忘れたい、忘れられない
ボーイズラブandハッピーエンドです。
「ねぇ、お前と2年の渡来って付き合ってんの?」
「は?あいつ男だよ?何で俺が男と付き合うんだよ」
教室の廊下側、1番後ろの席。声のボリュームは結構デカかったと思う。
「相良部長、新垣先生が呼んでました。昼休み、職員室に来て欲しいそうです。失礼します」
渡来はお辞儀をして去って行った。
「あ〜あ〜、あれは聞かれたな」
誰かが言った。俺はすぐに追い掛けたかったけど、あんな事を言った手前、追い掛ける事が出来なかった。誰かが
「早く、追い掛けてやれよ」
と言ったけど
「何でだよ、大丈夫だよ」
と言って誤魔化した。
それから渡来は俺の前から消えた。
学年が違うから、部活の時か偶然廊下で会う位しか無かったのに、本当に渡来に会う事が無くなった。
あの日、部活に行くと渡来は退部していた。スマホで連絡しても無視されている。通学の時や廊下を歩いている時も、俺は渡来を探していたけど、姿を見た事が無かった。
俺は失敗したんだと思った。
告白したのは、俺からだった。渡来は信じなかった。
「どうせ、冗談でしょ?誰かに言わされたんですか?くだらない事やってないで、ちゃんとして下さい」
と笑って言われた。俺は一所懸命話した。
「入部した時、可愛い子が来たと思ったんだ。友達と戯れてる姿も、部活中の真剣な顔も、全部好きだ。嘘じゃない」
「俺、男ですよ」
「わかってるよ、そんな事。それでも好きなんだ、付き合って欲しい」
「、、、わかりました。先輩の言う事信じます。よろしくお願いします」
そう言って、渡来は微笑んでくれた、、、。
あんなに、熱心に説得して、やっと付き合ってもらったのに、あの一言で全て台無しになった。
*****
入学した時、部活発表会があった。高校に入ったら流石に部活は無いと思っていた。でも、相良先輩を見て
「かっこいいな」
と思って、入部した。部活での先輩は、誰にでも優しくてどんどん好きになった。
先輩に告白された時は、本当に冗談だと思っていた。だけど、真剣に俺を説得する先輩から嘘は感じられなかったし、俺も好きだったから付き合う事にした。
数日後、部活顧問の新垣先生に用事を頼まれて、先輩の教室に行く事になった。その時は嬉しくてたまらなかった。
後ろのドアの1番近くに座っていた先輩達が
「ねぇ、お前と2年の渡来って付き合ってんの?」
「は?あいつ男だよ?何で俺が男と付き合うんだよ」
と話しているのが聞こえて来た。やっぱり嘘だったんだ。あんな事をして、人を傷付けるなんて先輩を見損なった。すぐに頭に来たけど、人間って凄い。そーゆう時こそ、妙に冷静になって伝言を伝えた。
その足で新垣先生の所に行き、退部した。理由を聞かれて、勉強の為にって事にしたら、すぐに退部させてくれた。
それから俺は、俺の中の先輩を全て削除した。
スマホの中身からも消したし、学校で会わないように努力した。
先輩が受験で学校に来ないようになって、漸く全てが終わったと思った。
でも、卒業式の日、先輩の声を聞いて、壇上に上がる先輩を見たらダメだった。流石に涙は堪えたけど、姿が見えなくなるまで目が追ってしまった。
卒業式が終わった後は速攻で帰った。万が一にも先輩に会いたく無かった。
*****
高校に通っていた時、常に渡来を探していた俺は、大学生になっても渡来を探していた。通学途中の信号待ちで、駅の改札を通る時、オープンキャンパスの日は、渡来が来てないか気にしていた。
女の子に告白されて、渡来を忘れる為に付き合った事もあった。
結局、頭のどこかにいつも渡来がいて、忘れ切る事が出来なかった。
社会人になり、仕事に追われる様になっても、入社一年目の頃は
「アイツも就職活動してるのかな?」
「どんな会社を選ぶんだろう」
「俺の会社に入社して来ないかな」
と考えていた。
俺が社会人2年目になった時は
「アイツもいよいよ入社か、どんな会社に入ったのか」
「先輩は優しいと良いのに」
「偶然、仕事で俺の会社に挨拶に来ないかな」
もう、本当に病気の様だった。
勿論、毎日いつもいつも考えている訳では無い。
ふとした瞬間、突然アイツを思い出すんだ。季節の変わり目とか、クリスマスみたいなイベントがある時に、不意に、、、。
*****
名前を見たら
「渡来」
だった。
(渡来って人、いるんだな、、、)
と思って顔を見たら渡来だった。
渡来の視線が下を見ていたから、俺には気付いて居ない。
俺は、大人になった渡来に感激して、何も言葉が出なかった。
「ご注文は?」
と言って、俺と目を合わせた瞬間
「ちっ!」
っと舌打ちをした。
「三殿、レジ替わって!」
そう言うと、エプロンを外して奥に入って行った。三殿と呼ばれた好青年が、レジに来て
「お待たせ致しました。ご注文は?」
と聞いた。
俺はコーヒーとクロワッサンサンドを頼んだ。料金を払って、コーヒーとクロワッサンサンドが出来るのを待った。トレーの上に乗せた商品を受け取ると、レジから一番離れた2人席に座る。
正直、コーヒーの味もクロワッサンサンドの味もわからなかった。頭の中が渡来でいっぱいだったからだ。渡来は奥から出て来なかった。その内、三殿くんも奥に入り、大学生みたいな女の子がレジに立った。
*****
「店長。大丈夫ですか?」
「あの人、まだいる?」
「そんなに早く食べられないでしょ?」
「はぁ、最悪だ、、、」
「あの人が店長のトラウマの原因ですか?」
渡来はため息を吐いて俯いた。
三殿は何度か渡来に告白している。渡来は全く相手にしなかった。
一度、どうしてかと聞いたら高校の時の話しをしてくれた。相手が男だったと聞いて、三殿にもチャンスがあると思った。
冷や汗が出ている。呼吸が上手く出来なくて、気分が悪い。
「三殿、ごめん。ヤバい、、、」
渡来は震える指先を見てびっくりした。真っ白になっている。
(はは、拒絶反応みたいだ、、、)
そのまま、目を閉じた。
1時間程事務室で休んで店に顔を出す。流石に相良先輩も帰っただろうと思っていた。
「三殿、すまん。もう大丈夫だから」
と言うと、三殿が店内奥を指差した。相良先輩がまだ居た。参ったな、、、と思うと、三殿が
「店長、発注掛けて下さい。今日は空いてるし、大丈夫です」
と気を利かせてくれた。
「悪いな、そうするよ」
俺は発注を掛ける為に、もう一度事務室へ戻った。
この店には店長になってから来た。1年位になる。
三殿は俺がこの店に来る数日前にバイトで入って来たらしい。初めての店長業務で緊張していた俺は、三殿と2人で
「お互い新人だな」
と言って、励まし合った。
最初に三殿から告白されたのは、半年位前だった。渡来は
「ありがとな。うれしいよ」
とだけ言った。本当の事だ。
でも、付き合おうとは思わない。大学生の三殿はまだ19歳だ。渡来は26歳。流石に7歳も年下だ、恋愛の対象にはならなかった。
*****
相良は渡来が出て来るまで、2時間近く粘ってみた。
三殿が水を持って来て
「お冷のお代わり如何ですか?」
と聞いて来たのが、まるで帰れと言われているみたいだった。
「渡来くん、帰ったの?」
と聞くと
「渡来さんなら、さっき具合が悪くなって帰りました」
「え?大丈夫?」
「急に具合が悪くなったみたいで、何かあったんですかね?」
三殿は、暗に
(お前が来た所為だよ)
と言っていた。
「そうですか、、、。あ、お代わりはいりません、もう帰るので、、、」
相良は椅子を引く。
「食器はそのままで構いませんよ」
三殿が言うと
「ありがとう」
とお礼を言った。
渡来はいつ帰ったんだろうか、、、。頻繁にチェックしていた。他に出入り口があるんだろうか。両隣りの店舗とは密接している為、裏口があるとは思えなかったかった。
相良はため息を吐いた。高校の時、あんな事があったから、嫌われて当然だった。
相良自身、会ったからと言ってどうしたいのかわからない。でも、どうしても渡来に会いたかった。
翌日は閉店30分前に来た。渡来はいなかった。三殿もいない。
閉店前で、勤務している人数も少なかった。昨日は渡来の事が気になっていたから、細かい所まではよく見ていなかったけど、店内は静かで掃除の行き届いた綺麗な店だった。
防火管理者と書いてあるプレートに
「店長 渡来史哉」
と書いてあった。
(店長なんだ、、、頑張ってるんだな、、、)
高校の時の渡来も、いつもキチンとしていた。挨拶も元気で可愛いかった。人に好かれていたし、友達も多かった。
相良があんな事を言わなければ、2人は上手くいっていたはずだった。
翌日も閉店30分前に来てみた。レジに渡来がいた。
相良は緊張しながらレジ前に立つ。渡来は一瞬動きが止まってしまった。引き攣る笑顔で
「いらっしゃいませ、ご注文をお伺いいたします」
と言った。相良は昨日と同じメニューにした。渡来は料金をしまうと
「只今ご準備致します。お席でお待ち下さい」
にっこり笑った。
相良は一番奥の席にした。
渡来と少しでも話しがしたい、でも、仕事中に引き止めるのも忍びない。それで、目立たない席を選んだ。
しかし、商品を運んで来たのはバイトの女の子だった。相良はがっかりした。
閉店10分前になると、バイトの女の子がレジを閉める準備を始めた。相良は閉店5分前に食器を下げて店を出た。辺りを見回して、斜め前のコンビニに入る。イートインスペースがあったので、コーヒーを頼み椅子に座った。
しばらくすると、三殿が店に入って行った。
「お疲れ様でーす」
バイトの女の子に声を掛けて、事務室に入って行く。
「三殿、、、。すまない」
「大丈夫ですよ。あの人、また来たんですか?」
「まだ、近所にいるかも知れない、、、」
「駅まで送りますよ」
三殿が言うと、渡来は力無く
「助かるよ、、、」
と言う。顔色も少し悪い。
「あの人、毎日来る気ですかね、、、」
「勘弁してくれ、、、」
2人で戸締りをして、電気を消す。入り口の鍵を閉めて、シャッターを下ろす。
相良先輩が店に来る様になってから、俺は夜眠る事が出来なくなった。
まるで、高校生の頃に戻ったみたいだった。考えても仕方のない事を考え続ける。過去に戻れる訳では無いから、後悔しても何も変わらない。未来の事は想像でしかない。事実だけと向き合えば良い、、、。
わかっているのに、毎晩毎晩眠る事が出来ない。
一度、ちゃんと相良先輩と話しをするべきなんだろう。
先輩が何故毎日店に来るのか、理由を聞いて、相良先輩の気持ちを聞いて、出来れば店に来るのを控えてもらおう、、、。
今日も明け方まで眠れなかった。
相良先輩はいつも夜9時前に来る。今日も9時頃店に入って来た。夜9時を過ぎるとレジに人の列が出来る事は無い、相良先輩は俺の前で
「先に、、、誕生日おめでとう」
と言って、プレゼントを置いた。
「なんですか?これ」
「、、、誕生日プレゼント」
「お断りします」
「、、、そうだよな、、。えっと、コーヒーと海老カツサンドをお願いします」
「ありがとうございます。1250円になります。商品はお席にお持ち致します」
俺は声が震えない様にゆっくり言った。
「お願いします」
相良先輩はいつもの席に向かった。
いつもなら、商品はバイトの子に運んで貰うけど、今日は俺が運ぶ。
「お待たせ致しました。コーヒーと海老カツサンドになります」
テーブルに静かに置く。
「今日、、、時間ありますか?」
相良先輩が俺の顔を見る。
「、、、あります」
「じゃあ、閉店後、少しお話ししたいので、そのままお待ち頂けますか?」
「わかりました、お願いします」
「ごゆっくりどうぞ」
お辞儀をして席を去る。
レジの横を通り、奥の事務室へ入る。深呼吸をして、椅子に座る。
(相良先輩、俺の誕生日知ってたんだ、、、)
嬉しかった。俺は相良先輩の誕生日を知らない。いつ、どうやって調べたんだろう、、、。
バイトの子に、レジ閉めを代わってもらい、ちょっと早いけど上がってもらった。
俺は急いで業務を終わらせて、入り口にcloseの看板を掛けて念の為、鍵も掛ける。
それから、コーヒーと水を2つずつ入れて、先輩の元に行く。
コーヒーと水をテーブルに置き、椅子に座る。
「お待たせしました」
相良先輩は小さく深呼吸をした。
「どうして、毎晩来るんですか?」
ダメだ、唇が震えそうになる。水を一口飲む。
「すまない、、、」
「謝って欲しいわけじゃありません。毎晩来る理由が知りたいんです」
「あの日からずっと渡来を探してた」
「あの日って、先輩が「何で俺が男と付き合うんだ」って言った日からですか?」
手が震える。
「本当に申し訳ない。あんな事、言うべきじゃ無かった」
「あれが本心だったんでしょ?」
「違う、、、」
一言何かを口にする度に、イライラして来る。
「俺の事、揶揄って楽しかったですか?」
「違うよ、渡来」
「違う事なんてありません。先輩は俺に嘘の告白をして、俺の事馬鹿にしてたんでしょ?!」
「本当に違うんだ、、、」
「俺があの時、どれだけショックだったかわかりますか?俺、先輩に告白されるより前から、先輩の事好きだったんです」
「?」
「ずっと隠してたんです。男同士だし、先輩に迷惑掛けたくないから!」
「渡来、、、」
「俺はちゃんと好きだった!だけど、先輩は俺を揶揄っただけなんだ!」
「違う!、、、違うんだ渡来。俺だって、本当に好きだった。でも、友達に急に聞かれて、気が動転して上手く言葉が見つからなくて、、、」
「じゃあ。すぐ追いかけてくれれば良かったのに!」
「あんな事言った手前、すぐには追い掛けられなかった!」
「、、、そんなのは、、、あんたの都合だ、、、」
「そうだよ、全部俺が悪いんだ、、、。すまなかった」
相良先輩は頭を下げた。
「ずっと後悔していた。どうして、あんな事言ってしまったんだ。どうしてあの時、追い掛けなかったんだって、、、」
「、、、」
「部活に行って、渡来が退部したって聞いて急いでスマホに連絡した、、、。でも、渡来は出なかった」
「、、、」
「校内でも、いつも探してた」
「教室にまでは来なかった、、、」
「、、、行ったよ。でも、渡来はいなかった」
「そうですか、残念でしたね」
(、、、それは知らなかった、、、)
俺はコーヒーを飲む。
「高校を卒業しても、いつも渡来を探してた。道路を歩いていても、買い物先でも、いる筈のない大学の構内でも探した。入社したら、新入社員として入って来ないか期待したし、来客があると、渡来だったら良いなって思って迎えた。俺、馬鹿みたいだろ、、、」
「さっさと彼女でも作れば良いのに」
「いたよ」
俺のどこかわからない所がチクリと傷んだ。
「渡来を忘れようとして付き合った。でもダメだった」
「今は?」
「いない、、、」
「そうですか」
「渡来は?」
「いませんよ。あんな事があってから、誰かと付き合いたいと思った事ありません」
「渡来、、、本当に申し訳なかった。ちゃんと謝りたかったし、ずっと後悔していた、、、」
「、、、わかりました。謝罪を受け取ります。だから、明日からは来ないで下さい」
「え、、、」
相良先輩は俺の顔を見た。
「それはイヤだ、、、」
「イヤだって、、、子供じゃないんだから、、、」
「、、、金曜日だけ、、、。金曜日の夜だけ来ても良いか?」
(まぁ、週に一回位なら、俺のシフトを入れなければいいんだし、、、)
「金曜日だけなら別に」
「たまに、他の日も、、、」
「ダメです。金曜日だけにして下さい」
「わかった、金曜日だけにする。、、、良かった、ここのコーヒーとサンドイッチ好きなんだ」
先輩が笑顔で言った。笑うと高校生みたいだ、、、。
「渡来、これ、やっぱり受け取ってくれないか。お前の為に選んだんだ」
相良先輩は、さっきの箱を取り出した。チョコレートって書いてある。
「良いですよ。それから、金曜日来る時は、店で1番高いヤツ頼んで下さいね。売上に貢献して下さい」
「わかった。1番高いヤツだな。プレゼント受け取ってくれてありがとう。それから、誕生日おめでとう」
相良先輩が帰ってから、俺はまた鍵を閉めて奥の事務室に向かう。
正直疲れた。
でも、言いたい事を言えて少し溜飲が下がった気持ちだったかな?。
机の上に置いたプレゼントを開けてみる。俺の好きなチョコレート、、、。包装紙のテープを丁寧に剥がし、箱を開ける。小さなチョコレートが入っていた、商品説明書を読む。キャラメルの入ったチョコレートだった。偶然かな?それとも先輩に話した事があったのか、、、。
チョコレートの中でも俺はキャラメルが入ったチョコレートが1番好きだった。
一粒口に入れる。口の中で溶かしながら食べる。チョコレートが溶けて、キャラメルがトロッと出て来る食感がたまらない。
相良先輩がいつも俺を探していた様に、俺も相良先輩を探していた。
相良先輩が卒業してしばらくしてから気が付いた。
卒業する前は先輩に会いたくなくて、逃げる為にいつも先輩を探していたけど、いつからか街中でも相良先輩を探していた。
角を曲がったら偶然出会うとか、漫画みたいな出来事を想像していた。
あんな酷い事をされたのに、まだ好きなんて馬鹿みたいだと思っていた。
*****
金曜日なら来ても良いと言われて、早速週末に来たのに、渡来はいなかった。俺は軽くショックを受けた。
(まぁ、そうか、、、)
と思いながら、店で1番高い、コーヒーとサンドイッチを頼んだ、ついでにケーキも一つ頼む。店に貢献しなくては、、、。次の週も、渡来はいなかった。その次の週の金曜日もいなかった。4回目の金曜日もいない。
(やっぱり避けられているんだろう、、、)
と、思いつつ、店で1番高いコーヒーと1番高いサンドイッチを頼む。
1番高いサンドイッチには薄切りのローストビーフがたっぷり入っていて、野菜のシャキシャキした食感と良く合っていた。初めて食べた日から、俺はこのサンドイッチが大好きで、いつしか金曜日になるのが楽しみになって来た。
通い始めて1ヶ月が経ち、月が変わった金曜日、初めて渡来がいた。俺はびっくりして、入り口の自動ドアに挟まれそうになった。
「何やってんですか?店壊したら弁償して貰いますよ」
「あ、ああ、うん、、、」
レジに居る渡来に感激して、変な俺になっていた。いつもの様に、コーヒーとローストビーフのサンドイッチを頼み、ケーキを付ける。
俺は渡来の姿を見ただけで、嬉しかった。
*****
久しぶりに金曜日に出勤になった。毎週金曜日は休みにしていたから、相良先輩に会う事も無かったのに、今日はバイトの子が2人、休みの申請を出していた。
人が足りないから出勤したのに、相良先輩は俺に話し掛ける事無く、美味しそうにサンドイッチを食べていた。
俺は仕事をしながら相良先輩を見ていた。マニュアル通りに作っているから、誰が作っても同じ味なのに、
(サンドイッチを、あんな顔して食べるんだ、、、)
ちょっと嬉しかった。相良先輩の食事はゆっくりだった。今日は本を読みながら食べている。
三殿が俺をジト目で見る。
「何だよ、、、」
「店長、アイツの事、また惚れちゃいました?」
「冗談だろ、、、?」
「、、、ま、良いんですけどね」
「、、、変なヤツだな」
後を三殿に任して、俺は事務室に戻った。
俺が事務室から出て来ると、相良先輩はもう帰った後だった。三殿が
「55分くらいに帰りましたよ」
と言う。ギリギリまで居たんだ、、、、。店の前のコンビニにでも居るのかも知れない。俺は店内からコンビニを見た。相良先輩は居なかった。
俺がずっと避けていたクセに、少し淋しかった。
「今週も渡来に会えるなんて、嬉しいな」
レジで相良先輩が言う。
「バイトの子が試験中で、人が足りないんです」
相良先輩はいつものを頼む。
俺から商品を受け取ると、1番奥の一番端に座った。本を取り出すとテーブルの上に置き、水を一口飲んでからコーヒーを飲む。ホッとした顔になり、ローストビーフサンドを大きな口で食べる。顔が綻んで嬉しそうな顔をしていた。
「店長、見過ぎですよ」
三殿に言われて恥ずかしくなった。
30分位して、三殿が相良先輩の席にお冷のピッチャーを持って行く。相良先輩は笑いながら、何か話していた。
いつも通り閉店5分前に片付けを始める。食器を返却口に返し
「ご馳走様」
と言うと、にっこり笑って帰って行く。
俺のシフトは翌週からまた金曜日が休みになり、相良先輩と会う事は無くなった。
金曜日に店長会議があった日、何と無く帰りに店に寄ろうと思った。
相良先輩がいるからだ。
会議は夕方終わり、親しい何人かで晩飯を食べてから店に行った。
9時45分を少し過ぎた頃だった。自動ドアから入る、店の奥を見たら相良先輩は読書に夢中で、俺には気付かない。
カウンターの中に入り
「ちょっと近くまで来たから」
言い訳みたいに言う。
いつも通り、相良先輩が食器を片し
「ご馳走様」
と言って出て行った。
俺には気付かかず、帰って行く相良先輩の後ろ姿を見て、小さくショックを受けた。
(もう、俺には興味が無いんだな、、、)
そう思いながら、自動ドアの先を見続けた。
店を出てから相良は、渡来がカウンターの中にいた事に気が付いた。いつもと違うスーツ姿に
(カッコ良かったな、、、)
と思いながら、ニヤニヤした。
半年程経ってバイトの子が1人辞めた。新しい子が入るまで、俺が金曜日に入る事になった。
今も相良先輩は毎週来ているんだろうか、、、。
「あれ?渡来」
「いらっしゃいませ」
「お疲れ様。これ、みんなで食べて」
相良先輩がお土産を持って来た。
「わーい、相良さん優しいー!」
「いつもありがとうございます」
バイトの子達と仲良くなっていた。
いつもって事は今までもお土産を持って来てたって事かな?知らなかった、、、しかも名前まで覚えてもらっている。
俺は蚊帳の外にいるみたいで淋しかった。
「店長、15日の金曜日に送別会をやるんですけど、来れますか?」
「辺見さんの?」
「そうです、そうです」
「10時まで仕事だからな、、、。何時からなの?」
「6時半から開始です」
「じゃあ、無理だな。残念」
「そう言えば新しいバイトの子、入りそうですか?」
「1人面接予定の子がいるよ」
「決まると良いですね」
面接した片岡くんは、15日の夕方から夜9時まで入ってくれる事になった。
夕方になると遅刻する事無く、時間10分前に来てくれた。
タイムカードの打刻の仕方、制服の支給、更衣室の使い方を教えて、それから、レジに入って貰い、簡単な操作の仕方を教える。
片岡くんは物覚えも早く、人見知りも無いのですぐにお店に慣れてくれそうだった。
6時半を回った頃、時計を見て今頃辺見さんの送別会が始まったかな?と思いながら仕事をした。
9時過ぎに相良先輩が来た。いつもと雰囲気が違う。酔っ払ってる?
「あれ?新しい子がいる」
「今日からです」
帰ろうとした、片岡くんに相良先輩は話し掛ける。
「よろしくね。コーヒー1つお願い」
「今日は、コーヒーだけですか?」
いつもコーヒー以外も頼むのに珍しいと思って、聞いてしまった。
「ごめん、渡来。今日は腹一杯だから」
「わかりました」
俺はコーヒーを入れ始めた。
「あー!相良さん、やっぱりいたー!」
急に店がガヤガヤして来た。送別会に参加したメンバーが相良先輩を探して来たらしい。
「だから、こっちに来てるって言ったじゃないですかぁ」
「ついでだから、みんなに片岡くんを紹介するよ。今日から辺見さんの代わりに入ってくれる。片岡くんです」
「よろしくお願いします」
片岡くんはにっこり笑った。
みんなが簡単に挨拶をして、俺は片岡くんを入り口まで見送る。
「急に賑やかになってびっくりしたでしょ?」
「でも、みなさん仲が良さそうで安心しました。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
片岡くんを見送って、店内に戻る。
辺見さんと相良先輩がちょっと離れた場所で話していた。
他のメンバーは二次会をどうするか話し合いを始めた。
「三殿、、、これ、何とかならないの?」
三殿は店内を見回し、他にお客さんがいないのを良い事に
「まぁ、もう少ししたら移動するでしょ?」
と言う。確かに、身内しかいないから良いけど、誰か入って来たら移動してもらうしかないか、、、。
相良先輩と辺見さんは、相良先輩がいつも座る席に移動して、まだ話をしていた。
「辺見さん、相良さんの事好きだったみたいですよ」
「へぇ、、、」
三殿に言われて、2人の事が気になった。
「気にならないんですか?」
「何が?」
「2人が付き合ったらどうするんですか?」
「俺にはどうにも出来ないよ」
「店長もそろそろ俺と付き合えば良いのに」
「また言ってる」
「俺、しつこいですから」
「三殿には、もっと良いヤツがいるよ」
「テキトーだなぁ」
辺見さんが席を立った。一言二言声を掛けて、お辞儀をしていた。話しが終わったみたいだった。
相良先輩を見ると、俺の事をジッ見ていた。俺はつい視線を外した。
「三殿さーん、、、振られましたぁ、、、」
辺見さんは、そう言って三殿に抱きついた。
「はいはい、じゃあ、二次会行こうね」
と言って、辺見さんの肩を抱きながらみんなと店を出て行った。
店内は一気に静まり返り、俺は掃除でもしようかと箒を取りに行く。
時計を見ると9時半を過ぎていた。
今日はもう、お客さんも来ないかなと思いながら、店内を掃いて行く。
相良先輩は本を読みながらコーヒーを飲んでいた。掃除が終わり、レジを閉める準備を始めた、もうお客さんは来ないだろう。
閉店の準備を進めていく。55分になり、closeの看板を出す。相良先輩が立ち上がって食器を運んで来た。
「ありがとうございます」
「渡来はモテるんだね」
と言った。急にどうしたんだろうと思った。
「片岡くんも、三殿くんも渡来を見る目が違った」
「片岡くんは会ってまだ、2回目だよ」
「三殿くんは、渡来の事好きなんでしょ?さっき、辺見さんの送別会で言ってたよ。何度も告白して振られてるって。俺が告白しても振られるんだろうな」
ふふ、と笑う。俺は相良先輩を見つめた。
「相良先輩だって、辺見さんに告白されたじゃないですか、、、」
「、、、そうだね。断ったけど、、、。渡来は、誰の事も好きにならないの?」
「そんな事無いですよ」
「じゃあ、好きな人いるんだ」
「、、、」
好きな人か、、、わからないな、、、。忘れられない人はいる。でも、もう好きかどうかわからない、、、。ポロっと涙が出た。
「え?何で?」
自分でびっくりした。
「渡来?」
涙を拭いた
「何ですか?」
「渡来の好きな人とは、上手く行きそう?」
「どう言う事ですか?」
「俺、渡来に好きな人いるなら応援するよ。渡来には幸せになって貰いたい」
「酔ってるんですか?」
さっき入店した時、酒の匂いがしてた。送別会で結構飲んだのかな?
「あれ位じゃ、酔わないよ。ただ何となく、、、今、涙が溢れたから、、、渡来、辛い恋してるのかな?って」
「、、、」
「俺は今でも、渡来の事好きだよ。ずっと忘れられなかった。だから、渡来に好きな人がいるなら応援したい。あんな事があったから、、、罪滅ぼしじゃないけどさ、、、」
相良先輩が泣きそうな顔をする。
「俺の事なんて、何とも思って無いでしょ?」
「そんな事無い」
「俺が金曜日仕事に来ても、何もしない。嬉しそうな顔も、話し掛けにも来ない。閉店までいるクセに、サッサと帰るじゃないか、、、」
「迷惑かと思って、、、」
「迷惑だと思うなら、店に来るなよ、、、」
「ごめん、、、渡来の店に来るだけで、渡来と繋がってる気がするから。本当にイヤなら、もう来るの止めようか?」
(その言い方はズルい、、、)
「好きなのかどうかわからない。気になる人はいる。いつもその人の事ばかり考えてる、、、」
「そうか、、、」
「相良先輩は、何で俺の事好きなの?俺、相良先輩と別に仲良くないよね」
「ずっと後悔してたからな、、、。いつも渡来の事ばかり考えてた。だから、こうやって渡来の店に来るだけで満足してるのかも。今日みたいに、渡来と話しが出来る時もあるし。あの頃に比べたら幸せだよ」
「じゃあ、俺が三殿と付き合っても平気なんだ」
「渡来が三殿くんの事好きならね」
「三殿と付き合おうかな、、、。何度も告白してくれるし、、、」
「三殿くんの事、本当に好きなの?」
「まぁ、、、」
「それは、愛してるとか、嫉妬する程の好きなの?」
「、、、」
「そうじゃないなら、三殿くんに失礼だと思うけど、、、」
「でも、相良先輩は俺と付き合いたいわけじゃないでしょ?」
「ん?」
「俺の事、好きって言う割にそれだけだよね」
「渡来の事、傷つけちゃったからね。アレは本当に酷いよ。今でも思い出すと辛い。ごめんな」
「謝るくらいなら、、、。俺と付き合って下さい、、、」
ポロッと涙が溢れた。
(そうか、俺、相良先輩と付き合いたかったんだ、、、)
「責任取って、、、。ちゃんと責任取って下さい」
涙が止まらなくなる。
「えっ、、、と、、、」
「付き合う気が無いなら、もう2度と店には来ないで下さい。俺も疲れました、、、」
泣きながら、相良先輩を見つめる。
「付き合う気があったら、来てもいいのかな?」
相良先輩が泣きそうになる。
「俺だって、ずっと先輩を探してた。偶然でも良いから会いたかった。忘れる事が出来なくて、三殿に告白されても受け入れられなかった、、、」
「渡来、、、」
「でも、傷付くのも怖かった、、、先輩にまた傷付けられるのはイヤだ、、、」
「ごめんな、俺、ホントに酷いヤツだよな」
相良先輩は泣いていた。泣きながら、俺の手を引いて抱き締めてくれた。
「渡来の事、大事にしていい?」
俺は何も言えなかった、ただギュッと相良先輩にすがりついた。
「相良先輩、全然俺の事気にしないから、もう興味がなくなったのかと思ってました」
「興味はあったよ。でも、渡来、俺の事嫌いみたいだったから、、、」
「確かに、相良先輩に会った時は、拒絶反応が出ました」
「拒絶反応、、、」
「あの事を思い出すと、やっぱり胸が痛むし、悲しくて、何度も思い出して泣きました」
相良先輩が辛そうな顔をする。
「高校卒業した辺りから、自分が相良先輩を探している事に気付きました。いる訳ないのに、会える訳ないのに、何処かでバッタリ出会すんじゃないかと思って、、、。結局、あの日が初めてでしたけど、、、。会えて良かったです。ちゃんと自分の気持ちに向き合えたし、自分の気持ちを伝える事が出来ました。いっぱい意地悪してごめんなさい。それから、俺の店に毎週来てくれてありがとう」
「今度は、渡来の家に呼んでくれない?毎週金曜日とか、、、」
「良いですよ、俺、毎週金曜日仕事入れて、一緒に帰りましょうか?」
「、、、どうせなら、金曜日休みにして俺が直接家に行く。そうしたら、1分でも1秒でも長く一緒にいられるから」
渡来はポポポポボと、顔を真っ赤にした。
「、、、今日、来ますか?」
相良の胸に顔を埋めて誘ってみる。
「良いの?週末だよ、、、」
「い、良いですよ、、、」
背中に回した手をギュッと握る。
「俺、帰りたくなくなっちゃうけど、、、」
「明日、俺も休みだから、、、」
「じゃあ、行きたいな、、、」
相良は相変わらず、金曜日にコーヒーを飲みに来る。ただし、コーヒーだけだ。
その後、渡来と2人で食事をして渡来の部屋に行く。
渡来は土曜日に休みを入れる事にした。そうすれば、もっと長く相良と一緒にいられるからだ。
「三殿さん、店長と相良さんは付き合ってるんですか?」
「そうだね」
「三殿さんはどう思いますか?」
「ん?」
「同性でお付き合いする事に賛成ですか?反対ですか?」
「お互いが好きで、大切にし合えれば良いと思うよ」
「じゃあ、僕が三殿さんと両思いになったら、チャンスがあるって事ですね!」
「んんんん?」
「僕、絶対三殿さんを惚れさせるので、覚悟して下さい!」
三殿は片岡の頭をポンポンと叩き
「期待してるよ」
と言った。
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