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第五十七章 勇者VS格闘家 その2

57.6 勇者VS格闘家 試合模様その三 麗倫側


 続く攻防のさなか、突如として勇者が大剣を振り上げところで動きが止まる。よく見ると、大剣を握る右手の籠手こてを、麗倫の如意棒が突いて動きを止めているのだ。


「なにっ!?」


 いぶかしがる勇者は半歩だけ後退あとずさると、再度大剣を麗倫に向け振りかざした。しかし、またもや大剣を振り抜く前に動きが止まった。やはり大剣を握る籠手を突き、如意棒が邪魔をする。


「チッ!」


 舌打ちする勇者。


 これをきっかけにして、戦場の雰囲気が大きく変わった。


 これまで勇者は斬撃を最後まで振り切っていた。太刀筋の軌道を変えられようとも、斬撃の動作は最後まで行われていた。


 しかし今は、勇者が剣を振りかざし、これから斬撃を繰り出そうとしているスタートのモーション途中、麗倫の棒術で止められてしまうわけだ。


「これぞ、わしの得意とする『起点止め』じゃ。

 素手ならば癖を見んでもすぐにできるんじゃが、剣を相手にしとるからのぉ。お前さんの癖を見抜くのに、ちょいと時間がかかってしもうたわい」


 心なしか、少し自慢げに話す麗倫。


 『起点止め』は文字通り、技を繰り出そうとする起点——動作を開始する骨格と肉体部分——を止めて、動作そのものを阻害する技だ。


 当然、相応の達人でなければ実現できない。特に素手による肉弾戦で最も効果を発揮し、麗倫自身、そのほうが得意なのだ。


 第一回戦の忍者戦ではこれが使えなかった。正確には使うのを遠慮した。如意棒が百倍の破壊力を発揮してしまうので、一度実行すれば手足を潰してしまう。


 しかし、防御力の高い『勇者の鎧』をまとう勇者相手ならば、特に問題は無い。


 勇者は連続で斬り込んでくるが、ことごとく麗倫の『起点止め』が剣撃を阻む。


 ギリっと歯噛はがみする勇者。しばらくして薄っすらと口元が緩む。


「フッ、対応方法はいくらでもある」


 勇者が戦法を変えた。


 それまで使っていなかった盾で上半身を隠し、剣撃の起点動作をうまく隠したのだ。


 なるほど、機転を利かせるのが早い、と感心する麗倫。


 隙だらけとなった勇者の足元を狙い、如意棒でぐ。


 麗倫の攻撃を見抜いていたかのように、如意棒の下段横打ちを大剣で防御する勇者、そこから飛び蹴りを繰り出した。


 麗倫は地面を転がり低姿勢で蹴りをかわす。


 勇者が着地と同時に盾を前面に構えて猛牛のように突進。もう一度地面を転がり躱す麗倫、続けて起き上がりざまに後方へジャンプし体勢を立て直す。


 勇者側に大技を繰り出す時間が生まれた。


 追いかけるように大ジャンプから大きく振りかぶって唐竹割りを繰り出す勇者。側宙——エアリアル——で大きく横移動回避する麗倫。


 無人となった石畳の床が広範囲で破壊された。


 第一回戦の対スライム戦で勇者がやってのけた闘技舞台そのものの破壊を再現し始めたのだ。さすがにこの威力をまともに食らったら、生身の人間である麗倫の肉体は破裂してしまうだろう。


「これ、勇者殿、ちと遠慮せぬか! わしはこれでも乙女……、いやすまぬ、ただのおばば様じゃ」


「フッ、最初はそう思ったがな、遠慮して勝てる相手じゃない」


 麗倫は気づいていた。


 最初の攻防で石畳のあちこちに深い溝ができ、足場が非常に荒れていると。逃げ回るのは得策ではない。


 そして何より、防御力の異常に高い勇者攻略法をいまだに見出していないのだ。完全に防戦一方で、このままではじり貧になってしまう。頼れるのは如意棒の破壊力だけだが……。


 迷っている隙に、勇者が石畳を次々に破壊していく。破壊の衝撃から逃げているうちに、今立っている場所以外はほとんど瓦礫がれきの山となってしまった。麗倫は虎に狩られるうさぎと化しているのだ。


 突如、盾を手放す勇者、右手で大剣を天高く掲げる。開幕時と同じ『ガイディーン・トルネード』の構えだ。止めなければ負け確定。咄嗟とっさに如意棒を伸ばす麗倫。


 その行動は勇者に見抜かれていた。いや、誘導されていた。 勇者は盾を手放し自由になっている左手で、伸びてきた如意棒をつかんだ。音速を遥かに超えて伸びる如意棒を瞬時に掴んだのだから、途轍とてつもない反射神経と動体視力だ。


「なんと!」


 この大会が始まって2連勝の麗倫だが、驚愕きょうがくの表情を見せたのは妖狐と魂が入れ替わった時を含め、これが2度目。さすがは勇者と思い、笑みに変わった。


 最初に突いた箇所と同じ鎧の胸部なのだから、勇者からすれば不可能ではないということだろう。罠だと気づき、瞬時に如意棒を元に戻す。


 離れていた勇者が石畳を蹴りロケットスタート、大ジャンプのようなストライドで間合いを詰める。まさしく獲物を駆る虎のような瞬息の駿足。


 勇者が勢いに乗って真っ向斬りを繰り出した。回避行動も『起点止め』も『棒柔術』も間に合わない。


 元に戻った如意棒を咄嗟とっさに両手で握り、上段受けの構えで勇者の大剣を受ける。凄まじい衝撃が麗倫を襲った。


 真後ろに倒れながら如意棒を手放してしまう。口からガハッと血反吐ちへどを吐いた。ポニテールを束ねる髪飾りが粉々になり、バラけた黒髪が宙を舞った。



 §   §   §



57.7 勇者VS格闘家 試合模様その四 勇者側


 勇者の瞳に麗倫の吹っ飛んでいく姿が映っている。そのまま石畳に背中を打ちつけ仰向けで倒れた。決着のシーンは、まるでスローモーションのように感じた。


 勇者は剣撃を切断力の高い斬撃タイプから、破壊力の高い衝撃タイプに切り替えていた。


 勇者の大剣が繰り出す凄まじい衝撃は、武具などで受け止めたとしても空気と肉体に衝撃が伝播し、生身の人間ならば内臓を破壊してしまうのだ。


 勇者は麗倫のかたわらでしゃがみ、彼女の顔をのぞいた。


「麗倫、大丈夫か?」


 麗倫は苦悶の表情を浮かべながら薄っすらと目を開ける。ゴホゴホと吐血交じりに咳き込みながら勇者の顔を見た。


「大丈夫ではないわ……。ちと遠慮しろと言ったじゃろ、なにもあんな渾身の一撃を……」


「オレのせいではない。麗倫が強すぎるのが悪い」


「そうか、誉め言葉と受け止めるとしよう……」


「普通の人間なら内臓が破裂するところだが……」


「そうじゃのぉ……、凄まじい衝撃じゃったわい。わしの如意棒は受け止めた威力を百分の一に減らしてくれる。それで助かったのじゃ……」


「それを聞いて安心した。落ち着いたら、あの起点止めをオレに伝授してくれ」


「お前さん、これ以上強ぉーなって、どうすんじゃ」


「はっきり言う。オレが勝てたのは『勇者の剣』のおかげだ。素手でやり合ったら、オレはあんたに勝てんよ」


「なんとも照れくさいわい。しかし、負けは負けじゃ」


「それと、妖狐戦であばらを折っていたんじゃないのか? 本当に大丈夫だったのか?」


「それは内緒じゃ。それより、早いとこ病室に連れてってくれんか、そろそろ休みたいわい」


「わかった。オレがお姫様抱っこで連れてってやろう」


「お前さんのファンに恨まれそうじゃが、今日は許してもらおうか……」


 それから麗倫は笑みを口元に残し、気を失ってしまった。


「あんたは、今日からオレが尊敬する戦士の一人になった! 麗倫殿」


 勇者シン・ガイディーン、準決勝戦進出!



 §   §   §



57.8 女性格闘家 麗倫


 麗倫は、アラトの住む地球で生まれ育ち、そして二年前に亡くなったアジア系女性格闘家である。


 霊界から魂が呼び戻され、生前格闘家として最も輝いていた頃の肉体——当時40歳前後——を一時的に与えてもらい大会に出場している。


 本人の意志と関係なく、大会運営が一方的に彼女を出場者にしたわけだが、麗倫からすれば格闘家の血が騒ぎ、まんざらでもなかった。


 第一回戦対戦組合せ表には『幽霊』と表示があるが、実質的には生きた人間だ。


 生前は自他ともに認める世界最強の格闘家であり、崇拝者のあいだでは『武術の仙女』と呼ばれていた。


 彼女は生涯独り身だったし、弟子を取る主義でもなかったが、数名ほど孤児——女児ばかり——を引き取って我が子として育てていた。


 80歳を超えた頃、下界を去るように山にこもり、余生を独りで過ごした。享年は100を超えている。


 一時的な復活を遂げた彼女は、生涯最強の肉体、知識、技術と経験が組み合わさった最高位の熟練格闘家として出場しているのだ。


 ちなみに、他の出場者と対応に渡り合うために、大会運営が伝説の神器『如意棒』を彼女に貸し出している。


 そもそも死人である麗倫に望みと呼べるものは無いのだが、それでも万一優勝することがあったならば、最期の別れを告げることができなかった愛おしい娘たちに会いたいと想っている。



【作者より御礼】

 数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。


【作品関連コンテンツ】

 作品に関連するユーチューブ動画と作者ブログのリンクは、下の広告バナーまで下げると出てきます。


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