第七十四章 主人公VS勇者 その2
勇者が大剣を振りかざしたその刹那。
「ぐわっ!」
勇者の背後から飛来したレーザー弾を左足の膝裏に食らい、声を漏らした。左足を折り曲げ片膝をついた。
右手を握りガッツポーズをするアラト、してやったりの顔を作る。
「き、貴様ぁ~」
先ほど、まるで悪あがきのように放ったレーザー弾が弾かれた直後、そのレーザー弾が空中で旋回し戻ってくると、勇者の左膝を背後から直撃させたのだ。
第三回戦の対未来人戦で、壁裏に潜んでいた未来人をヒットさせた時と同じ要領だ。
レーザー銃を放った時、脳裏に勇者の左膝裏側を思い浮かべホーミングするように制御していた。精神制御脳波誘導ハンドレーザー銃の性能をフル活用したのだ。
『勇者の鎧』は超人のハイパーラッシュで破壊できないほどに凄まじい耐久力がある。
しかし鎧の関節部分、特に膝や肘のように稼働させる部位の折り曲げる側——膝の場合は裏側——には構造上隙間があるのだ。そこを狙うよう、ギリコから事前にアドバイスをもらっていた。
その隙間にうまく直撃させ、勇者の肉体に直接ダメージを与えることに成功した。
しかも、試合途中から調子が悪そうに見えた勇者は左膝を庇っているようにアラトは感じていた。どうやら、その直感も正しかったように見える。
「貴様のそのやり口、忘れていたぜ……。
勝利を確信した瞬間、すでに逆転劇が仕込まれているというズル賢さを……。だが、その狡猾さも勝敗を左右させる戦略の一つ。認めてやるぜ、その才能を!」
しかし、と続ける勇者。
「今回ばかりは、詰めが甘かったな……」
左足を引きずりながらアラトに歩み寄る勇者。『勇者の剣』の切っ先をアラトの眼前に向ける。
「たしかに左足の負傷は全快していなかった。それでも、奥義を放つことは可能だ。
オレは今『勇者の盾』を装備していねぇが、体内で闘気を練って『勇者の剣』に自ら注ぐくらいのことはできる。トドメの一撃のために、昨日からずっと闘気を溜め込んできたからな。貴様なんぞ、一瞬で倒せる!」
勇者の表情に凄まじい気迫が満ちる。
「オレは! 魔王を、2度も! 退けた勇者、なんだぁぁぁ!!」
ひときわ力強く、ゆっくりとしたセリフだった。この言葉の意味こそが、彼の最大の矜持だと言わんばかりに。
アラトは蛇ににらまれた蛙のように動けなかった。
パワードジャケットもダブルキャノンも粉砕され今や裸同然、抹殺プログラムも使用はできない。左手のビーム収束剣をオフにした。
もう今さらレーザー銃を撃っても、『勇者の鎧』を突破して勇者を倒す威力もない。
「よく聞け。
オレは今から『勇者の剣』に全闘気を注ぎ込んで貴様の肉体を粉砕する。これは決勝戦だからな、余力を残す必要はいっさいない。貴様だけを倒せば優勝だ。
オレの奥義を食らえば、貴様は肉片を一片も残すことなくこの世から消滅する。必ず死ぬ。生き延びる方法などない。
だから悪いことは言わん。今この場で棄権しろ。貴様のためだ」
アラトは真正面に立つ勇者の言葉を無言で聞いていた。
勇者の威圧的な言葉使いとは裏腹に、優しく諭されているように感じた。いつの間にか、異常に荒くなっている自分の呼吸音に気づく。とんでもないことを決断しようとしている。
無言で立ち上がるアラト、飛行シューズを脱ぎ捨てる。これで空も飛べない。勇者と向き合って対峙する。右手のレーザー銃を勇者に向けた。
「貴様死ぬ気か!? オレがせっかく……」
「僕も男だ。僕はギリコと約束したんだ。必ず優勝して願いを叶えると……」
「なんだぁ? 女の話をしてんのか? だったらオレも話をしてやる!」
レーザー銃を構えるアラトの右手が震える。
「よく聞け。オレが住む世界では、30日後に魔王軍が攻めてくる。これが3度目だ」
勇者は昔を振り返るように天を見上げ瞑目した。
「オレは過去に2度これを撃退してきた。しかし、何度撃退しようとも、奴らは50年ごとに必ず復活するんだ。
しかも、復活するごとに魔王は強くなる。オレも幾度となく死線をくぐり抜け、レベル999に到達しているが、これ以上は強くなれない。
次の決戦で勝てるかどうかもわからん。だから、オレは絶対に優勝して、魔王軍と不可侵条約を結ぶという願い事を実現させる必要があるんだ!」
アラトはフルダイブ型VRMMORPG『真勇者の異世界冒険:魔王軍百年戦争』に登場する勇者シン・ガイディーンを知っている。しかし、今直接きいている内容を初めて耳にした。
「いいか、オレは母上と国王、そしてオレを支えてくれた多くの民と約束した。必ず国を守ると! 国の人々を守ると!」
アラトは涙目になっていた。体の震えが止まらない。
死に恐怖した? 勇者の話に感動した? 武者震い? 理不尽なほど強い敵を目の前にして、それら全ての感情がゴッチャになって襲ってくるのだ。
だけど、それでもギリコとの約束を果たしたい。
アラトは構えていたレーザー銃をいつの間にか下ろしていた。
混迷するアラト。
諦めたくない自分、どうせ無理だと思う自分、勇者に勝ちを譲りたい自分。本当の自分はどれなのかわからない。
「頼む! オレの国の民を救うため、オレに勝ちを譲ってくれ! オレはお前を殺したいとは考えていない……。もう一度言う! この場で棄権するんだ!」
はっきりしないアラトの目の前で、大剣を両手で握り天高く振り上げる勇者。
アラトには勇者に勝つための最後の仕掛けが残っていた。
それは数分前に密かに放ったレーザー弾だ。
ダブルキャノンによる2度目の攻撃を行った際、勇者にはバレないように自分の後方に向けて発射していた誘導式のレーザー弾。それは今、勇者の後方天井付近で待機している。
右手に装備している精神制御脳波誘導ハンドレーザー銃から放った、そのたった1発のレーザー弾だけは特別なのだ。
準決勝戦で負った重傷から回復したあとの数日間、アラトは毎晩寝る時にレーザー銃を右手にセットして念を込めていた。優勝したいという意思と勇者を倒すという意志だ。
レーザー銃の破壊力は『敵を倒したい』という意志に比例する。
それは敗者復活戦の対アメスライバ戦の時に証明済み。そして準決勝戦において勇者が勝ち進むほうにアラトは賭けていた。
こうして決勝戦で放つ最初のレーザー弾は、勇者を狙うことを前提として破壊力を可能な限り蓄積しておいた。それが試合開始前からアラトが仕込んでいた作戦。
そして今まさにそのレーザー弾のエネルギーの塊『闘気魂』——アラト命名——が空中で待機し、さらに威力を増幅させているのだ。
勇者に気づかれないように。
「言っておくが、かなり大きなエネルギーの塊がオレを狙って空中で待機していることは知っている。
だが、オレが放つ斬撃がお前の肉体を消し去ってしまうほうが先だ。剣が届くところにお前がいるんだからな。
そのあとにオレにヒットしても、お前の命は助からん」
アラトは愕然とした。全て見透かされていたのだ。
アラト本人に意識が集中するように、飛行シューズも脱いで逃げ出さない意志を示した。これで勇者が後方に振り向いてしまうこともないと考え。
しかしバレてしまうのは当然なのだ。魔物相手に百戦錬磨で実戦を経験してきた勇者が、こんな途方もなく大きなエネルギー弾の存在に気づかないわけがないのだ。
「オレの全身全霊の一撃を放ってしまったら、もう途中で引っ込めることはできない。中断など不可能だ。
それにお前は才能ある策士だ。他にどんな策を弄しているかわからん。だからこうやってお前に棄権勧告する方法が一番適している」
ただただ呆然としているアラト。
「オレがこの一撃を放つ前に棄権しろ!
お前にも大切な人が、家族がいるんだろ? なぜ、命を粗末にする? オレも罪のない人間を殺したいとは思わない! お前は魔物ではないだろ!?」
放心状態となっているアラト、何にも反応することはできない。だからこそアラト自身予想することはまったくできなかった……。
まさか、あんな悲劇が訪れようとは……。
深呼吸をして勇者の双眸が決意の色で染まった。
「仕方ない……。国を守るためだ、オレを恨んでくれても構わん……。いつか地獄で詫びを入れよう! 許せ!」
天高く構えた『勇者の剣』が黄金色の光を放ち、業火のようなオーラが舞い上がっていく。その輝きの美しさが威力の大きさを物語る。
「はぁぁぁぁぁぁー!」
『勇者の剣』が振り下ろされる、とその刹那。
アラトが首にかけていたネックレスの装飾リング、今朝の出陣前にミラージュからもらったお守りのリングが急激に広がっていく。
ネックレスのチェーンを壊しながらフラフープのように大きくなったリングから魔導剣士ミラージュが現れた。
「ダーリン!」
突然出現したミラージュはアラトに覆い被さりながら、勇者の斬撃を躱すように横へと転がる。
続けて二人目の誰かがリングから出現した。その誰かは振り下ろされる『勇者の剣』の柄を両手で掴んだ。
しかし勇者の渾身の一撃は止められなかった。太刀筋だけはミラージュが転がった逆方向へと変わっていた。
アラトは何が起きたかわからなかった。ミラージュが覆い被さり、自分と彼女は無事であること以外。
勇者の一振りで誰かが、何かが消滅したように見えた。全体が赤い人影に感じた。思い違いかもしれない。アラトの思考は正常に機能していない。
しかしふと、ある悪い予感がよぎる。とても嫌な予感。
そして、まるで雷に打たれたかのように、アラトの身に衝撃が走った。
まさか! そんなはずは! ありえない! ウソだ!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
アラトは絶叫した。
すると、天井に待機していたアラトのレーザー弾『闘気魂』が、剣を振り下ろしたまま固まっている勇者めがけて急襲する。そのまま勇者の背中に直撃。前方に吹っ飛ばされた勇者がゴロゴロと転がっていく。
思考も感情も全て極限状態となってしまったアラトは、フッと意識を失った。何かを叫ぶミラージュの声が遠ざかっていく。
【作者より御礼】
数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
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