せ合って、お弁当タイムを始める。
「おー、守くんのお弁当は今日も美味しそうだねえ」
「相馬って自分で作ってるらしいな」
「うん、そうだよ。よく知ってたね」
「白崎が自慢してたんだよ。相馬の料理は美味いって」
祐介くんがそう言って物欲しそうに鶏の照り焼きを見つめていた。
てかてかとした表面の美味しそうに焼けた照り焼きは、甘じょっぱくて、そこに鶏の油の甘みと皮の旨味が交わって、本当に自慢の逸品だ。
食べられてはたまらない。
「そんな物欲しそうに見たって、あげないから」
「ちぇっ……」
「白崎、今日も相馬の弁当狙ってんの?」
「当たり前でしょ? だって守くんのご飯を食べちゃったら、もう他のお弁当じゃ満足できなくなっちゃうんだもん。私の舌をこんなに肥えさせちゃったんだから、責任取ってもらいたいなあ」
「透花も駄目だよ。ちゃんと自分で買ったサンドイッチ食べなって」
「えー。ズルいんだ」
透花が口を尖らせて拗ねる。
物欲しそうにチラチラと弁当を見つめる姿がいじらしくて、ちょっとだけ甘やかしたい気持ちになるが、グッと我慢だ。
「ズルくないし。自分の作ったお弁当を自分で食べるだけなんだから!」
「ふぅん、そんなに美味いのか」
祐介くんのお弁当は僕の倍ぐらいの量がある。
運動部だけにカロリーがたくさん必要なのだろう。
焼売にかぼちゃの煮物など、バランスが一見良いように見えるけれど、どれもこれも冷凍食品っぽい感じがする。
もしかすると、全部手作りのお弁当が少し羨ましかったのかもしれないな、と思った。
バスケ部は朝練もあるし、お弁当をしっかりと作っていたら朝は何時起きになるんだろうか。
学食ばかりじゃなくてお弁当を持たせてくれるだけ、良いご両親だ。
僕は自分のお弁当をそれとなく庇いながら、卵焼きを食べる。
ふんわりと柔らかく焼き上がった卵焼きは、口に入れると優しい甘さが広がり、だしの風味がしっかりと感じられる。
自分で作った中でも今日は特に出来が良く、箸が止まらなくなる美味しさだ。
いいね。自分ながらいい出来だ。
その時、榛葉さんが後ろの席から女子のクラスメイトに呼ばれた。
椅子から立ち上がろうとした瞬間に、お尻がぽん、と透花のサンドイッチの袋にぶつかってしまう。
「あっ!?」
小さな悲鳴があがったかと思うと、透花の手から、サンドイッチがポロッとこぼれ、教室の床に落ちた。
「あー……落ちちゃった。わたしのお昼ごはん……」
「白崎さん、ご、ごめんなさい!」
「おい、気をつけろよ」
「うん、いいよいいよー。仕方ないもん」
恐縮してペコペコと頭を下げる榛葉さんに、透花は気にした風でもなく、すぐに許した。
それでも高山くんたちの鋭い視線が、榛葉さんに突き刺さる。
榛葉さんは小さな体を、さらに小さくして、縮こまってしまった。
もちろん不用意だっただろうけど、そこまで恐縮するほどじゃない。
悪意はなかったんだし。
さて、どうかばおうかな、と思った矢先だった。
こういう時、透花は本当にすぐに行動に移すからすごい。
「おっきなお尻が当たっちゃったんだね。うーん、安産型」
「きゃっ!? 白崎さん!?」
「よしよし。私のお尻とどっちが大きいかな。これはやっぱり私かなあ」
透花が榛葉さんのお尻を撫で撫でして、多分に恥じらいの混ざった悲鳴が上がる。
同性ならではの気安いコミュニケーションを目の当たりにして、男子たちが気まずげに目を逸らした。
それどころか、透花が自分のお尻を撫で回すものだから、教室のあちらこちらから、ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
ミニスカートの裾からこぼれるように現れる太ももは、まるで陶器のように滑らかで、柔らかな光を受けて艶やかに輝いていた。
その白さと、ムッチリとした張りのある肉感は、思わず指先でなぞりたくなるほど蠱惑的で、太ももからお尻へと続く曲線は官能的なまでに美しい。
腰元で幾重にも折りたたまれたスカートはとても短く、下から覗き込めば、ショーツが見えてしまっていたかもしれない。
思わず目を奪われ、見る者の理性を揺さぶるほどだった。
「透花、ちょっとはしたないよ」
「えっ? あ、ごめんね。もしかしてドキッとしちゃった?」
「いや、モデルもしてるのに迂闊だなって心配になった」
「おっと、そっか。気をつけないと」
何食わぬ顔で、気にした風もなく透花が言う。
白崎透花が庇ったことで、榛葉さんのミスはうやむやになった。
「透花、途中だけど、僕のお弁当食べる?」
「食べる!! やった。守くんのお弁当だ」
このまま空腹状態で午後の授業を受けるのはつらいだろう。
僕は学校が終わってすぐに帰ることができるけど、たしか透花は今日はモデルの仕事があるはずだ。
もしかしたらコンビニで買い食いとかするかもしれないんだけど、透花はそのまま仕事場に行く可能性もある。
そう考えると、つい余計なお世話かもしれないけれど、弁当箱を差し出していた。
食べさしのお弁当だというのに、透花は本当に嬉しそうに受け取ると、照り焼きにかぶりついた。
「んんっ、ほんっとうに美味しい~!!」
「それは良かったよ」
「なあ、白崎、俺にも分けてくれよ」
ああ……今日の鶏の照り焼きは本当に上手くできたのに。
まあ、透花が喜んでるなら良いか……。
本当に僕は透花には甘いなあ、と思いながらも、喜ぶ姿を見ると、むしろもっと甘やかしたくなる自分がいた。
「おいひぃいいいっ!」




