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第四十三章 嫉妬するAI その2

43.2 ギリコの料理初挑戦


 その日の夕方17時、アラトは約束どおりギリコの部屋に訪れた。


 インターホンを鳴らし中に入れてもらうと、ギリコがいつもの赤スーツの上に首掛けエプロンをつけている。お洒落なカフェバーのウェイトレスがつけていそうな、ピンクのかわいらしいフリル付きデザインだ。


 遠目からお姫様が着そうなキュートなドレスに見えなくもない。相変わらずの超ミニとなってしまうが。


(うぉぉぉー、反則技出たぁぁぁー)


 アラト的には職場の上司が新妻を演じるというエロい妄想が勝手に膨らむ。


 興奮気味のアラトに気づいたのか、ギリコはクルッと回って決めポーズ、ウインクしながら微笑んだ。


「どうですか、アラトさん」


「は、破壊力抜群です……」


「ウフフ」


 上機嫌になるギリコ。


 高級ホテルを思わせる豪華な部屋の構造は、アラトの部屋と同じ。キッチンエリアは独立した造りなので、調理したものをダイニングエリアに運ぶ必要がある。


 奥にあるキッチンに目を向けると、白い湯気が換気扇に吸われていくのが見える。生肉を調理した油っこい匂い、香辛料の香り、そして何かを煮込んだであろう部屋にこもる熱も感じる。


 アラトは大きく息を吸い込んで、料理の匂い堪能した。いや、堪能しようと思った。が、ちょっと変。おいしそうな香りというよりも、いろんなものが混ぜこぜになった匂いがするのだ。


「アラトさん、すぐにできますから、テーブルに座っていてください」


「ハーイ!」


 アラトは元気よく答えたが、キッチンの様子が異常に気になる。何を料理しているのか知りたい。確か、高級和牛ステーキをリクエストしていたはず。そしてギリコにとって、今回が料理の初トライという話だった。


「アホなこと訊くけど、ギリコは何も食べないんだよね?」


「アラトさん、わたくしが何か飲み食いしている姿見たことありますか?」


「ない」


「はい。食事はできません。そういう機能がありませんので」


「わかった。ごめんね、変なこと訊いて」


「いえ、大丈夫です」


 アラトはギリコと会話しながら、キッチンエリアへと足を運んだ。


 調理台の上には、様々な調理器具、多種多様な調味料、生肉、鮮魚や野菜など料理材料の切れ端、生ゴミなどが所狭しと散乱している。嵐が通り過ぎたのか、はたまた大勢の子どもが暴れたのか。


 料理の散らかりぶりは別に構わない。しかしもっとも気になるのは、ガスコンロに鎮座する謎の大きなお鍋だ。グツグツと煮込んでいる鍋の中味は鈍色にびいろ——濃いねずみ色——だ。そして、その鍋以外の料理はどこにも無い。


「ぎ、義理子先輩……。な、何を調理中なのでしょうか?」


 ギリコが満面の笑顔でアラトに向く。


「はい、よくぞ聞いてくれました! 五つ星高級レストランのフランス料理フルコースですわ! ご希望通り、メインディッシュは高級和牛肉を使用したステーキです! アミューズ、オードブル、スープ、ブレッド、メインディッシュ、デセール、ドリンクの全7品、調理法を完コピしていますので、ご安心して召し上がってください!」


「えーと…………」


 なるほど。おそらくギリコは嘘をついていない。フランス料理フルコース全7品とやらの一つひとつは、完璧に調理したに違いない。だが、しかし、最後の最後で致命的なミスをやらかしている。


「せ、先輩、もしかして、コース7品全部を一つの鍋で煮込んでます?」


「さすがアラトさん、お察しがいいです! ご覧の通り、七つの味をまとめて同時にたのしめる趣向となっています。非常に味わい深い鍋料理となっていますわ! 十分味わって、ご堪能くださいね!」


 ギリコ本人も大満足するヤッタ感丸出しのスマイルオーラを全身で表現した。アニメチックな後光がさしている。おそらく、十分煮込むことで胃の消化もいいぞ、と付け加えたいに違いない。


(ぼ、僕はこれにチャレンジできるのか!?)


 アラトは呼吸が苦しくなってきた。この大会始まって以来の、いや、人生始まって以来の、難易度最高レベルチャレンジだ。死ぬかもしれない。


(僕は、チャレンジするの? バカなの? 死ぬの?)


 無反応のアラトにギリコが反応する。


「どうされました? アラトさん。ご気分でも悪いのですか?」


「(うっ……、否定できない……)そ、そんなことは、な、ないよ……」


「そうですか。ではダイニングテーブルに運びますので、座ってください」


「は、はい……。(死刑判決確定……)」


 ギリコはコンロの火を消し、グツグツと煮えたぎっている鍋をよくかき混ぜて、ゴロゴロとした具材を大き目のスープ皿に盛った。そのままダイニングテーブルまで運び、アラトの正面に置く。


 灰色青春系薄グロ濃厚ポタージュと描写すればいいのか。スープ表面にギラギラと浮かぶ脂と炭酸らしき気泡の群れ、具材には肉、魚、野菜、パン、そしてショートケーキらしきスポンジも浮いている。


 そして油っこく甘くて酸っぱそうな得も言われぬ匂いが鼻を突く。食後のドリンクは甘~い炭酸飲料なのかもしれない。ウプッっと、同時に口と鼻を押さえたくなる。


「さぁ、召し上がれ」


 ギリコはアラトの正面に座り、瞳を輝かせてアラトを見つめる。それは、幼い子どもが生まれて初めて作った料理を親に食べてもらう時の気持ちと同じに違いない。彼女の期待感、ワクワク感が全身から放出され、早く食べて、と急かしている。誉めて、誉めて、と顔に書いてある。


 アラトはギリコの様子を唖然として観察しながら硬直していた。


(こ、これは、神が与えたもうた試練! これを乗り越えねば、優勝など望めぬという神のお告げ!)


 それからポタージュに目を落とす。全身から脂汗が噴き出す。


(そうだ! 取りあえず浮いてる肉片だけ食おう! スープ飲んだら、間違いなくディナー会場が惨劇と化してしまう!)


 ギリコが準備したスープスプーンで肉片だけすくい、液体をチョロチョロとスープ皿に戻す。


(いける、これだけならいける!)


 アラトは覚悟を決め、両目をつぶって肉片を口に放り込んだ。恐る恐るゆっくり咀嚼そしゃく……。肉片に十分沁み込んだスープの味が口いっぱいに広がった。


「ウグッ……」


 マズい! 吐き出したい! と、目に涙を溜める。


「アラトさん、おいしいですか?」


 無理! と、アラトは猛ダッシュしてトイレに駆け込んだ。


 この直後、トイレ内で起きた出来事の描写は、あえて控えるとしよう。脳内で、オーケストラによるクラシック音楽が優雅に流れているとご想像ください。


 しばらくしてアラトがトイレから出てきた。顔が真っ青だ。正面にはギリコが呆然として突っ立っている。


「ゴメン、ギリコ……。頑張ったんだけど、ダメだった……、ゴメンね……」


 突如ギリコが床に座り込み、手の平で顔を覆った。


「申し訳ありません! わたくし、とんでもないヘマをやらかしたのですね!」


「ギリコ……」


 ギリコがイヤイヤと首を振る。どうやら、ギリコ渾身の初料理が大失敗に終わったと悟ってくれたようだ。


 後悔の念にさいなまれ背中を丸め縮こまっているギリコの背中をアラトはさすった。


「その、僕がもっと根性あればよかったんだけど、辛抱できなくてゴメン」


「アラトさんは全然悪くありません。悪いのはわたくしです。わたくしがポンコツなのです……」


 アラトは床に座り込んでいるギリコの正面でしゃがみ、彼女の顔をのぞき込む。


「まぁ、人生初挑戦なんだから、失敗することだってあるよ。いいじゃん、また作れば。そうだ! 次は一緒に料理しようよ! 絶対楽しいと思うし、ねぇ、どうかな?」


 ギリコは涙目になっている顔をアラトに向けた。


「アラトさん、許してくれますか?」


「許すも何も、全然怒ってないし、気にすることなんてないよ! それより、どう? 一緒に」


「はい、ありがとうございます。ぜひ、そうしたいです」


 ギリコは笑顔になった。


「ヨシ、決まりだ!」


 アラトは一緒にキッチンの後片づけを申し出たが、ギリコが丁重にお断りするので、その日はそのままお開きとなった。



 §   §   §



43.3 大会二十七日目の朝 アラトの部屋


 翌朝、いつも通りの時間にギリコはやって来た。


「おはようございます、アラトさん。昨晩は申し訳ありませんでした」


 開口一番、ギリコが丁寧に頭を下げた。


「全然気にしてないです。次は一緒に料理しようね」


「はい!」


 アラトが笑顔を見せると、ギリコも応えるように微笑する。


 一方、気になるのは本日の試合。


 アラトには心配する気持ちがあった。それはスマホに呪われているという女子高生、貞神月子が出場するからだ。


 できることなら棄権してほしい。女子高生が命を懸けて戦うような場所じゃないと、アラトは心から思う。


 彼女の対戦相手、グレート・スミスとかいう未来人に対しても、そのクールさを含めて尊敬の念を抱いている。男のロマン満載で憧れるのだ。


 両者が血を流すような展開になってほしくないと、本気で願っている。



【作者より御礼】

 数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。


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