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完璧超人の美少女モデルは、僕の前でだけ甘々でポンコツになる  作者: 肥前文俊


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10/25

第10話 勉強会

 僕がバイトの休みの日で、透花がモデルの仕事の入っていない日の夕方。

 その日を勉強会ということにした。


 つまり、約束してわずか二日後だ。

 まあ、中間テストまで時間がないし、あまり先延ばしにできる余裕もない。


 僕は参考書やノートを詰め込んだリュックを背負い、隣の白崎家のインターホンを鳴らした。

 ピンポーン、と軽やかな音が鳴ると、すぐにスピーカーから慌てたような透花の声が聞こえてくる。


『は、はいっ! ど、どちらさまですか!?』

「僕だよ」

『ま、守くん!? う、うん、ちょっと、ちょっとだけ待ってて! 一分、いや三分!』


 バタバタと家の中を走り回るような音が聞こえてくる。

 何やってんだか……。


 僕は苦笑しながら、中にだけ入らせてもらい、玄関で待つ。

 ほとんど毎朝起こしに家に入っているけれど、まあこのあたりはデリカシーの一つだろう。


 やがて、階段から慌てて駆け下りてくる音とともに、透花が顔を覗かせた。

 透花はよほど急いだのか、弾んだ息を苦しそうに整えながら、無理に笑みを作った。


「お、お待たせ……どうぞ」

「お邪魔します。……で、何をそんなに慌ててたの?」

「いやー……あはは……」


 透花は、白地に淡いピンクのロゴが入ったTシャツと、柔らかなグレーのショートパンツという、いかにも部屋着らしい格好だった。

 Tシャツは少し小さめで、透花の豊かな膨らみが露骨に強調されている。


 このTシャツはけっこう前に、二人で購入したものだ。

 それ以来、くたびれてきているのに、透花はよくこのシャツを着続けている。


 Tシャツの裾が少しめくれて、ウエストのくびれやお腹のラインがちらりと見える瞬間もある。透花自身は無頓着な様子だけれど、ふとした仕草や角度で、女の子らしい丸みや柔らかさが目に飛び込んできて、思わず目を逸らしたくなるほどだった。


 髪はラフにひとつにまとめていて、うなじや耳の後ろが無防備に晒されている。

 全体的に飾り気のない格好なのに、透花の持つ肉感的な魅力が、逆に際立って見えた。


 中に入ると、部屋の中は案の定、物が散乱していた。

 ベッドの上には脱ぎっぱなしの部屋着がくしゃくしゃに丸められ、勉強机には飲みかけのペットボトルと、ファッション雑誌が数冊、無造作に置かれている。


 ゴミ箱には乱雑に放り投げられたゴミが見えていて、透花なりになんとか片付けようと必死の努力をした片鱗は伺えた。

 ……正直、功を制しているとは思えないけど。


 化粧品のサンプルらしき小さな容器がドレッサーの上にやはり乱雑に置かれ、その横にはヘアゴムやピンがいくつか転がっていた。

 窓際には、おそらく撮影で使ったであろう小道具のアクセサリーが、ケースから溢れてキラキラと光を反射している。


 透花はあはは……と乾いた笑いを浮かべながら、僕の視線から逃れるように目を逸らす。

 少しいじけたように唇を尖らせる姿が、ドキッとするほどに可愛らしい。


「ついこの前、僕が片付けたよね?」

「いやー、ちょっと昨日の夜、色々考え事してたら、散らかっちゃって」

「考え事したら部屋が散らかるって、どういう理屈だよ……」

「ほら、私ってやっぱりモデルだから? 色々な組み合わせとか急に試したくなったりとか?」

「で、出しっぱなしにして寝ちゃったのか」

「ごめんなさい」

「いや、いいよ。透花がそういうところがあるの、僕はよく知ってるし。っていうか、急に片付けだしたのも意外だったし」


 僕はため息をつきながらも、慣れた手つきでベッドの上の服を畳み始める。

 透花は「あ、私がやるから!」と慌てて止めようとするが、僕が畳み終える方が早かった。


 っていうかさ、年頃の女の子なんだから、下着もそのままなのはどうなのよ。

 とはいえ、これらのやりとりもすでに何十回と繰り広げられてきた、いわばお約束だ。


 僕も気恥ずかしさがないわけじゃないけど、人間は慣れる生き物なんだな、と思う。

 最近だと意識することも減っていった。


 透花に改善の意思がないわけじゃないんだけど……あまりにもそっち方面の才覚がなさすぎる。


「はい。これは洗濯機行きね。下着はちゃんとネットを使うこと」

「うぅ……ごめんね、守くん。いつもありがとう」

「いいって。さ、始める前に少し片付けちゃおうか。その方が集中できるでしょ」


 僕はテキパキと雑誌をまとめ、床に落ちている小物を拾い集める。

 透花は申し訳なさそうに、僕の後ろをチョコチョコとついて回りながら、小さなゴミを拾ったりしていた。


 ぶっちゃけ何の役にも立っていない。

 家の中でも外でもポンコツならどうしようもないけれど、透花は外面だけでも何とか成り立たせようと、必死の努力をしている。


 外での完璧な彼女を知っている人間が見たら、ギャップで卒倒するかもしれない光景だ。


 でも、僕にとってはこれが日常。

 僕だけが知っている、ポンコツで愛おしい彼女の姿だ。


「よし、こんなもんかな。じゃあ、始めようか」

「うん! ……ありがと」

「どういたしまして」


 勉強机の上を綺麗にして、僕たちは向かい合って座る。

 最初は順調だった。僕が数学の問題を解いている間、透花は英語の長文読解に集中している。

 時折、ペンを走らせる音だけが静かな部屋に響く。


 透花の集中力はものすごい。

 まったく周りのことが目に入らないぐらい、集中して問題に取り組んでいる。


 こうなると問題を解く速度も圧倒的で、僕よりも遥かに難しい問題に取り組みながらも、カリカリとペンを動かす速度は断然に速かった。

 僕も負けてられないな。




 それから、四〇分も経った頃だろうか。

 カリカリと小気味よく響いていた透花のペンを走らせる音が、ふと止まった。


 どうしたんだろう、と僕が視線を向けると、透花はペンを握りしめたまま、窓の外をぼんやりと眺めている。

 その横顔は、どこか影を帯びていて、いつもの快活な彼女とは違う、不安そうな表情を浮かべていた。


「……ねえ、守くん」

「ん? どうしたの、集中力切れた?」

「ううん……そういうわけじゃないんだけど……」


 透花は力なく首を振り、ぎゅっと唇を噛んだ。

 ずいぶんと珍しく、歯切れの悪い話しぶりだ。


 何かを堪えるようなその仕草に、僕は胸騒ぎを覚える。


「なんだか、急に不安になっちゃって……。私、本当にこれでいいのかなって。モデルの仕事も、学校の勉強も、全部中途半端になってないかなって……」

「そんなことないだろ。透花はどっちもすごく頑張ってるじゃないか」

「でも、周りはもっとすごい人たちばっかりだし……。モデルの仕事では、もっと綺麗な子、もっとスタイルの良い子が入ってくる。学校では、もっと頭の良い子がいる。私、いつか全部失っちゃうんじゃないかって、怖くなる時があるの」


 透花の声は、か細く震えていた。

 いつも自信に満ち溢れている彼女からは想像もできない、弱々しい声。

 思わず抱きしめてあげたくなる。


「お母さんにも、心配かけたくないし……。私がしっかりしてないと、お母さん、もっと無理しちゃうから。だから、完璧でいなきゃって思うんだけど……時々、すごく苦しくなるんだ」


 ぽつり、ぽつりとこぼれ落ちる言葉は、彼女がずっと一人で抱え込んできた重圧の欠片だった。

 僕は何も言えずに、ただ彼女の言葉に耳を傾ける。


「……ごめん、変なこと言っちゃった。ちょっと休憩しよっか。紅茶でも淹れるね」


 透花は無理に笑顔を作ると、椅子から立ち上がった。

 その笑顔が、あまりにも痛々しくて、僕は思わず彼女の腕を掴んでいた。


「待って、透花」

「あ、ごめんね、ちょっと空気悪くなっちゃったね。私、大丈夫だから」

「大丈夫じゃないだろ」


 僕の声に、透花の肩が小さく震える。

 僕にまで見栄を張らなくていいじゃないか。


 もうとっくに、透花の良いところも悪いところも、全部知ってるのに。


「僕の前でまで、完璧な『白崎透花』でいようとしなくていいよ。君が無理してるのも、一人で抱え込んでるのも、僕が一番分かってる」

「そう、かな……」

「僕とどれだけの付き合いだと思ってるんだよ」


 僕の言葉に、透花の瞳が揺れる。

 無理に作っていた笑顔が崩れ、泣き出しそうな、迷子のような顔になった。


「透花は、モデルの仕事も、学校の勉強も、どっちも手を抜かずにやってる。周りがどうとか、そんなの気にしなくて良いんだ。僕が見てる透花は、誰よりも頑張ってるし、誰よりもすごいよ。……それに、家での透花は僕がいないと、君はまともなご飯も食べれないし、朝も起きれないでしょ? それも知ってる」

「うん……そうだね。守くんには、いつも助けてもらってばっかり」

「僕の前では自然なままで良いんだ。僕は頑張ってる透花も、ちょっとだらしない透花も、両方認めてるから」


 少しだけ意地悪く笑ってやると、透花はぎこちない笑みを浮かべて、小さく頷いた。

 その目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。


 指先で涙を軽く拭ってあげると、透花は恥ずかしそうにしながらも、軽く頬を押し付けてきた。

 ふにふにとした柔らかなほっぺの感触を楽しんでいると、むず痒そうに、透花が顔を振る。


「だから、不安になったり、苦しくなったら、一人で抱え込まないで。僕に全部吐き出せ。僕はいつだって、透花に頼られるために隣にいるんだから」


 僕はもう片方の手で、彼女の頭を優しく撫でる。

 透花は、今度は僕の手を黙って受け入れていた。

もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。


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