第四十七章 二人で料理 その1
47.1 二人で料理 前編
第二回戦第四試合が終了した。
超人VS吸血鬼、見応えのある対戦ではあったが、アラトはそれよりも今晩の料理が楽しみで仕方なかった。
「ギリコさ、今日の料理って何作る予定?」
「はい、アラトさんの好物をおっしゃってください」
「え~と、ん~、じゃ、ありきたりだけどハンバーグで」
「ハンバーグなんて、ホテルのメニューにあるじゃないですか」
「そだね。そもそも何を作る気で材料準備してんのさ?」
「お肉、お魚、お野菜、食用昆虫……などなど、何にでも対応できるように」
「わかった! あり合わせで僕が決める! 昆虫食は無しでお願いします」
アラトは大きくバッテンマークを作った。
「そうですか、大量に仕入れたのですが残念です」
「まぁ、最初なんだから、肉野菜炒めとかで簡単にしようよ」
「かしこまりました、料理長殿」
「オッケー!」
「では、夕方5時にわたくしの部屋にいらしてください」
「了解!」
◆ ◆ ◆
昼食を独りで適当に済ませ、アラトが部屋でボォーっとしていると、インターホンが突然鳴った。
玄関に出てみると、昨日義理子先輩にお願いしていたノートパソコンの配達で、ホテルの配膳ロボが運んできていた。
アラトは早速新品のノートパソコンをセットし電源をオンにする。残念なことだが、インターネットには接続できない。
一応ワープロソフトはインストール済みなので、ワープロを開いて執筆を始めようと思う。
アラト自身、小説など一度たりとも書いたことはないので、これまで起きた出来事を箇条書きでメモ風に残していった。ノンフィクション小説なのだから、ギリコに相談しながら執筆していけばいいやとアラトは思った。
◆ ◆ ◆
夕方17時、アラトはギリコの部屋へとやってきた。
「アラトさん、お待ちしていましたわ」
「うん」
相変わらずギリコのビジネススーツ&エプロン姿がかわゆい。
「じゃ、夕飯作ろうか!」
「はい、では、キッチンのほうへ」
「うん!」
キッチンで二人並ぶと新婚さんムードが漂って、つい頬の筋肉が緩んでしまう。アラトでなくとも、こんな美人が新妻だったりしたらハッピーオーラ全開に違いない。
「アラトさん、ニヤニヤして何かいいことでもあったのですか?」
「いえ、何もありません」
アラトは耳まで真っ赤にしてソッポを向いた。
なんというか、とにかくギリコの自然と振り撒く乙女チックオーラ、無意識なのか狙っているのか区別できない小悪魔ビーム、ちょっとした仕草もなにげない表情も全てひっくるめて、日に日に女性の魅力がパワーアップしているのだ。
(何度も繰り返すが、ラブコメ・ディープラーニング恐るべし!)
ちょっと興奮しちゃってるアラトの心情はギリコにバレバレなのだろう。口元を軽く手で隠し、クスクスと遠慮がちに微笑んでいる。
手料理はメインデッシュの肉野菜炒めをアラトが豪快に炒めた。炒め物の材料はギリコが準備してくれたので火を通すだけ。調理中にギリコがタイミングよく調味料を手渡してくれるので、ますます新婚さんムードが高まってしまう。
肉野菜炒め以外の料理はギリコが調理してくれた。さすがAIといったところか。想像通り、調理手順はテキストどおりで完コピができてしまう。
前回の痛恨のミスは、アンドロイド自身が料理を堪能しないことが起因となっている大チョンボにすぎない。
味覚センサーを備えてはいる。しかし人間が料理を味わう前提として、『料理は別々に味わうから個々においしい』などということはテキストに記述が無い。当たり前すぎる話だから。
そういう意味では、彼女がアンドロイドであることの証明なのかもしれない。
二人が作った料理をテーブルに並べる。アラトが料理を味わい、ギリコも一緒に座ってアラトの満足する姿を眺めている。
「おいしいよ、ギリコ」
「良かったです。これで、前回のリベンジが果たせましたわ」
「うん、そうだね!」
「はい!」
満面の笑顔を見せるギリコ。
アラトは食事を終え、お茶をすすって雑談を始めた。
「そういえば今日、ノートパソコン届きました。義理子先輩、ありがとうございます」
「いえ、わたくしは注文しただけですから」
「そんでね、小説……」
ギリコがギギギと首を回してよそを向く。
「そ、そんな嫌がらなくていいじゃん!」
「わたくしも忙しいのです。早いとこわたくしに惚れてください! そうすれば暇になりますわ」
「わかった、がんばる!」
「その即答、絶対嘘です!」
「と、とにかくがんばるから、ノンフィクション小説の書き方教えてよ!」
「わたくしも知識はそんなにありませんが。まずプロットを作成するのが基本ではないでしょうか。物語の起承転結をどうするのか決めます。
ノンフィクションですから出来事の詳細を記録する必要があると思います。それと登場人物、世界観、場所、舞台など、物語を形成する各種ファクターやアイテムの細かな情報収集が必要になってくるでしょう」
「ふ~ん、わかんないけどわかった!」
「やる気がないことは、とってもいいことですわ!」
「うん。すでに、無理ぃ~、って気持ちが膨らんでます」
「人間、諦めも肝心ですわ」
「まぁ、のんびりやっていきます……」
ギリコがかわいく笑顔を作って話題を変える。
「それよりも、アラトさんのこともっと知りたいですわ」
「そうなの? 何を知りたいわけ?」
「はい。わたくしとデートするなら、どこに行きたいですか?」
アラトは予想外の質問にキョトンとした。
「ここじゃなく、現実世界で?」
「はい! どこでも構いませんわ」
「ん~~~、そうねぇ~~~、じゃ……」
「わたくし、水族館がいいです!」
ギリコはアラトの回答を遮って話しだした。
「まずは水族館。遊園地なんかもいいですわ。ソフトクリームとかクレープとか一緒に食べたり」
「えっ、ギリコ食べたりできな……」
「それからそれから、映画を一緒に見たりぃ~、プールでエンジョイしたりぃ~、水着を一緒に買いに行ったりぃ~、まだまだ他にも……」
おそらく、ラブコメ・ディープラーニングで学んだカップルのデート内容をリストアップしているのだろう。単なるデート一覧の発表なのか、本気で行きたいという気持ちがあるのかは謎だが。
ギリコの『やりたいことリスト』の発表はずっと続いた。やがてギリコの瞳が輝き始め、徐々に夢中になってくる。彼女が語り続ける夢物語を、アラトはずっと黙って聞いている。
「……そして、結婚式を挙げます。ギリコは花嫁になります」
ギリコの語りはそこで止まった。『誰と』という部分を口にせず。
そして、吸い込まれそうなほどに美しい瞳をアラトに向け真っ直ぐ見つめている。彼女の眼球にアラトの姿を映す。その相手は『あなたです』と目が訴えている。瞳の奥底には純粋な光が宿っているように感じられた。
アラトは狼狽して視線を逸らした。
彼女の、ギリコの、そのアンドロイドの魅惑をどこまで信じればいい? こんなの卑怯だよ、そんな綺麗な瞳で見つめられて、オチない男なんてこの世にいないよ。
「ぎ、義理子先輩、いつかデートできたらいいですね。ぼ、僕は部屋に戻ります……。ごちそうさまでした」
それがアラトにできる唯一の抵抗だった。
そしてほとんどギリコの顔を見ることなく、そそくさと自分の部屋に帰ってきた。
そのままベッドの上に身を投げ、うつ伏せになってアラトは身悶える。
「最初から超絶美人だって言ってんだから、それ以上は反則だって!」
【作者より御礼】
数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
【作品関連コンテンツ】
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