第四十四章 未来人VS呪い その2
44.5 未来人VS呪い 試合模様その二 女子高生側 後編
スマホを構えるツキコ。霧が少し邪魔。全身の8割が見えるまで待つ。
今! カシャ! 心の中で叫び撮影した。
すぐに写真を確認、うまく撮れてる。
ホッとして安堵の顔を見せるツキコ。
真正面の男を見上げる。しかし何かおかしい。タキシードの向こう側が薄っすら透けて見える。
突如、遠くからバイクのエンジン音が響き渡った。
ビクッと反応し、思わず立ち上がってしまうツキコ。
「えっ?」
一瞬だった。
背後から誰かの手が伸びてきて左手の中のスマホが奪われる。同時に、右手首に銀色の手錠らしき腕輪がはめられた。
「きゃ!」
唐突に両足が地を離れ身体が浮き始める。文字通り、身体がフワフワと宙を舞っている。初めての感覚だが、それは重力を失って制御ができない状態、無重力だ。
「あっ、もう!」
下着が丸見えになりそうなので、空中で両膝を抱え込みセーラー服のスカートをしっかりと押さえ込んだ。
腕輪を外そうと試みたが施錠されている。
徐々に灰色の霧が晴れてくると蜂の羽音も収まり、その姿さえも消えていった。そして、霧の中登場した対戦相手の男も消えていなくなった。全ては幻影だったのだ。
会場内の視界を取り戻すと、バイクは最初の位置から移動していない。
背後にいた人物がツキコの正面側に回り込み、姿を見せた。本物のグレート・スミスがツキコのスマホを手にして立っている。
「すまない、お嬢さん。オレが本物のスミスだ」
「ちょっと、これ止めてください!」
「その腕輪は腕に付けると無重力になるという道具、オレにしか外せない」
「未成年の少女にこんなことしていいんですかぁ? 性犯罪です!」
「そうはいかない。敗北宣言をしてくれないと」
「そ、それは……。と、とにかく、スマホを返してください! それ大事なものなんです! 命より大事なんです!」
無重力状態でジタバタするツキコ。片手を伸ばしてスミスを掴もうとするが届かない。あまり暴れるとスカートがめくれてしまうので再びジッとする。
「わかっている。このスマホで撮られると呪いがかかる、そういう能力だと知っている。返すわけにいかない。」
「ど、どうしてそれを……」
「対戦相手の情報を収集するのは戦いの鉄則、勝利への近道。それに情報収集はオレの生業だ」
「そ、そんなの卑怯です! フライングです、反則です!」
「事前の情報収集はルール違反ではない。むしろ、そういった行動をしていない君が悪い」
無言でむくれ顔になるツキコ。
「君には申し訳ないが、やはり棄権してくれないか。その代わり、もしオレが優勝できたら、君の望みを何でも叶えよう。スマホの呪いを取り除くとかどうだ」
「ほ、本当ですか……?」
「オレが嘘をつくような男に見えるか?」
そう言いつつグラサンを外し、素顔を見せるスミス。30代半ばの金髪オールバック、なかなかのイケメンだ。シワ一つないシルバーのタキシードが、より彼の潔癖さを印象付けている。
「あなたを……、信用できます」
ツキコはやや恥ずかしそうに答えた。
「ほ、本当に約束してください、ツキコを……、わ、わたしを救ってくれるって」
「あぁ、約束する」
スミスの言葉は力強かった。ツキコは信頼するに値すると感じた。そして敗北を決意し声を上げる。
「あ、あの、運営さん! わたしの負けです! 敗北宣言します!」
しばらくして、グレート・スミスの勝利が放送により告げられた。
スミスは無重力を解除し、女子高生が怪我しないよう優しくサポートした。
「ありがとうございます。えーと……」
「スミス。グレート・スミスだ」
「わたし……わたしは貞神月子。ツキコって呼んでください」
「ツキコ。オレに勝ちを譲ってくれて感謝する」
「はい。こちらこそ、ありがとうございます。それから……、約束は必ず守ってくださいね」
ツキコは笑顔を見せた。本物の笑顔。この大会に参加して以降、ずっと怖かったのだ。今日の試合にも歯を食いしばって参加した。でも、もうその必要はない。命懸けの試合が終わって心底ホッとした。
「もちろんだ」
スミスは16歳の少女を両手で優しく包み込んだ。彼女も彼の抱擁に身を任せた。彼の優しさが体に染み渡る。
「パパ……」
ツキコはいつの間にか泣いていた。静かな呼吸音だけが聞こえる。二人の姿は、傍目から父娘に見えたかもしれない。それほどまでにツキコは心を許し安堵感に浸っていた。
未来人グレート・スミス、第三回戦進出!
§ § §
44.6 貞神月子
貞神月子は母子家庭の一人娘だ。
父親は、月子が5歳の時に目の前で強盗に殺された。当然それは月子のトラウマとなり、ずっと彼女を苦しめ続けてきた。
母親は決して娘を見捨てたりしなかったが、父の死後に母親が付き合い始めた新しい男が最悪だった。その男は酒癖が悪く、月子に暴力を振った。貧乏な暮らしをしていた母娘は、金銭面でその男に頼るしかなく逆らうことはできなかった。
そんなある日、母親に買ってもらったスマホでその男を撮影すると、不思議なことが起きるようになった。その男が酒におぼれて暴力を振るいそうになると、必ず何かの災いがその男に降りかかってくるのだ。
月子はそれが不思議で仕方なかった。
やがて、男の暴力度合いに比例し、災いの程度も過激になってくると、男はついに月子の前から完全に姿を消した。
呪いだぁ~、と叫びながら逃げ出し、二度と姿を見せることは無かったのだ。生きているのかどうかも月子は知らない。興味もなかった。
その後、撮影するたびに起こる不思議な現象に気づき始め、スマホの能力を理解するようになる。そしていつしか父親を殺した犯人を見つけ、『スマホの呪い』で仇を討とうと考えるようになった。
スマホに『撮影した人物に天罰を与える』という呪いがあるが、同時に使用者の『死に戻り』という呪いもある。
それは一種のチート能力なのだが、女子高生の彼女には精神的負担が大きすぎるのだ。
月子には父親の仇討ちの思いとは別に、スマホの呪いから解放されたいという思いもある。それゆえに、この大会の優勝報酬として呪いから解放されたいと願って参戦を決意した。
【作者より御礼】
数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
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