第五十章 主人公VS魔法少女 その4
50.7 主人公VS魔法少女 試合模様その六 主人公側
数分前のこと。
アラトは必死になって砂嵐地獄に耐えていた。
この強烈な砂嵐がとにかく痛い。身体の大部分はパワードジャケットで守られているが隙間も多いし、インナースーツが守っているにもかかわらず、小石の直撃はさすがに痛い。
事前にギリコが説明していた通りだ。
そして顔。ハーフヘルメットにゴーグルなので口が剥き出しになっている。両手で顔を守りながら凌げる場所を探す。が、砂嵐が襲って来ない場所はどこにもない。
とにもかくにも耐えながら、敵に見つからないよう、廃墟ビルの崩れていない隙間に身を隠していた。
しばらくして砂嵐が収まった。シーンと静まり返る廃墟の街。
しかしそれは嵐の前の静けさだとアラトはわかっている。いやむしろ、アラトの作戦上、嵐は次々と襲ってきてもらわないと困るのだが。
案の定だった。
この狭い密閉空間の天井付近に、暗くて濃厚な雨雲が急速に広がり始めた。自然環境下ではありえないスピードで。
なるほど次は豪雨なのか、とアラトは思い、ふぅ~と溜息を漏らす。
ザァーという轟音とともにドシャ降りが始まった。おそらく1時間当たりの降水量が100mmを超えるくらいの勢いだ。
廃墟ビルの屋上から荒れ狂う水流がドッと押し寄せてきた。
飛行ジェットシューズが水に浸かっているので飛行もできない。
パワードジャケットのパワーで無理矢理脱出しようすると、膝から下がちぎれてしまいそうになる。水流の高さが膝くらいまでに達すると、相当な水圧なのだ。
アラトは抵抗するのを諦め、小型レギュレーターを咥えて呼吸しながら、水の流れに身を委ねた。
廃墟ビルの窓から滝のように流れ出る雨水と一緒に、アラトが流れ落ちる。地表へと落下し雨水の流れに身を任せていると、まるで観光地のアクティビティ『川下り』のように、ある地点に向けて流されていくではないか。
雨水は闘技場の真ん中辺りで大きな渦を描いている。
渦の中心にお風呂の排水孔でもあるのだろうか。ゴォーという勢いとともに雨水が渦の中心に向かって吸い込まれているのだ。いったい何が起きているのか。
アラトはその排水孔に吸い込まれた。
小型レギュレーターがあるといっても肺の呼吸動作が難しくて苦しい。全身がギューっと雑巾のようにねじられ、ちぎれてしまいそうな感覚だ。パワードジャケットを装着していなければ、実際そうなっているに違いない。
あまりにも苛酷な状況に意識が遠のく。一瞬、気を失いかけた。いや、おそらく本当に数秒間失神したに違いない。
どのくらい時間が過ぎたのだろうか。5分か10分か、アラトにはわからない。
急に渦巻く水流が静まり、大量の雨水もどこかへと消え失せた。排水孔から全て排水されたのだろうか。そもそも闘技場にこんな大きな排水孔があるとは思えないが。
立ち上がろうとすると、下半身が砂に埋もれていることに気づく。周囲を確認すると、アラトの身体はすり鉢状になった土砂の真ん中で埋もれていると理解する。そう、それはまるで蟻地獄にはまった蟻と似ているのだ。
アラトは一連の状況を想像してみた。
おそらくだが、この蟻地獄のような部分が雨水の排水孔の役割を担っていたのだろう。そして蟻地獄にはまることで、肉体がねじ切られるような圧力に襲われたに違いない。
大量の雨水はどこに消えたのだろうか。
あれだけの豪雨を一瞬で生み出す魔法なのだから、逆に一瞬で水を消滅、あるいは蒸発させることも可能なのだろう。
こんな天変地異じみた災害級の魔法を連続して繰り出すのだから、いかに対戦相手の魔法少女が凄いのかよくわかる。感嘆せざるを得ない。
上を見上げると、4人の精霊と魔法少女が蟻地獄の縁に並んで、アラトを見下ろしていた。
「わたくしはカドリィ様にお仕えする火の精霊サラマンダー。悪いことは申しません、そろそろ降参しなさい。でなければ本当に死んでしまいますぞ」
「さぁ、もう諦めなさい! お姉さんの言うことを聞いたほうがいいわよ」
「わたしも皆さんも全員怒っていますわ。逃げ回るばっかりのあなたに。これ以上、怒らせないほうが身のためですわ」
「ボクもさぁー、久しぶりに気分悪いんだよねぇー。絶対、降参した方がいいよ、じゃないともっと酷いことになっちゃうからぁー」
4人の精霊が口々に降伏勧告してくる。
アラトも思わず、そのほうがいいかなと一瞬思ってしまったが、そんなことはしない。まだ作戦遂行中なのだ。
魔法少女とはっきりわかるコスチュームの少女が苦しそうな顔をしながら、アラトに話しかけてきた。
「お兄さん、わたし覚えてるの……。最初に手を振ったら、お兄さんも振り返してくれたの……。お兄さん優しい人なの……。だから降参してきゅ、ください……、お願いでしゅ。わたし、わたし、お兄さんをこれ以上苦しめたく……ないのぉ!」
魔法少女の目に涙が溜まっていた。本当にアラトのことを気遣っていると伝わってくる。
「僕は……」
アラトは言いかけて途中で止めた。諦めるつもりはないと言いかけて。
蟻地獄からの脱出方法はある。地中に埋もれている飛行ジェットシューズをフルパワーにした。同時にパワードジャケットのパワーアシストを全開、両手を地面に押し当て埋まっている下半身を抜き出す。
蟻地獄からいっきに脱出すると、ジェット噴射で空中に舞い上がり、すぐにパワードジャケットをパージした。パワードジャケットを構成するパーツが身体から分離し地面に落下する。
飛行ジェットシューズとハンドレーザー銃だけ残し、身軽となったアラトは急激に加速して蟻地獄の外へと降り立つ。どうにか脱出に成功した。
着地と同時に飛行ジェットシューズがプスプスと煙を上げ故障したことに気づく。すぐにシューズもパージした。
風、水、土の三人の精霊が宙を舞い急接近すると、あっという間にアラトを取り囲んだ。火の精霊だけは魔法少女の正面に立つ。
アラトは残る唯一の武器、ハンドレーザー銃を構え魔法少女に向けた。しかし火の精霊サラマンダーが立ちはだかる。火炎弾でどうとでも対処されてしまうことはアラトも認識している。
「お、お兄しゃん、ど、どうかお願いでしゅ……。もう止めて……」
魔法少女が泣き崩れ地面に倒れ込んだ。
「お、お嬢様、大丈夫ですか!」
四つん這いになったまま顔を上げると、大泣きしながらアラトに目を向ける少女。
「お兄しゃんが死んじゃうの……。最後の魔法をちゅかうと、お兄しゃんが死んじゃうの……。だから、もう止めてほしいの……お願いだから……」
アラトも涙目になってきた。まるでもらい泣きだ。
まさかこの大会の対戦相手が対戦中であるにもかかわらず、泣いてまでアラトの身を案じるとは思ってもみなかった。
「僕は……諦めるつもりはないんだ……」
「お願いでしゅ……、お願いでしゅ……」
「ゴメンよ……。ゴメンなさい……」
泣き崩れる魔法少女をよそに、4人の精霊がアラトに向けて手を突き出す。魔法を放つためのポーズだろう。
「ここまでです。忠告は十分しましたが、あなたは強情すぎですな。我々精霊4人の合体魔法『雷炎雹砂真空旋風陣』を耐えられる人間はおりません。お嬢様を悲しませた罪は重いですぞ」
火の精霊がアラトをにらむ。
「わかった。やってくれ、覚悟はできてるから」
アラトは構えていた腕を下げ、両目をつむった。魔法少女の嗚咽を漏らす声が聞こえてくる。
さすがに怖い。『雷炎雹砂真空旋風陣』という奥義名だけで、どんな怖いことになりそうか想像できてしまう。
4人の精霊が同時に呪文らしき声を発した。
目をつむったアラトも気配を感じる。アラトを中心に局地的な竜巻が発生している。強烈な旋風がアラトの肉体を捉え、両足が地を離れた。
インナーシャツが切り裂かれる感覚。剥き出しの顔が傷つき血塗れになる。
もうダメだ、と思った瞬間、唐突に旋風が収まった。激しかった風切り音も完全に止んでいる。魔法少女の泣き声も聞えてこない。
アラトはゆっくりと目を開けた。周囲を見渡す。
精霊はどこにもいない。魔法少女が地に伏せている。気絶してしまったようだ。
アラトは少女のもとに駆け寄り、抱き起した。やはり気絶している。疲れて気を失っているはずだが、穏やかな表情。頬が涙で濡れたままだ。
「ゴメンね。せっかく僕のために……」
全てはギリコの作戦どおりだった。
ギリコいわく。
四大元素の精霊は偉大な存在。その魔法は天変地異を起こせるほど強力な魔術だが、強力すぎるがゆえ、魔力消費も相当激しいという見立てだった。
要は、逃げて逃げて逃げまくって、魔法を無駄撃ちさせるというのが作戦の基軸だったのだ。
それは大正解だった。
魔法少女は、最終的に魔力が枯渇したために気絶した。そして召喚主の魔力不足のため精霊は姿を消してしまった。
つまり闘技場が存在する現実の世界に留まることができず、精霊界に戻らざるを得なかったということなのだ。
魔法少女の体力が回復しさえすれば、魔力も精霊も復活できるはずだが、少なくとも一日は無理だろう。
とはいえ、実際にはアラトも大きな賭けをしている。どの時点で魔力が枯渇するかわからないわけだから。もし最後の魔法を行使しても魔力が続いていたならば、アラトは死んでいたかもしれない。
ともあれ。
アラトは静かに泣いていた。涙が顔の傷に沁みて痛かった。少女を優しく抱え、何度も、ゴメンね、とつぶやきながら。
それからしばらくして、大会運営がアラトの勝利を告げる。
尾暮新人、第三回戦進出!
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50.8 魔法少女カドリィ・ジニーサ・マンサ
魔法少女カドリィ・ジニーサ・マンサは、もともと魔法世界——ほとんどの人間が魔法使いという異世界——の住人だった。
元の異世界では最強の魔力を有する王家の娘であり、職業は精霊使い。そのため、王家を襲撃してくる魔物を撃退することが多かった。
二年前に魔物と交戦中、本人の意思とは関係なく異次元へのゲートを偶然くぐってしまう。結果、その魔法世界から転移して地球にやって来た。
その地球はアラトが住む地球のパラレルワールド、つまり並行世界の地球である。
転移先の地球では人間社会に溶け込みうまく生活している。精霊が家族を演じ、中学に通うことができた。実体のない精霊が存在しているように幻覚で周囲に見せているのだ。
地球での生活が気に入っており、このまま生活を継続してもいいと思っているが、故郷と両親も恋しいので、元の世界と地球を行き来できる能力を欲している。
それが、この大会に優勝した場合の望みであり、参戦した理由だ。
魔法少女のコスプレは彼女の趣味。テレビ番組の魔法少女にあこがれてマネをしている。
彼女は地球上の人類と比べ、成長速度が半分の人種。そのため、本当に中学生くらいの思考と体格を有する。
が、実年齢は……、内緒にしておきたいが……、28歳だ。当人に代わり、ゴメンなさい。
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50.9 精霊界
もっとも大きな括りの世界——この世もあの世も一切合切含めたあらゆる概念からなる世界の全集合体——を『オムニバース:Omniverse』と呼称している。
そして『オムニバース』は、物質界と非物質界の二つに分けられる。
精霊界は、悪魔の住む魔界と同じように、非物質界に該当する。すなわち、生物の住む物質界——多元宇宙『マルチバース』と同義——に属さない。
精霊界にはさまざまな精霊が存在するが、全ての精霊がアストラルボディという精神エネルギーが主体となる世界だ。
魔法少女カドリィは、王家の娘としてもともと住んでいた異世界からも、現在住んでいる並行世界の地球からも、同じ四大精霊を召喚できる。
つまり、精霊界は多元宇宙『マルチバース』のどの世界ともつながることができるという特徴があるのだ。
【作者より御礼】
数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
【作品関連コンテンツ】
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