第20話 君の隣がいいんだ
昼休みが終わり、午後の競技が始まるアナウンスがグラウンドに響き渡る。
僕は意を決して、クラスの輪の中心にいる透花のもとへと向かった。
僕と透花の息が合っていないのは、もう多くの人の知るところだ。
いつだって透花は注目されてるからね。
僕が近づいてくるのに気づいたクラスメイトたちが、道を開ける。
その視線が少しだけ痛い。
透花は、不安と期待が入り混じったような顔で、僕をまっすぐに見つめていた。
「透花、ちょっと良いかな」
「……守くん。うん、良いよ。ちょっと話してくるね」
透花は周りに一言断って、僕たちは人混みを避けるように、グラウンドの隅に移動する。
周りの喧騒が、嘘のように遠ざかっていく。
僕たちの間には、二人だけの静かな時間が流れていた。
「ごめん。自分のことでいっぱいいっぱいで、透花にひどい態度とった。本当にごめん」
「ううん……。私も、どうしていいか分からなかった。守くんが苦しそうなのに、なんて声をかけたらいいか……。私、守くんがいないと、本当にダメなのに……」
透花は力なく首を横に振る。
その瞳には、うっすらと涙の膜が張っていた。
「料理人になれないかもしれないって思ったら、怖くなったんだ。僕から料理を取ったら、何も残らないんじゃないかって……。透花の隣にいる資格もないんじゃないかって……。それで、透花に八つ当たりした。君の優しさが、辛かった」
「私も辛かったよ。守くんがどんどん遠くに行っちゃうみたいで……。私のせいで、守くんの夢を邪魔してるんじゃないかって、怖かった……!」
情けない本音だった。
でも、今はこの気持ちを、正直に伝えるしかなかった。
「でも、分かったんだ。僕は、料理人になりたいのと同じくらい……ううん、それ以上に、透花の隣にいたい。たとえプロの料理人になれなくったって構わない。僕にとって、君が料理を美味しいって喜んでくれたら、それだけでも十分じゃないかって」
「……守くん。だから、私そう言ったのに」
「そうだよね。言われてた。でも、迷いと不安でそれをちゃんと受け止められなかったんだ。情けないと思う。でも、もう迷わないよ」
僕のせいで、透花まで不安にさせてしまっていたんだ。
そんなことに気づく余裕すら失っていた。
僕の言葉に、透花の瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「守くん……」
「今日の二人三脚、実は辞退したらって言われたんだ」
「そんなこと誰が!?」
「それは良いじゃないか。けど、断ったんだ。僕は、透花の隣で走りたい。たとえ無様でも、クラスの足手まといになったとしても、君の隣は誰にも譲りたくないって思った。透花は、僕を許してくれる?」
一気にそこまで言うと、僕は息を整えながら、透花の返事を待った。
透花は、こぼれ落ちる涙を乱暴に手の甲で拭うと、僕の胸をバン! と叩いた。
強い衝撃が走るが、その直後、透花が僕の胸の中に飛び込んでくる。
「……ばか」
「……ごめん」
「守くんの、ばか……! 私が、どれだけ心配したと思ってるの……! 守くんが私のこと、もういらないって思ってるんじゃないかって、怖かった……!」
ぽかぽかと、力のこもっていない拳が、何度も僕の胸を叩く。
「守くんがいないと、私、朝も起きれないし、ご飯も美味しくないし、一人じゃ何もできないんだから……! 守くんがいないと、私、ダメなんだよ……っ!」
「知ってる」
泣きじゃくりながら訴える透花の言葉が、僕の心の空洞を、温かいもので満たしていく。
ああ、そうか。
僕だけじゃなかったんだ。
僕が透花を必要としているように、透花も、僕を必要としてくれていた。
その事実が、何よりも僕の心を救ってくれた。
「うん……。僕も、透花がいないとダメだ」
僕は彼女の拳を優しく受け止め、その手をぎゅっと握り返した。
「だから、一緒に走ってくれる?」
「……当たり前でしょ。守くんの隣は、私の場所なんだから」
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、透花は僕の知っている、最高に綺麗な笑顔で笑った。
今の僕たちは、先程までの不安定で脆い繋がりじゃない。
今までみたいに。
いや、これまでよりもずっと強固な繋がりで、結ばれあっていた。
二人三脚のスタートラインに並び、僕たちは紐で互いの足を結んだ。
さっきまでのぎこちなさが嘘のように、その動作は自然で、当たり前のものに感じられた。
レースに並ぶ走者のなかで、きっと僕たちが一番深い絆で結ばれているはずだ。
左右を見ても、誰にも負ける気はしなかった。
「いくよ、守くん」
「ああ。絶対、勝とうな」
「当然でしょ? 守くんが遅かったら、引きずってでもゴールするんだから」
「勘弁してくれよ」
「フフフ!」
透花が楽しそうに笑う。
ああ、久々にこの笑顔を見たな……。
肩を組み、互いの体温を感じる。
もう、迷いはない。
僕の隣には透花がいて、透花の隣には僕がいる。
それだけで、僕たちは最強だ。
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