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完璧超人の美少女モデルは、僕の前でだけ甘々でポンコツになる  作者: 肥前文俊


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第13話 僕たちはモヤモヤした(前編)

 昼休み。

 教室のあちこちで弁当を広げる生徒たちの喧騒の中、僕は自分の席でチーズ海苔卵焼きを口に運びながら、少し離れた場所で繰り広げられる光景をぼんやりと眺めていた。


 教室の中心には、いつものように透花がいる。

 彼女の周りだけは、この教室の中でも、ひときわ明るく輝いているように見える。


 これはきっと、僕だけの幻視ではないと思う。

 別に視線を向けていないクラスの同級生たちも、やはり意識の一部は吸い寄せられるように、透花たちのグループに向かっているのがなんとなく分かった。


「白崎さん、この前の雑誌見たよ! マジで綺麗だった!」

「次の体育祭のリレー、アンカーなんだろ? 速かったよなあ。絶対応援行くからな!」

「ありがとう、嬉しいな。うん、頑張るね!」

「白崎さんって、モデルの仕事もしてて、勉強もできて、運動もできるって、マジで完璧超人だよな」

「どうやったらそんなに何でもできるの? 何か秘訣とかある?」

「そんなことないよ。みんなみたいに、得意なことと苦手なことがあるだけだよ」


 そんな称賛の言葉の雨に、透花は完璧な笑顔で応えている。


「またまたー、謙遜しちゃって。白崎さんに苦手なことなんてあるの?」

「うーん、いっぱいあるよ? たとえば、朝起きるのがすっごく苦手だったりとか」


 透花がいたずらっぽく笑うと、周りから驚きの声が上がる。


「えー、意外!」

「俺が毎朝起こしに行ってあげたい!」


 僕だけが知っている。

 それが冗談でもなんでもなく、紛れもない事実であることを。


 毎朝僕が起こしに行かなければ、彼女はきっと昼まで寝ているだろう。

 彼女は夜型なのだ。


 そんなことを考えていると、透花がちらりと僕の方を見て、悪戯っぽく片目を瞑った。

 やめろ、そういうの。心臓に悪い。


 過剰な褒める姿勢には、期待を強制する力も働く。

 でも、今のところは透花はその全てにうまく応えていた。

 誰に対しても分け隔てなく、優しく。

 ……そして、決して踏み込ませない絶妙な距離感を保ちながら。


 透花は優しい。

 でも、学校とバイト先で、透花が本当の意味(・・・・・)で自分を曝け出して、自分の懐に入りこませる相手はまずいない。


 そして、そのことについて少ないながらも気づいている人はいるはずだ。


 その一部分の人達の中で、一際存在感を放っているのが、バスケ部のエース、高山祐介くんだ。

 長身で爽やかなイケメンの彼は、自信に満ちた笑みを浮かべて、少し前のめりになった。


「なあ、白崎さん。今度の週末、暇だったりする? 駅前に新しくできたカフェ、評判いいらしいんだけど、一緒に行かない? ラテアートで猫の絵を描いてくれるんだって、SNSで見てさ。白崎さん、猫好きだろ?」

「へえ、そうなんだ。可愛いね! でも、ごめんね、高山くん。その日はちょっと家の用事があって……」

「そっか、残念。じゃあ、来週の土曜は? その日もダメ?」

「来週は……まだちょっと予定が分からなくて。モデルの仕事が急に入るかもしれないし……。あ、そうだ、三鷹さんとかも誘って、みんなで行くのも楽しそうだね!」

「いや、できれば二人で行きたいんだけどな……」


 教室の空気が一瞬、緊張する。

 口元にご飯を運ぼうとしていた僕の箸が、ぴたりと止まった。


 意識が完全に透花と高山くんに向かう。

 胸の奥に、じりじりと焦げ付くような、黒くい感情が湧き上がるのを感じた。


 いつか、こんな日が来るんじゃないかな、とは思っていた。

 高山くんのような、僕とは正反対の、学校の人気者。


 そんな誰かが現れて、僕の手の届かないところに透花を連れて行ってしまうんじゃないか、って。


 ……何をイライラしてるんだろう、僕は。


 ただの幼馴染のくせに。


 たしかに僕は透花の家での姿を知っている。

 彼女の朝を起こして、だらしない生活の世話を焼いている。


 だけど、それは僕ではなくてもできることだ。

 透花が気を許して仲の良くなった相手ができれば、その役目も自然と終わりを告げるだろう。


 僕たちは恋人同士じゃない。ただの幼馴染だ。

 透花と付き合ってるわけじゃないし、嫉妬なんて、お門違いも甚だしい。

 自己嫌悪で胸が苦しくなった、その瞬間だった。


 ふと、透花と目が合った。

 彼女の完璧な笑顔が、ほんの一瞬だけ揺らぎ、僕にだけ分かる(助けて)というサインを送ってくる。


 その表情を見た途端、僕の心にあった黒いモヤは、すうっと霧散した。

 僕はわざとらしく、大きなため息をついて立ち上がる。




「透花、来週の土曜はうちの店のテストの試作品、味見してもらう約束だっただろ。忘れてたのか?」




 僕の言葉に、教室中の視線が一斉にこちらへ向く。

 さっきまで爽やかな笑顔を浮かべていた高山くんの表情が、すっと消える。

 値踏みするような、鋭い視線が僕に突き刺さった。


「へえ? 相馬と白崎って、約束してたんだ」

「え? あ、そ、そっか! ごめん、守くん、すっかり忘れてた! そうだよね、大事な約束だもんね!」

「うん、僕が料理を任せられるかどうかの、本当に大切な試験なんだからさ、頼むよ」

「ゴメンゴメン。忙しすぎてうっかりしてた」


 透花は、僕の意図を瞬時に理解し、これ以上ないほど完璧な笑顔で話を合わせた。

 その変わり身の速さは、さすがとしか言いようがない。


 そして、約束自体は本当にしていたことだ。

 トラットリア・ソーレでの叔父さんに提出する料理を決めなくてはならない。


 ――まあ、それが別に来週の土曜とは、決めていなかったけど。


「そういうわけだから、高山くん、ごめんね?」

「……そっか。じゃあ仕方がないな。また誘うよ」

「うん、良かったら誘ってね。っていうか、放課後にみんなとも遊びたいよー。最近テスト勉強とモデルの仕事ばっかりで、全然おしゃべりもできてないし」

「うちもー。テスト明けとかお疲れ様会しよっか」

「あ、いいねー」


 三鷹さんや榛葉さんを巻き込み、テストお疲れ様会の話題へと変わっていく。

 透花が申し訳なさそうに頭を下げると、高山くんはさすがにそれ以上は食い下がれなかったようだ。

 少しだけ不満そうな顔をしながらも、彼はあっさりと引き下がった。


 こういう引き際がスマートなところも、彼の凄いところだと思う。

 みっともなく、ずるずると引きずらない。


 押す時も引く時も、とてもスマートで、格好いい。

 僕は、高山くんのことが嫌いにはなれなかった。




 僕が自分の席に戻って食事を再開すると、前の席の先崎くんが、振り返ってニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んできた。

 その目には野次馬を楽しむ好奇心の色がありありと浮かんでいる。


「お前、白崎さんのことになると、本当に分かりやすいよな」

「なにが……」

「さっきの高山くんの時のお前の顔、めちゃくちゃ怖かったぜ。やっぱり好きなんだろ、白崎さんのこと」

「ただの幼馴染だって、何回も言わせないでよ」


 我ながら、少し声が大きすぎたかもしれない。

 全力で否定しながらも、先崎くんの言葉が、僕の胸に突き刺さる。


「ふーん、まあそういうことにしておいてやるか」

「しておいてやるか、じゃなくて、そうなんだよ」

「はいはい」


 軽薄な先崎くんが、この時ばかりは、少しだけ真剣な顔つきになった。

 それが意外で、僕は食事を再開していた手を、一瞬止める。

 先崎くんは、声音を落として言った。


「でもよ、自分の思いをちゃんと伝えないと、いずれ後悔することになるぞ」

「後悔って……」

「言葉にしなきゃ、形にならないものだってあるんだ。言わなくても分かってくれてるだろうなんて先延ばしにしてたら、その機会すら失われちまうことだってあるんだぜ?」

「先崎くん?」


 先崎くんはいつも軽薄な、悪く言えば馬鹿っぽい姿しか知らない。

 でも、当然ながら一人の人間が高校生になるまで生きてきたんだ。


 僕の知らない何かしらの葛藤を抱えたり、取り返しのつかない失敗をしているかもしれない。

 僕がそんなふうに、先崎くんの過去について思いを馳せていると、急に彼の手が僕の弁当箱に伸びて、まだ残しておいた焼売をヒョイッと掴み取った。


「なーんてな。その焼売もーらい!」

「あっ!? 残してたのに!」

「好きなものは先に食べる。大切なもんを残してると、横から引っさらわれちまうってことだよ。……ってうっっめ!! 何この焼売! やべえ! って痛え!」

「もう……早起きして作ったのに、止めてくれよ」

「いって、うっま、うっま……やっぱ痛え……」


 思わず拳が出て、先崎くんの短く刈った頭を叩いた。

 美味しいのは当然でしょ。

 昨日から仕込んで、手間ひまかけて作ったのに……。

 僕の焼売……。


 大騒ぎする先崎くんには腹立たしかったけど、なにか本当に大切なことを言われた気がした。

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