【第三章:構文破裂/心臓の真実】
翌日。
メルディア第六倉庫の地下には、構文の光も届かぬ闇があった。 ミリエルは息を潜めながら、ひとり、朽ちた階段を降りていく。 スケとカクは別ルートで進行中。目標はただ一つ。 ──リクトの心臓の行方。
地下室には、冷却装置と構文封印装置が複雑に絡み合っていた。 その中央に、ひとつだけ異質なカプセル。
ミリエルが開く。
眠っていたのは、確かにリクト本人。 しかし、彼の胸に構文の痕跡が刻まれていた。
《構文:不完全移植/魂因子の分離》
生体としては“生きている”。 だが魂は、心臓ごと誰かに移された。
──魂のない命。
それは、生かされたまま、尊厳を奪われた少年の姿だった。
「……こんなの、ただの合法的な誘拐じゃない」
*
同時刻、カクとスケはメルディア医療構文局の通信ノードに潜入していた。
「照合完了。移植先:ユーフェリア・カレドリア」 「……ザラム教国の元老院議長の娘、か」
ユーフェリア──“神の奇跡”とまで称された病弱な少女。 彼女の病を救うために、法王庁は“構文医療特例法”を発動していた。
《構文タグ:特例措置→魂移植/合法処理→貴族階級認定》
つまりこれは、法律によって正当化された“魂の奪取”だった。
スケが拳を震わせる。「それ、許していいのか……」
「許すかどうかじゃないよ」 ミリエルの声が、構文共有回線を通じて響いた。 「私たちが“どう壊すか”だけ」
*
その夜。 ミリエルは単身で〈カレドリア領構文病院〉に乗り込む。
そこには、最高の医療構文士たちが待ち構えていた。 そして中央の白いベッドには、ユーフェリアが静かに眠っていた。
彼女の胸──そこには、かつてリクトの心臓が。
ミリエルが近づいた瞬間、構文結界が展開。 自律型構文兵《オート=エゼキエル》が起動する。
「侵入者、識別──魔女ミリエル。対応レベル、最上位。抹殺を開始」
「やれやれ……やっぱり来るんだね、そういうの」
《構文:敵構文→ギャグ演出変換→頭身縮小→関節パペット化》 《構文:武装無力化/バトルBGMラップ変換》
空間がねじれ、白く輝く病室は突如“漫才ステージ”に変貌する。 構文兵はバグり、踊り出す。
「世界が君に微笑んでいるとでも? ……ちがうよ」 ミリエルはユーフェリアに近づき、囁く。 「君が笑ってるその心臓は、誰かの“祈り”を踏みにじってる」
ユーフェリアが目を開ける。 だが──その眼は穏やかで、美しかった。
「その子の……祈りだったの。わたしに生きてほしいって……」 「えっ……?」
ミリエルは一瞬、構文銃を下ろしそうになる。
「彼が意識を失う前、魂が言ってたの。“君が代わりに生きて”って……」
ミリエルの心に、微かな矛盾と迷いが走る。 だがその時、構文共有ネットに別の信号が割り込んだ。
《解析:当該発言──誘導構文による記憶変調の可能性/高》 《法王庁構文介入ログ:証拠隠蔽》
「──やっぱり、構文で書き換えられてる」
ミリエルの眼に再び炎が戻る。
「君は悪くない。でも、これを許した“世界”が悪い」
構文銃を構えるミリエル。 だが今度は、銃口はユーフェリアではなく──病院の中枢《構文脳髄》に向けられていた。
「この子の魂を取り戻す。そのために、全部壊す」
*
その夜、病院は“記号崩壊”によって沈黙した。 だが同時に、ユーフェリアの心臓は停止する。
彼女の命を救うため、ミリエルは新たな選択を迫られる。 ──もう一度、リクトの魂を戻せば、少女は死ぬ。 だが戻さなければ、リクトは“偽物の命”のまま囚われる。
祈りとは、誰のためにあるのか? 命とは、何に属するのか?
ミリエルは答えを出さぬまま、再び旅路へと戻っていく。
(つづく)




