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第四十一章 呪われた女子高生 その2

41.2 呪われた女子高生


 アラトは、これまでに何度も散歩した庭園の風景も随分慣れて、道に迷ったりはしない。そして以前、女子高生らしき姿を見かけた雑木林が気になって行ってみる。


 その雑木林が見えたところで人影を発見し、忍び足で人影へと近づいていく。相手もアラトの接近に気づいたようだ。


 人影は立ち上がって一目散に逃げだそうと走り出すが、テニスで鍛えているアラトはそれなりに足が速い。すぐに追いつき声を掛ける。


「ちょっと待って、日本人の女の子でしょ、ちょっと話がしたいんだ。僕も日本人だし」


 文字通りセーラー服を着ている女の子は、第一回戦でモニター越しに見た女子高生で間違いなかった。アラトに促され立ち止まる女の子。


「ツキコも……、わたしも、あなたのことは試合で見ました。100時間も戦って、スゴイと思いました……」


 彼女の試合中に、対戦相手の日本人男性と激しいやりとりをしていたが、本人はいたってあどけない真面目そうな印象の女の子だと、アラトは感じた。


「僕は尾暮新人。ごめんね、急に声を掛けて。見たところ女子高生のようだけど、どうしてこんな怖いトーナメントに君のような……」


「助けて! 怖い、怖い……、助けて、もうイヤ!」


 女子高生は、急にアラトの目の前で泣き崩れた。顔を両手で隠し、しゃがみ込む。両手から涙があふれ号泣した。


 アラトはしばらく無言でその場に立ち尽くした。彼女が落ち着くのを待っている。


「わたしは、貞神月子っていいます……」


 徐々に落ち着きを取り戻し、女子高生はようやく話しかけてきた。


「うん、よろしくね、貞神さん。月子ちゃんて呼んでも平気かな?」


「……えーと」


「あっ、ゴメン! 馴れ馴れしいよね。貞神さんで」


「平気です。月子で構いません」


「月子ちゃん、良かったら話をしない? 僕も怖いって気持ちはわかるんだ。実際、メチャクチャ怖いし」


「はい、お願いします」


 二人は場所を移動し、庭園に設置してある石製ベンチに並んで座った。


「その、月子ちゃんは、どうしてこの大会に参加しているの?」


「はい……。ツキコは、わたしは、呪われているんです。スマホに」


「……どういう意味かな?」


「ツキコ、何度死んでも時間がさかのぼって生き返るんです。それがスマホの呪いなんです。信じられないかもしれないけど」


「俗にいう、『死に戻り』っていうやつかな?」


「はい」


「でも、どうしてそんなことになったの?」


「はっきりわかりません。」


「そうだよね」


「それでこの大会で優勝したら、願い事が何でも叶うという話をある人から教えてもらったんです。それで出場を決めました。優勝したら、このスマホの呪いを解いてもらおうと思うんです」


「そういうことか、なるほど」


「まさか、あんな怪物とか怪獣とかいるなんて思わなかったし……。でも、ツキコの身に起きてる怪現象そのものが信じられないようなことだから、今さら、信じられないとか言ってられないし……」


「そうか、怖かったよね」


 アラトはなんとか励ましてあげたいと思ったが、さすがに初対面の女の子を抱き締めるわけにいかず、躊躇ちゅうちょしつつも結局、彼女の手を緩く握った。


「僕も紆余曲折うよきょくせつ色々あったけど、こうして優勝を目指しているんだ。でもね、月子ちゃん、もし怖かったら棄権するのも『アリ』なんじゃないかな?」


「……」


「複雑な事情があると思うけど、やっぱり死ぬのは怖いし、そもそも、どうやっても勝てない相手っていると思うし……。

 何か、ほかの方法で解決できればいいんだけどね……」


「はい……」


「月子ちゃんが優勝目指すのは、それなりに勝てる見込みがあるのかもしれないけど、この大会が全てじゃないと思う。なんか無責任なことを言ってるかもだけど。

 今、無理に怖い思いをしなくてもいいんじゃないかな。月子ちゃん、まだまだ若いから、ほかにもチャンスが訪れるかもしれないし」


「……そうですね。考えてみます」


「対戦中に嫌になったら、白旗上げて敗北宣言しちゃえばいいんだよ!」


「わかりました……ありがとうございます。とにかく怖くて、いても立ってもいられなかったんですが、少し落ち着きました。その……」


「尾暮新人。アラトでいいよ」


「お兄さんと呼んでもいいですか?」


「うん。わかった」


「またここで見かけたら、声かけてください」


「そうするよ」


「今日はありがとうございました」


 月子は丁寧に頭を下げ、そのままホテルへと帰っていった。


 さすがに女子高生が一人で過ごしている部屋番号を聞き出すのは不安を与えると思って、アラトは聞かなかった。


「あ~あ、今、ギリコって何してんだろ?」


 妙にトボトボ歩きながら、ホテルに戻るアラト。


 ホテルの2階へ上がる階段に差し掛かったところで、1階フロアの通路の奥に、ギリコの姿が見えた。


「ギリコ?」


 アラトはギリコを驚かせようと、忍び足で背後から近寄っていくと、ギリコが誰かと話し込んでいることがわかった。


「あれは……」


 ギリコの話し相手は、第一回戦第一試合で敗北したスーパージクウナイツのキャプテン・ダンだ。


「な、何だよそれ、なんであいつと……」


 ダンの試合中、ずっとギリコは彼を応援していた。しかも自ら大ファンだと公言していた。


 ダンはイケメンだし、男のアラトから見てもかっこいいし、いつも颯爽さっそうとしている。いかにも『正義の味方』という表現がピッタリな装いだ。


 ギリコがハイテンションでイチャついているのが、遠目でも認識できる。


 アラトはギリコ達とは反対方向に走り出し、自分の部屋へと戻った。そのままベッドに飛び込むようにして寝転がると、胸の中がモヤモヤしているのを自覚した。


「おかしい……。この気持ちってなんだ?」


 その日の夜、アラトの寝つきは悪かった。



41.3 大会二十六日目の朝 アラトの部屋


 翌朝、ギリコが部屋に来るのはいつもより遅かった。


「おはようございます、アラトさん」


「…………、お、おはよう」


 ギリコは普段の態度と変わらない様子。アラトはモニターを見つめギリコの顔を直視できない。


「謎の玉とハテナ大王の対戦ですから、解説をオンにします。よろしいですか」


「好きにすれば……」


「ありがとうございます」


 アラトのヨソヨソしい態度は、そのあとも続くのだった。



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