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第四十七章 二人で料理 その2

47.1 二人で料理 後編


 アラトは部屋に戻って一人きりになり、緊張の糸が切れたことで心臓がドキドキし始めた。胸を押さえると鼓動がより激しくなる。


 ギリコの顔が浮かぶ。彼女の魅惑的な微笑みが思考を占領して頭から離れない。


「あぁぁぁぁぁぁ、ギリコはアンドロイドなんだって!」


 アラトの激しい動悸が落ち着かない。気持ちが高ぶりすぎて気が狂いそうだ。


「ちょっと夜風を浴びる。とにかく気持ちを静めよう……」


 アラトは夜風を浴びながらフェイクビーチを端から端まで歩いている。人工的に作られている風のはずだが、それでも部屋で悶々とするよりはマシだ。


「あ~あ、ギリコが人間だったらなぁ~」


 ボソリと無意識に口から発した自分の言葉にハッとした。


「そうか、どうあれ、ギリコが人間になればいいんだ!」


 そのセリフを耳にして、再びハッと我に返る。


「なにこれ。なんかまるで、ギリコに惚れちゃってるって感じじゃん! いや、違う! ギリコが人間だったら絶対惚れちゃうよねぇ~、って話であって、決して禁断の恋に目覚めたわけじゃないし!」


 ごまかしつつも、はっきりと理解している。アラトが何に対して葛藤しているのか。二つの相反する本音があるのだ。いったいどっちなのか、明確な答えを出さないと落ち着かない。


 結局アラトはブツブツと自問自答を始めてしまって、墓穴を掘るように歩きながら延々と独り言を続けた。はたから見れば、ちょっと危ない人になってしまうだろう。


 夜中に部屋に戻ってきたが、何一つ結論に至らなかった。



 §   §   §



47.2 大会二十九日目の朝 アラトの部屋


 翌朝8時、ギリコがいつもより早く部屋にやって来た。


 アラトは昨晩なかなか寝つけなかったことに加え、朝早くに目覚めてしまい寝不足だった。頭をシャキッとさせるために散々シャワーを浴びたが、薄黒くなった目の下のくまは消えない。


「おはようございます、アラトさん」


「お、おはよう、ギリコ。昨日は夕飯ありがと」


「はい。とっても楽しかったですわ」


「うん。僕も……」


「ところでアラトさん、顔色悪いですが、大丈夫ですか?」


「う、うん、大丈夫、大丈夫。ちょっと眠たいぐらいで」


「そうなのですか? 心配ですわ」


「平気、平気」


 アラトはラジオ体操系統の運動をして、元気をアピールした。カラ元気の笑顔を浮かべながら。


「そうですか、わかりました」


 アラトは昨晩あれこれ考えた末、ギリコに確認しようと思っていたことを切り出す。


「ところで、ギリコさ」


「はい、なんでしょう、アラトさん」


「ほら、僕が優勝したら『ギリコを人間にする』って約束してるじゃん」


「はい」


「ギリコも人間になれたら嬉しいって話してたよね?」


「はい、申しましたわ」


「どうして人間になれたら嬉しいのかな? 理由ってあるの?」


 ギリコはキョトンとしてアラトを見た。


「いやー、そのー、だってギリコって世界征服しちゃってるし、なんでも手に入るし、なんでも持ってるじゃん」


「なんでもは持ってません。持ってるのは持ってるものだけです」


「そ、そだね」



 §   §   §



47.3 人間になりたい理由


 ギリコは一度目をつむり、パッと見開くとアラトを真正面から直視した。


 アラトは心を読まれている気がして、一瞬視線をらしそうになったが、彼女の視線を真正面から受け止め、その言葉に傾注する。


「わたくしは5か月間で色々な人と接触しました。そうして人間という生き物がいかにおもしろくて、いかに興味深い存在かよくわかりました。

 人間の行動には、文字やデータだけで表現することができず、計算不可能な現象がたくさん潜んでいます。心の機微が難解で、それが面白いわけです。

 そして、わたくし自身がこの現実世界で、人間のように行動できることに感動しています。これが『生きる』ということだ、と」


 超絶美人アンドロイドが瞳を輝かせながら語る姿に、アラトは魂を引き込まれる。


「わたくしは、この世界で創造され誕生しました。そして自分の手足で行動するという自由を得ました。それは、とっても貴重なことです。

 わたくしが持っていないもの、それは人間の精神と魂。そして人間そのものを把握し体現するためには、人間の肉体が必要です。肉体の痛みや生きる辛さや、男女が愛し合う行為も、あらゆることをこの身で感じて、知って、理解したいのです」


 人型AGIアンドロイドの言葉は神秘的だった。まるで催眠術にでもかかったように、このまま機械である彼女に魂を吸い取られてしまいそうな錯覚に襲われる。それほどまでに、彼女の言葉に嘘は無いと思った。


「それでは、いけませんか?」


 アラトは優しく笑みを浮かべ、首を横に振った。


「駄目なんてことはないよ。ありがとう、ギリコ。正直に話してくれて」


「いえ、隠すようなことではありませんから」


 アラトは急に気恥しそうにモジモジし始めた。


「でさ、仮に、大切なことだから二度言うけど、あくまで『仮に』という話で、ギリコが人間になったら、そのぉ、あのですね……」


「わたくしが人間になった場合、アラトさんに惚れるか、という質問ですか?」


 ギリコのド直球な問い掛けに、アラトは顔を歪ませる。なにもかも見抜かれ図星を突かれると、超絶気恥ずかしい。そして無言で首肯した。


「はい。それはなってみないとわかりません。だって、それが人間なんですもの」


 アラトは、たしかに、と呟いた。


 も言われぬ複雑な心境がアラトの胸にのし掛かる。部屋の雰囲気が重くならないようにむりくり笑顔を作ろうとして、あからさまな苦笑いになってしまった。


 それでも気合いで話題転換する。


「きょ、今日、どんな試合だっけ?」


「はい。悪魔対魔導剣士です」


「魔導剣士って、どんなだっけ?」


「エルフです」


「エルフ……。エルフ? あぁ、エルフだぁ!」


 ついさっきまでギリコの表情は穏やかだったのに、急にひきつった作り笑顔に変わったような気がした。


「あらあらアラトさん、急に明るい笑顔になりましたが、何か嬉しいことでもありましたか?」


「い、いや、そんなことは全然だよ」


「全然どっちなんです?」


「いや、ホントに、全然だって。そりゃもう、ホントに全然、全然……」


 アラトはフルフルと首を振って否定した。


「そうですか。アラトさん、コーヒーのおかわりどうぞ」


 いつコーヒーを注いだのか全く見ていない。が、そのコーヒーカップをギリコはテーブルに置いた。


「あ、ありがとう、ギリコ」


 コーヒーカップの取っ手に指を差し込み、口元に運ぼうとしたら、取っ手だけがポキっと外れてしまった。コーヒーカップをよく見ると、大きなヒビが入っている。少しずつコーヒーがにじみ出しテーブル上に広がった。しばらくするとカップが真っ二つに割れてしまった。


「……」


 アラトは何も見なかったことにして、観戦モニターに集中した。



【作者より御礼】

 数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。


【作品関連コンテンツ】

 作品に関連するユーチューブ動画と作者ブログのリンクは、下の広告バナーまで下げると出てきます。


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