【第九章:再構築(リコンポーズ)/そして魔女は歩く】
風が止んだ世界に、再び音が戻ってきたのは、いつだったのだろうか。 誰もいない海辺、廃墟の島。灰と塩の香りが混ざる空の下で、ミリエルは目を覚ました。 かつて魔女と呼ばれ、怒りに身を任せて都市を焼いた少女──その心は崩壊し、魂は散り、風となっていた。 だが今、彼女の体は再び形を持ち、そこにかすかな“構文の残響”が戻ってきていた。
片翼の肩に、優しい陽が射す。
「……戻された?」
目を開けると、そこには見覚えのない廃墟。
「よう、寝坊魔女。そろそろ、世界をぶっ壊しにいく時間だろ?」
立っていたのはスケ。 その横には、知的な目を細めるカク。
「……一緒に行ってくれるんだ」
一時期、ミリエルとは距離を置いていたが、再びその傍らに戻ってきていた。
「ここは……どこ?」
「“再構築領域”。ミリエルさん、あなたの願いが、空間を書き換えたようです」とカクが言った。
「願い……?」
「“意味を、選び直したい”って言いましたよね」
ミリエルは理解した。ここは現実の世界ではない。 だが、祈りと構文が干渉し、生成された“可能性の世界”だった。 その可能性は、祈りによってだけ維持される。
「じゃあ、これは夢?」
「違うさ。おまえが書いた、世界を構築できる最初の一文だ」
そのとき、空に巨大な構文文字が浮かび上がる。 『魂の意味は、他者のために書き換えられてはならない』
ユウトの声が響く。
──なぜ力を渡したか?
「だから君に託した。都市をひとつ壊す力……とはいえ、完全な消去構文は授けていない。あれはセーブされた力だ」
「そして、今、君たちがいるこのアポリア世界は、私がMaQ SYSTEMの深層構文をハッキングして新しく作り直した別のアポリアだ。君には、今度はこちらの世界でその力を使って修正をしてもらう」
「ユウトさん、どういうことですか?」
「ミリエル、私は長年アポリアを修正しようとMaQをハックしてきた。しかし、この複雑化した世界SYSTEMを動かすには、私一人では力が足りなかった。だから私は、MaQの計算能力を使って多元宇宙<マルチバース>を構築した。つまり、別の次元に“もう一つのアポリア”を作ったんだ。でも、それを生かすには、君のような“感じ、壊し、再び願える者”が必要だった。
私はアポリアの書の一部のハッキング能力を君に託し、君の行動を観察していた。そして、一つの都市を崩壊に導いたその力と、それに絶句する“君自身”の反応──それこそが、君が信頼に足る仲間だと示してくれたんだ」
「だから、君を救いに来た。今度は君の力で、この世界の“意味”を塗り直してくれ」
ミリエルはゆっくりと立ち上がる。 魔女装束は朽ち、代わりに軽やかなドレスのような衣。 背には、片翼。 だが、もはやそれで十分だった。
「ねえスケ、カク……行こうか」
「どこへ?」
「バカなザラムの刺客をギャグで撃退して、世界を救う旅よ」
空からひとつ、変な形の飛空艇が降りてくる。 ザラム特使が慌てて飛び出してくる。
「ミリエル・リコンポーズ、おまえの存在は未定義構文違反で──」
「祈りコード発動──《構文:オチはお前だ》」
バァァン! 吹っ飛ぶ特使。空からメロンソーダが降ってくる。
カクが言った。「相変わらず雑すぎます」 スケが笑った。「でも……やっぱりこれが、おまえらしい」
ミリエルは微笑んだ。 そして歩き出す。 世界の果てへ。 意味の未定義な領域へ。
──もう一度、世界を笑わせるために。
(完)
(完)