第七十三章 初めてのデート その2
73.2 初めてのデート 後編
アラトは自分の部屋に戻って着替えると、そのままギリコの部屋に行く。ギリコも別のビジネススーツに着替えていた。
夕食は、ギリコが手料理を振舞ってくれた。アラトは一人で彼女の料理を堪能する。
食後のデザートで苺のショートケーキがテーブルに置かれた。
アラトが嬉しそうにショートケーキを指差す。
「ギリコちゃーん、初めてのアーンしてくれる?」
「アーンて、何ですか?」
「えっ、知らない? ラブコメのイチャラブシーン御用達のアーンですけど。王道ですよ、王道! これさえやれば、カップルの仲がいい証拠的な」
「ウフフ、それくらい知っていますよ。どうしよっかなぁー、ありきたりだとか思われちゃうし、そもそも、わたくしがやってもらえないし……」
「しょうがないじゃん。ギリコ、何も食べれないんだもん。その代わり、ギリコが人間になったらアーンするからさ!」
「仕方ないですね。アラトさんは甘えん坊さんなんだから」
ギリコも嬉しそうにケーキをスプーンですくい取り、アラトの口へと運ぶ。そのまま悪戯顔で、アラトの鼻先にケーキをベチョっと押しつけた。
「ちょ、やったなぁー!」
アラトは人差し指でケーキのクリームをすくい取り、仕返しだぁー、と言いつつ、ギリコの鼻先にベチョとクリームを付けた。
「あん、もう! わたくしの美貌が台無しですわ! ちゃんと綺麗にしてください!」
ギリコがクリームの付いた鼻先をアラトの顔の前に差し出し、目をつむる。
アラトは照れながらギリコの鼻を舐めて拭き取った。
「アラトさんのエッチ」
ギリコは頬を赤らめながら、小悪魔顔でアラトを責めた。
耳まで真っ赤にしながらアラトが答える。
「こ、これだったら、誰にも『ありきたりだ』なんて思われないね」
「ウフフ、わたくしの思惑通りですわ」
言いながらギリコは、アラトの顔についたケーキをティッシュで拭き取った。
「そ、そだね」
アラトは顔から火が出たかのように、パタパタと両手で扇ぐ。
食後、アラトが応接セットのソファに座ると、アラトの膝の上にギリコが足を揃えて横向きに座った。
このままずっと愛するギリコと一緒に夜を過ごしたいという気持ちがアラトにある。でもそれはできない。昨日、ギリコの夜間メンテナンスの必要性を知ったのだから。
「夜は一緒に泊まれないんだよね、ギリコはメンテナンスがあるから……」
はぁ、と無念そうに溜息をつくアラト。
「申し訳ありません、アラトさん」
ギリコがアラトの膝の上で向かい合うように座り直し、目をつむった。ギリコの大胆な体勢に、アラトの理性が吹っ飛ぶ。
ギリコを抱き締めつつ、彼女の唇に自分の唇を重ねる。夢中になってキスを貪り、ギリコの柔らかい唇がアラトの脳を真っ白に塗り替えていった。
しばらくして唇を離し、ギリコの瞳をまっすぐ見つめる。
「ギリコ、愛してる! 僕が必ず君を人間にする! 君の願いを叶える!」
アラトは興奮気味に宣言した。
「アラトさん、無理はいけません。ギリコが人間になれなくても構いません。絶対に死なないでください! 絶対に生きて戻ってください! それがわたくしのたった一つの願いです!」
優しい口調で、それでいて訴えるようにギリコは応えた。
「大丈夫! だって、大丈夫義理子が僕のそばにいてくれるから」
「はい。何が起ころうとも、必ずアラトさんをお守り致します!」
「心強いよ、ギリコ。決勝戦が決着したら、現実世界に戻ってデートしような!」
「はい! お約束します!」
二人は、長いこと無言で抱き締め合った。
§ § §
73.3 大会四十五日目の朝 アラトの部屋
ついに決勝戦当日がやってきた。
ギリコが早朝アラトの部屋に訪れ、パワードジャケット最終バージョンMkⅤの装着を手伝ってくれる。
最終決戦仕様の惑星破壊キャノン砲バージョンⅢは両肩装備のダブルキャノンになった。照射式から単発式に変更して使いやすいうえ、軽量化にも貢献している。各キャノンの充填時間は10分間、交互に撃てば5分間に一回発射できるのだ。
前回軽量化した時のバージョンⅡは初期型と比べ破壊力は4分の1。今回のバージョンⅢはバージョンⅡの5分の1なので、アメスライバを倒した時よりも20分の1に威力ダウンしている。
しかし充填時間が2時間から30分、10分と時間短縮され著しく向上している。破壊力よりも発射回転率優先で、よりいっそう実戦向きになった。
さらに発射タイムラグも大幅に改善された。初期型10秒、最新型1秒なので申し分ない。
第三回戦、準決勝戦で役立ったスパイダーマニピュレータを今回装備していない。軽量化が目的だ。
飛行能力のない勇者との対戦において、飛行能力をより向上させることで有利に戦えるとアラトもギリコも判断している。
パワードジャケットMkⅤのバックパックに飛行補助ジェットを追加して飛行能力を数段アップさせている。そして可能な限り総重量を削り、飛行機動性アップと飛行継続時間アップにつなげたのだ。
初期型は装備総重量200kg超えだったが、最終版は100kgを切っている。アラトがより有利に戦えるように、ギリコが改良を重ねた結果なのだ。
それから精神制御脳波誘導ハンドレーザー銃を右手に装着、小型シールドを左手に装備する。
最後にギリコがスーパージクウナイツのキャプテン・ダンから拝借しているビーム収束剣を腰のポケットにセットした。
ここ数日間、麗倫師匠とミラージュに剣術を教わり、パワードジャケットにインストールしている抹殺プログラム剣術モードの上級短時間仕様を効果的に発揮できるよう特訓を重ねてきた。
もう一つ。ダメージ軽減効果のある肉体強化剤——端的に言えばドーピング剤——をギリコが準備してくれたが、それはさすがにチート過ぎると思って服用するのを止めた。
これで準備万端だ。
ちょうどいいタイミングで、ミラージュと案内役の警備ロボがアラトの部屋にやってきた。
「ダーリン、余計なことは言わない」
と言いながら、ミラージュが小さなリングが装飾となっているネックレスを差し出した。
「これは、オレの村に伝わるお守りだ。首に下げてくれ」
「ありがとう、ミラージュ」
素直にネックレスを首に下げるアラト。
「それから特訓に付き合ってくれてありがとう。今日、決勝戦で勝てたとしたら、君のおかげだよ、ミラージュ」
「礼には及ばない。負けてもいい、死なないでくれ」
「わかった。僕も死にたくはないから、なんとかするさ」
ミラージュは自分の用事を済ますと、後は邪魔しないようにアラトから離れた。警備ロボが案内するように歩き出す。
「じゃ、行ってくる! ギリコ、ミラージュ」
「はい、アラトさん、お戻りをお待ちしています」
「ダーリン、無事に戻ってこい!」
アラトはギリコの頬に軽くキスをした。ミラージュには笑顔を見せる。身を翻し二人を背にして歩みを進める。
ふと、身震いしている自分に気づいた。震える右手を握ったり開いたりして確認する。怖いから? 緊張してる? それとも武者震い? 考えてみてフッと笑う。
ギリコが代わりに書いてくれたノンフィクション小説——大会終了後にアラトが執筆しようと予定しているもの——のプロローグ原稿のとおりだ。
『本当に申し訳ございません。正真正銘、普通の人間なんです。許してください。怖いです。手が震えています。えぇ、まぁ、決勝戦ですから、死ぬ可能性も十分すぎるほどあります』
ホントにそのまんまだよな、とアラトは思った。
(死ぬ思いも痛い思いもたくさんした。特訓もした。泣いたり、怯えたり、逃げようとしたり、喜んだり……、たくさんここで時間を過ごした……。
決勝まで本当に来たんだ……。せっかくここまできたんだから、後は悔いを残さないようにしよう!)
最後の決勝戦、真剣な眼差しと熱い決意を胸にアラトは出陣した。
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