第六十九章 エルフの恋 その1
69.1 エルフの治療
大会四十一日目の午前。
準決勝第二試合の二日目突入。
アラトは長い長い夢を見ていた。
アラトとギリコは教会で結婚式を挙げている。
ギリコは幸せに満ちた微笑みと薄っすら涙を浮かべ、瞳をキラキラと輝かせながらアラトを見つめている。アラトは頬を赤く染め、鼻を伸ばして照れを隠しきれない。
式の参列者には、アラトの両親、親族、友人の顔ぶれがあった。皆一様に二人の門出を祝っている。アラトの胸は幸せな気持ちであふれていた。
ふと気づくと、背後に見知らぬ女性が立っている。
上下真っ赤な際どいビキニに赤のニーハイソックス、真っ赤な天然パーマのショートヘアー。彼女の服装の露出度は、どう考えても結婚式会場に似つかわしくない。
ギリコが怒りだすのじゃないかとハラハラするが、アラト以外の者は、彼女の存在をまるで認識している様子がない。
不思議に思いながら彼女をジッと見ていると、全身に凄まじい激痛が走り、式場の床に倒れ込んでしまう。周囲が突然無音になり何も聞こえない。ギリコがしゃがんでアラトの顔をのぞき込み、何かを叫びながら泣きじゃくっている。
いったい何が起きたのかわからない。全身からあらゆる感覚が消え去り、力が全く入らないし、起き上がることもしゃべることもままならない。
あー、僕は死ぬのかな、というセリフが頭をよぎる。
ふいに、背後に立っていたビキニの女性が、アラトに覆い被さってきた。アラトが着ていたはずのタキシードが霧となって消え、ビキニを着ていた女性のビキニも霧となって消えた。
裸になった彼女は、ギリコが目の前にいるにもかかわらず、アラトを優しく抱き締めた。優しく暖かいオーラに包まれ、二人の身体が宙へと浮かび上がる。
アラトは身も心も急速に癒されていくのを実感し、ここは天国ではないかと錯覚すら覚えた。
見知らぬその女性が耳元で優しく囁いた。
「絶対に死なせない」
アラトは、眠りから目覚めた。
いつもの医務室の天井が見える。
首だけを回し、ベッドの左側を見た。
先ほど夢に出てきた赤いビキニの女性が、椅子に座ったままアラトの寝ているベッドに突っ伏した状態で居眠りしている。なぜか、彼女はアラトの左手を握っていた。
ベッドの右側を見た。
「アラトさんが目覚めた……」
ギリコが今にも泣きだしそうな顔を両手で覆い隠した。
「あぁぁぁぁぁぁ、ずっと、ずっと心配していましたぁぁぁ、アラトさん……良かったですぅぅぅぅぅぅ、ホントに良かったですぅぅぅぅぅぅ」
「ギリコ……」
「うっ、うぅぅぅ……、こんな時に泣けないなんて、こんな時に涙を流せないなんて、辛いですぅ、酷いですぅ…………。
でも、助かってホントに良かった……、アラトさん……」
「ギリコ、いったい僕は……」
アンドロイドには似つかわしくもなく狼狽し続けるギリコ。
アラトは自分が重傷だと思い込んでいたが、上半身を起こしてみると、嘘のように身体が軽かった。むしろ絶好調と言っていいほどエネルギーで満ちあふれ、心身ともに元気一杯なのだ。
ただ、空腹感だけはさすがに抑えきれなかった。
ベッドから立ち上がろうとするとが、アラトの下半身側に頭を乗せて寝ているビキニの女性を起こしてしまう。左手もずっと握られたままだ。
ウスウス気づいていたが、彼女は準決勝で戦ったミラージュだ。
「彼女が、ヒーリング魔法でアラトさんの命を救ってくれたのです」
「えっ?」
「アラトさんは全身複雑骨折と大量の出血で、失血死寸前でした。ですが、彼女がアラトさんをすぐに運び、輸血が間に合ったことと、丸々二日間ヒーリング魔法を継続して、一命を取り留めたのです。彼女、ミラージュさんはアラトさんの命の恩人です」
「そうだったのか……」
「48時間継続して魔法を酷使したので、彼女も今は眠っています」
「丸二日経ってるんだ。わかったよ、ありがとうギリコ。で、僕は試合に……」
「はい、勝ちました。見事、決勝戦進出です。……ですが、アラトさん、無理は禁物です。アラトさんの体調が万全とは思えません」
「それがさぁ、ギリコ、元気一杯なんだよ。痛いところなんてどこにもないし、とにかく腹減っちゃって……。腹ごしらえしたら、すぐにでも戦えそうだよ」
「わかりました。雑炊でも注文します」
「うん。ありがと」
アラトとギリコのやり取りに気づいたのか、ミラージュが目を覚ました。
ミラージュが上半身を起こし、アラトと目が合う。
「あの、ありがと……」
「ダーリン!」
「ダ、ダーリン?」
アラトの掛け布団が剥がされ、ベッドの上のアラトに飛びつくミラージュ。上半身を起こしていたアラトが、勢い余ってまたベッドに横たわる格好になる。
「あの、ちょっと、ミラージュさん?」
「ダーリン! 生き返ったのか、よくやった、さすがだぞ!」
「えーと……」
「さすが、オレ様を倒しただけのことはある! ヨシッ、早速、子作りするぞ! オレはダーリンの子を産む!」
「はいぃぃぃ~? な、なんですとぉぉぉ?」
「ダーリンは、オレ様を真剣勝負で倒した初めての男だ! オレ様が心から尊敬する初めての男! エルフ族の女は尊敬する男に処女を捧げ、性の快楽を満喫するのが習わしだ! ダーリンも男なら、女の悦びをオレ様に享受しろ!」
「なかなか鼻血もんの直球ぶっこんできますねぇー」
とごまかしながら、チラっとギリコの方に目線をやると、ギリコはシュンと沈んでいる。
ふだんのギリコなら相手が誰であれ、嫉妬丸出しでアラトを責め立てそうだが、今日のギリコは違った。
「ダーリン、ごまかすな! オレ様とて初めてなんだからな、処女の扱いぐらいは手慣れておるだろう!」
「全然手慣れてないですぅ。それに僕には……」
「なんだと言うのだ」
「その、好きな人が……」
アラトは言いながらギリコをチラ見した。ギリコに意図が伝わったのか、少し微笑んだように見えた。
「それがいったいなんだと言うのだ」
「いやっ、その、好きな人いたら、ほかの人とエッチできませんよねぇ~」
「ダーリンの一族は皆そうなのか?」
「はぁ、まぁ、大抵の人は……」
「それが、ダーリンの掟だというのか!?」
「はい、そうです!」
アラトはシャキっと背筋を伸ばした。
「そうか、掟がそうなら仕方あるまい。ならば、ダーリンがオレ様を好きになれば子作りできるな。そうか、そうか」
「いや、まぁ、何と言うか、はぁ、まぁ、そうですね」
「しかし、不思議な掟だな。オレ様の村では、惚れた男の子を儲けたいと考えるのは自然なことだし、それを拒む男など聞いたことがない。
それと心配には及ばん。そもそも子作りが終われば、それっきりになるのが普通だ。ダーリンを一生束縛する気はない」
「なんとも都合のいい一族ですねぇ。 羨ましいような、怖いような……」
もう一度、ギリコをチラッと見る。しかし、さっきまでいた所に、ギリコの姿がない。
「アラトさん、食事が届きました」
ホテルの配膳ロボが届けた雑炊をギリコが運んでくると、ベッド脇の食事用テーブルに置いてくれた。
「ありがとう、ギリコ。いただくよ」
「はい、アラトさん」
ギリコが本妻のような態度を示すので、ミラージュも悟ったらしい。
「ダーリン、こいつがダーリンの言う好きな女か?」
「えっ、はい、そうです」
ギリコが頬を赤らめながら両手で口を覆い、キャッ、という反応を示す。
「あの、それで、なぜに僕がミラージュのダーリンになるのかなと」
「オレ様が惚れた男をどう呼ぼうが、オレ様の勝手だ」
「な、なるほど。一理あるような無いような……。それでですね、どして、僕に惚れちゃったんですか?」
「貴様は、いや、ダーリンはオレ様を負かした唯一の男。オレはエルフ族の中でも最強の魔導剣士だ。空間魔法と剣術を操り、これまで一騎打ちで負けたことは一度も無い!」
「わ、わかりました。何も言い返せません」
「オレは、ダーリンに死んでほしくなかった。だから、全身全霊でダーリンの命を救ったのだ。」
「うっ、それを言われると何も言えません。いえ、お礼がまだでした」
アラトは勢いよく起き上がり、ベッドの上でミラージュに向かって土下座する。
「助けていただき、誠にありがうございました!」
「ダーリン、惚れた男のために全力を尽くすのは当然のことだ。礼には及ばない。そんなことより、ダーリンがオレを好きになるためには、オレは何をすればいい」
「えーとですね、まずは一途で、お淑やかに、それから……」
いつのまにかギリコがアラトの真正面に移動していた。そして、アラトをにらむ一歩手前の、スン、としたオーラを放っている。
「といいますか、やっぱり好きな人いますから、ちょっと難しいかなと」
「そうか、わかった。『おしとやか』という言葉の意味がわからんが、オレはこれでも一途なほうだ。とにかく、これから学ぶとしよう」
「いえいえ、何もしていただかなくて構いませんよ」
「何を言うか、オレ様はやると決めたら最後までやる女だ! 邪魔はさせん!」
ドキッとするアラト。自分の座右の銘に近いことを言われてしまって、少し心が反応してしまう。そして、この勝ち気な性格も嫌いではないと思い始めた。
「それでだ、ダーリン。この女はダーリンが目覚めるまで、ずっとお祈りをしていたぞ。よっぽどダーリンのことが好きなんだな」
目の前で仁王立ちしていたギリコが、急に顔を両手で隠し、乙女チックにイヤイヤと体を揺らした。
アラトは、この侍魂の塊のごとくまっすぐで芯の強い独特の女戦士に少し興味を持ち始めた。これでもし、お淑やかとか清楚とかいう形容詞が加わったら、最強の大和撫子が完成すると想像してしまう。
アラトはあれこれ考えながら、もう一度ギリコに視線を向けた。高級ホテルのコンシェルジュのように姿勢正しく両手を揃え立っているが、顔だけは照れたように横を向いている。なぜか彼女から摩訶不思議な色気が漂ってくる。
「やわ——の、——きちしおに——もみで、——しからずやみちを——きみ」
唐突に、ギリコが頬を桜色に染めながらボソっと何かを言った。アラトはあまり聞き取れなかったのだが、ギリコがミラージュに悟られないようにメッセージを送ってきたような気がした。
どう考えてもアラトは三角関係の真っ只中にいる。とにかく話題を変えて、この雰囲気から脱出しなければ。
「ときに、ギリコ、今、トーナメントはどうなってんの? もう一つの準決勝は終わった?」
「はい、現在24時間経過して、二日目に入りました。両者とも引けを取らぬ強者同士、全く決着する様子はありません」
「そうか、この二人の戦いが決着したら残りは決勝戦だけだよね。組合せは一つだから、一日置かずにすぐに試合だろうな」
「おっしゃるとおりです、アラトさん」
「わかった。こうしちゃいられない。決勝戦に向けて特訓しなきゃ」
「アラトさん、例の物は手配済みです。それに決勝戦に向けた最終装備MkⅤは、今日の午後届きます」
「さすが、僕のギリコ! あと木刀を2本準備できるかな?」
「わかりました。今日のお昼までに」
「ヨシ! 飯食ったら最新装備のチェック! それからお師匠様に会いに行かなきゃ。忙しくなるぞぉ!」
【作者より御礼】
数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
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