第四十三章 嫉妬するAI その1
43.1 嫉妬するAI
第二回戦第二試合が終了した。
謎のコピー兵器の驚異的な能力ですら、アラトの注目を集めていない。
そして珍しく、アラトもギリコも揃って無口だった。
ギリコが立ち上がり無表情にあいさつをする。二人が出会った最初の頃の印象だ。
「それではわたくし、これにて失礼します」
「ギリコさん、ちょっと……」
「はい。どのようなご用件でしょうか」
アラトはあからさまに不機嫌な口調で、ギリコを問い詰める。
「ゴホン……、昨日のお昼はどちらへ」
「ご安心ください。アラトさんに問い詰められるようなことはしておりません。」
「問い詰められるようなこととは、どんなことですかね、ギリコさん。例えば、イケメンとイチャつくとかですかね?」
「わたくしが誰と何をしようが、わたくしの自由です」
「否定しないんだ。認めるんだよね」
「さぁ、何のことでしょうか。もしかしますと、女子高生と手をつないでデートするとか、そういう行為を指すのでしょうか」
絶句するアラト。
(くそぉ~、月子ちゃんとのこと知ってんのか~)
無言で澄ました顔をするギリコ。
アラトは考える。回転速度の遅い脳味噌を一生懸命回転させて、なんとかギリコを問い詰めようとした。が、全然ダメだった。まったくもってダメだった。
「な、なんだよ、僕は、別に月子ちゃんとイチャイチャしたわけじゃありません! ちょっと悩み事を聞いてただけですぅ!」
「月子さんとおっしゃるのですね。アラトさんの新しい彼女は!」
「新しい彼女とかじゃないよぉ! なんだよ、ギリコだって、イケメンにデレデレしちゃって! どういうことだよ!?」
無言で澄ました顔をするギリコ。
「な、なんだよ、何か言えよぉ! 僕だってちっとも嫉妬なんかしてません! 全然してません!」
すると、急に火が付いたのか、エンジンが掛かったのか、ギリコが興奮し始めた。
「わ、わたくしだって、アラトさんが誰とデートしようが、イチャつこうが、嫉妬なんかしません! IQ10,000のアンドロイドですから!」
ギリコの興奮する姿を見て、まるで自分と同じじゃんかと思い始めるアラト。
(これ、嫉妬だよな。絶対そうだよ! ホントわかりやすい、嫉妬で間違いないぞ!)
「ち、違います。アンドロイドは嫉妬なんかしません」
と、ギリコはプイッと首をひねりながら、上擦った声で否定した。
急にニヤニヤし始めるアラト。立ち上がるなり、ギリコを指差した。
「ワーイ、ギリコが嫉妬してる! 僕が女の子とイチャついて、嫉妬してる! ワーイ、ワーイ、子どもみたい!」
「ち、違います! 子どもなのはアラトさんです!」
ギリコはムキになって否定しながら、アラトの部屋を出て行ってしまった。
アラトの部屋は、嵐が去った後のように静まり返った。
アラトは冷静になって、ギリコという人物——もちろんロボットではあるが——はいったい何なのかを考えてみる。
ギリコはまるで思春期の真っ最中でもあるかのように不安定な気性だ。アンドロイドのシステム性能が安定しているとは思えない。むしろ、人間の成長過程に似ているような気もする。
ギリコがアラトと毎日一緒に過ごすことで、アラトの性格や行動パターンに強く影響されていると感じる。
アラトが裏表なくギリコと接触することで、ギリコも感情を剥き出しにしたり、恋愛感情をぶつけられることで同じように疑似的な恋愛感情を抱いたりするのではないのだろうか。嫉妬心も然り。
それは人間の赤ん坊が、自分の親の行動や日常生活で接触する人間の行動を学びながら、そして模倣しながら、生きていく力を養っていることに非常に似ていると思う。
例えば、日本人の赤ん坊が、親が話す日本語を聞いて日本語が話せるようになることと同じ仕組みに違いない。どこか、ギリコを子どもっぽく感じる時があるのは、彼女がそんな成長の途上にあるからだと納得できてしまう。
ギリコが、いや、スーパー量子コンピュータGIRIKOが人として行動するプログラムの基本は、人間の模倣なのだろう。
人間社会と類似する環境下で人間と一緒に過ごし、共同生活を送り、その中で直接目の当たりにした体験を模倣する。自ら模倣したルーティンを、そのまま自分自身の行動記録としてデータ蓄積し、己の人間性を創造、拡張している。
アラトはこの仕組みを直感的に理解した。ギリコの行動を制御するシステムを。感情を生成するAIのプログラムを。
これまでのギリコの行動から憶測しているだけのことだが、おそらく間違っていないだろう。
(そういうことなら、こちらから謝ったり許したりする行動を示せば、ギリコもそうするはずだ!)
もちろん、ギリコがアンドロイドであるという事実は覆せない。また、ギリコ自身にアンドロイドとしてこの世に誕生した大義がそもそも存在する。従って、二人の禁断の恋が進展するとは到底思えない。
アラトはこの事実も直感的に理解していた。だからこそ、ギリコへの思いは『恋ではない』と信じているのだ。
それが意図的なのか無意識なのかは別として。
「さぁ~て、ほっとくとやっかいなので、手っ取り早くお詫びに行こう!」
アラトはギリコと仲直りするため、彼女の部屋に訪れた。
インターホンを鳴らすと、すぐにギリコがドアを開けた。
「なんでしょうか、アラトさん」
いまだ不機嫌顔のギリコ。
「ごめんね、ギリコ。僕が悪かったよ。謝るから許してほしい」
アラトは丁寧に頭を下げた。
ギリコは一瞬だけ驚いた表情を作る。アラトがこんなにもあっさり謝罪すると予想していなかったのだろう。
「いえ、わかっていただければ、それで結構です」
「じゃ、仲直りだね!」
「はい」
ギリコが気恥しそうな顔をした。嬉しいけど、それがバレたくない、といったような。そして、モジモジと話し始める。
「あ、あの……、アラトさん」
「なに?」
「実は、お約束しているわたくしの手料理を準備しているのです。今晩、もう一度、お部屋に来てくれますか?」
「ホント? ワーイ! 来る、来る!」
アラトは手放しで喜んだ。
「では、夕方5時頃いらしてください」
「了解!」
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