第五十六章 第三回戦対戦組合せ
56.1 第三回戦対戦組合せ
大会三十三日目、今日は第三回戦の対戦組合せ発表日であり、試合は開催されない。そしてお昼過ぎ、第三回戦対戦組合せ表を手にギリコがアラトの部屋に訪れた。
「さぁ、アラトさん、ついに第三回戦対戦相手が決定しましたわ!」
いつもどおりインターホンも鳴らさず勝手に部屋に入ってくるギリコ。人類史上最高峰であろう超高性能脳型コンピュータで顔認証ドアロックを勝手に解除されてしまうのだから、逃げようがない。プライバシーの侵害じゃねぇか! なんて主張は彼女に通用しないのだ。
一方、アラトがこの女性型アンドロイドに恋心を抱いているとはっきり自覚したのは、つい昨日のこと。しかも、『密かに』恋をしている。タイミングを見計らって告白するまで、『惚れた腫れた』という気持ちが相手にバレるのは、なにかと不都合が生じてしまう。
そんなわけで、突然の訪問にアラトは焦りまくった。一瞬アタフタするが、ベッドに飛び込み寝起きのフリをする。
「あれっ? ギリコ? おはよう! 今何時?」
「お昼の1時です。ですが、どうして寝ていたフリをするのですか?」
アラトの嘘寝演技はバレバレだった。
「いやぁー、ギリコがどんだけ観察力あるか試そうと思ったりなんかして……」
「そうですか。それで、わたくしは観察力ありますか?」
「あるある! もう、バッチリ!」
「そうですか。どうもありがとうございます」
「どういたしまして……」
「それで、なぜアラトさんのバイオリズムに異常が観測されるのでしょう?」
アラトは目を見開いて一瞬停止した。
「な、何のことかなぁー?」
「ですから、脈拍が上がっていますし、体温も上昇、冷や汗も感知しています。それから、顔が耳まで真っ赤ですわ」
「ききき、気のせいだよぉー」
「いえ、計測している数値ですから間違いございません。明らかに昨日までと異なっています。高画質の記録映像と比較しても、大きな変化が観測できます。おそらくですが、昨日、重大な情報を認知してしまったような、そんな生体反応ですわ。メンタリストとしての能力もインストールされているCPUが正確に判断しておりますので、いかにごまかそうとも絶対に逃げることは不可能ですわ」
ギリコの顔がいつの間にかアラトの鼻先まで接近していた。文字通り、二人の鼻先がぶつかり合いそうだ。
「ひゃ!」
緊急停止していたアラトの思考が再起動して、超絶美人の急接近を認識する。アラトは乙女のような悲鳴を上げ、大急ぎでトイレに駆け込んだ。
トイレのドアを閉める音が部屋に響く。
便座に腰掛け大袈裟に溜息をつくと、すぐにコンコンとノック音がした。
「アラトさん、大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫だからぁ! あとで組合せ表見ときますんで! じゃ、そういうことで、あとでまたねぇー」
「はい、了解しましたわ!」
二人はトイレのドアを挟み大声でやりとりした。アラトは尿意を催しているわけではないが、ドアの向こう側に好きな子がいると思うと、さすがに落ち着かない。
「はぁぁぁー、びびったぁー」
トイレのドアに耳を当てる。部屋の中は妙に静かだ。ギリコが部屋を出ていった確証はない。しばらくのあいだ、無言で待ってみるが物音一つしない。ギリコは帰ったのだろうか。
アラトは決心してドアをソォーッと開けてみた。
「良かったですわ、アラトさん。死んだのかと心配しましたわ」
案の定、ギリコはドアの真正面で待っていた。
背筋が変なふうにゾクゾクした。惚れた女とはいえ、ちょっと怖いのだが、嬉しかったりもする。これが世に言う『恋は盲目』なのか。
おそらく、納得するまでギリコは部屋に居座ると思い、アラトは覚悟を決めて平静を装うことにした。
「ちょ、ちょっとお腹こわして、体調悪いんだ」
「そうでしたか。あとでお薬調達いたしますわ」
「えっ、あのっ、そう? わざわざありがとう……」
落ち着け、落ち着け、平常心、平常心。
「で、僕の対戦相手って?」
「アラトさんの対戦相手は未来人です」
「あー、あの二回戦で月子ちゃん相手に圧勝したイケメンスパイもどき!」
「月子ちゃんて誰ですか、アラトさん」
ニコニコ顔のギリコ、アラトに見せようと広げた対戦組合せ表がクシャとねじ曲がる。
「えーと、女子高校生ですけど……」
アラトの声が徐々に小さくなる。
「アラトさん、女子高校生のお知り合い、たくさんいらっしゃるのですね。羨ましいですわ」
「ハハ、ご紹介しましょうか?」
「ア・ラ・ト・さん!」
ギリコは眉一つ動かさずにニコッと微笑んだ。背後に怒気混じりのオーラが沸き立つ。
「すみません、冗談です! 許してください!」
即座に両手を合わせ合掌ポーズ、低姿勢で謝罪した。
「ご安心ください。わたくしも冗談ですから」
オホホホ、と乾いた声で笑うギリコであったが、アラトは決して安心できなかった。
冗談はさておき、気を取り直して第三回戦対戦組合せ表を確認する。
アラトの第三回戦は、明後日。
「対戦相手は僕のあこがれ、そして永遠のライバル、ミスタースパイもどき。ぜひ、新戦法をうまく活用したい!」
ギリコには黙っていたが、実をいうと、アラトは密かに新しい戦法を目下お試し中なのだ。
昼夜問わず暇を見つけては、ハンドレーザー銃だけ持ち出して庭園でコソッと練習をしてきた。新戦法ができるようになるまで特訓中なのである。
既に九割方成功していると言っても過言ではない。
「フフフ、ギリコには内緒にしてたけど、僕が密かに編み出した新戦法、今回必ず役に立つ! あとで訓練付き合ってください!」
「きゃ、アラトさん、内緒でそのような努力をされていたのですか? 大、大、大好きぃー」
ギリコが抱き着いて、アラトの頬に軽めのキスをした。
一瞬デレてしまうが、今のところギリコにはバレたくない。
「これこれ、イチャつくでない!」
咄嗟に迷惑がってみせ、なんとか本音をごまかす。
「ウフフ、嬉しそうですよ、アラトさん」
「そ、そんなこと、あ、ありませんぞぉ」
ギリコはニコッとして、話を続ける。
「それとですが、再度パワードジャケットの軽量化に成功、そして新規追加装備もあります。入荷が明日になりますが、楽しみにしてください。必ず、今回の対戦を有利に進められます」
「ナイスゥ! ギリコちゃーん!」
アラトは第二回戦が始まって以降、密かに新戦法の訓練を独りで行ってきた。最初はうまくできず、対魔法少女戦では導入できなかったが、今回はうまくやれそうだ。
もちろん、麗倫より授かった3時間瞑想の特訓も継続するつもりだ。
◆ ◆ ◆
夕方、アラトとギリコは特訓を終え、二人ともアラトの部屋へと戻ってきた。
「さすがアラトさんです。わたくしも思いつかなかった素晴らしいアイディアですわ」
「エヘヘ、僕もそう思う」
ヨシヨシと、アラトの頭を撫でるギリコ。
「ときに、ギリコさぁ」
「はい、なんでしょうか」
「僕、思うんですけどね、この大会、何かと僕にとって有利な展開が多いような気がするんです」
「といいますと?」
「いや、そのね、対戦相手の組み合わせとか、あと闘技会場とか、僕に有利で、かつ相手の弱点を突けばなんとか勝てる、そんな試合内容だったような気がするんです。
もしかしてスーパーコンピュータの誰かさんが、裏工作でハッキングしてチチンプイプイなんて魔法使ってるんじゃないのかなぁって思うんですよねぇ~」
目を見開きフリーズするギリコ。一瞬、目が泳ぐ。
「そ、そ、そ、そんなわけないじゃないですか。
お、お忘れですかアラトさん、そもそも第一回戦はネコ耳メイド相手に負けていますよ。そんな負ける相手と組ませるわけ、な、な、ないっスよねぇ~」
(いや、第一回戦は、単に情報不足でそうなっちゃったんじゃないかと勘繰ってますけど……)
アンドロイドの目が泳ぐとか、どんだけ怪しいねんと思いつつ、アラトはこれ以上の追求、事実解明をしないことにした。
「そだね。ごめんねギリコ、怒んないでね」
「いえ、だ、大丈夫です。それではわたくし、これで失礼します」
ギリコはそそくさと部屋を出ていった。
玄関ドアが閉まるのと同時に、アラトは疲れ切ってベッドに仰向けで倒れ込む。
「はぁぁぁー、今日一日疲れたぁぁぁ~。誰かに恋するって、こんなに疲れるんだっけ?」
アラトは仰向けのまま天井をしばらく見つめた。
二人は、ごくごくありきたりな生活の中で生まれた人間関係とはまったく異なる。そもそも人間と機械だし、被支配者と世界支配者だし、草食系男子と超絶美人だし。
禁断の恋。尋常ならざる恋。真っ直ぐ進めない恋。だからこそ、いっそうドキドキが高まるのかもしれない。これも『ロミオとジュリエット効果』みたいなものなのだろうか。
「あ~、あかん! メッチャ充実感がある! 誰かを好きになったって認めるだけで、こんなに幸せ感じるもんなんすか?」
手足をバタつかせ、ベッドの上で悶絶し暴れる。
「問題は、いつ告白するか。ギリコが任務達成したら、もうそこで終わりとか、そんなんナシにしてほしいぃよぉ~」
アラトの独り言&悶絶はしばらく続いた。
§ § §
56.2 大会三十四日目の朝 アラトの部屋
フェイク太陽の朝日が昇る。
昨晩、さんざん興奮しまくったアラトは、当然夜遅くまで寝つけなかった。
「アラトさん、おはようございます」
ベッドの中で起こされ、パチッと目を開けると柔らかく微笑むギリコの顔が視界に入ってきた。
「おう! おはよう、ギリコ。今朝はいつもより早くない?」
「はい。アラトさんががんばっているので、わたくしもがんばろうと思いまして」
ギリコに布団を剥がされ、ベッドから引きずり出されるアラト。起き上がると、ダイニングテーブルの上にいつものモーニングセット一人分が準備されているのに気づく。
「あれ? モーニング注文してくれたんだ」
「いえ、これはわたくしが作りました」
「へぇ~、そうなんだ。わざわざありがとう!」
「はい、ホテルのモーニングセットと遜色ありませんわ」
「ちょっと待って、顔洗ったら食べるから」
「はい、お待ち申し上げております」
アラトが洗面所に行くと、ギリコがイソイソと後ろに追従する。顔を洗い終わると、ギリコがニコニコ笑顔でタオルを差し出してくる。
トイレに行こうとすると、真後ろに張りついて一緒に入ろうとする。
「こらこら、ギリコさん。外で待ってて」
「はい」
アラトがトイレに入ってドアを閉めた瞬間、ギリコがドアをコンコンとノックした。
「もう、終わりましたか?」
「いや、今入ったばっかだわ!」
「そうですか、もう終わったとばかり……」
「そんなわけあるか! とにかく、ギリコの急かす気持ちはわかったから、もうちょっと待ってよ」
「はい、かしこまりました」
アラトがトイレから出て椅子に座ると、まだかまだかとギリコが目で訴える。
「じゃ、ギリコの愛情味わってみるかな。いただきまーす」
アラトがサンドイッチを口まで運び頬張るまでの動作を、目をキラキラさせながらジィーっと観察するギリコ。
「うんうん、うまいよ、ギリコ! 間違いなくモーニングセットよりうまいよ!」
上機嫌でアラトがモグモグ食べ始めると、ギリコも安心して胸を撫で下ろした。
「ギリコ、ありがと。もう一人で料理してもバッチリじゃん! 朝からこんなおいしいもの作ってもらえるとか、ギリコはいい嫁さんになれるよ」
ギリコが小さく、きゃ、と声を出し、モジモジと身体を揺らして頬を赤らめる。
「面映ゆいですわ」
アラトは自分が吐いたセリフに自ら照れてしまい、コーヒーをこぼしてしまった。ドキドキが止まらない。
そんなこんなで、いよいよ第三回戦第一試合、勇者シン・ガイディーンと麗倫の試合が始まろうとしている。
【作者より御礼】
数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
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