【プロローグ:魔女っ娘ミリエル、爆誕!!!世界は“私の正義”で書き換える】
この世界には、名前を持たない少女がいた。
詩的な表現ではない。彼女は、存在そのものがデータベースに記録されていない“匿名ユニット”。通貨債務によって魂の三割を担保にされ、記憶は雇用契約の中で分割担保として売られ、感情と痛覚は“構文”によって最適化されていた。
《構文:感情フィルタリング/疼痛抑制》 《構文:効率優先モード=ON》
それは、労働力として“最も扱いやすい状態”を意味した。 彼女の目には輝きがなかった。
場所は鉱山跡地の作業キャンプ。空気は薄く、酸素よりも灰が多かった。誰も名前を呼ばない世界で、誰もが魂を売って生きていた。少女もまた、そうして生きていた。
そんなある日──
銀色の外套を着た青年が、構文センサーの網を抜けて彼女の前に現れた。
「名前、欲しいか?」
声は静かだった。けれど、その一言は、彼女の“構文”を破った。
「……え?」
彼女はその瞬間、感情フィルタが一部解除されるのを感じた。
彼の名は──秋月ユウト。
異邦の旅人、そして“観測者”。その手には黒革の魔導書《アポリアの書》があった。
「この世界は、ねじれてる。神すら構文に従っている。 でもさ、それなら……書き換えればいいだけじゃない?」
ユウトの指先が書を撫でたとき、構文が彼女の体内に流れ込んだ。
《Protocol Omega 起動》 《全構文権限:付与》 《ユーザー認証:名無しの少女》 《スキル獲得:「歩くアポリアの書」》
魂に直接構文が刻まれた。世界の"文法"が彼女の中で意味を持ち始める。
「君の名前は──ミリエルだ」
その名を聞いた瞬間、空が裂けた。
*
変化は静かに始まった。 鉱山の看守たちが発した構文命令はすべてエラーを吐き、奴隷契約が無効化される。
《構文再定義:自由》 《構文削除:奴隷契約/所有権》 《構文更新:労働者 → 解放者》
ミリエルは静かに歩いた。だがその足跡は、世界の構文に亀裂を生じさせた。
魔女っ娘は誕生したのだ。 名を持たぬ少女は、いま──世界を“書く者”となった。
*
ザラム法王庁、構文管理庁地下六階層。 時刻は第七時刻。構文審問部の会議室には、結界術式と強制防音構文が張られていた。
「──構文異常、再検知。対象コード:Ω。」 「再定義不能な書換え権限……これは完全に“書”と同格だ」 「超SSS級、対象確認。コードネーム《アポリア・ウォーカー》。本庁記録では“歩く世界改変構文”」 「対応部隊を派遣せよ。構文アサシン班、即時出撃」
その夜、七体のアサシンが暗黒結界を破ってミリエルを急襲した。
ミリエルにとって、それが初めての戦闘だった。
鼓動が速まる。手のひらが少し汗ばんでいる。 目の前には、黒装束の構文アサシンたちが無言で刃を構えていた。
「……これ、まさか本当に殺しに来てる?」
彼女は緊張の中で、小さく深呼吸した。
「ええと、たしかユウトに教わったやつ……構文、使えるんだよね」
指を鳴らす。
《構文:時間停止 準備中》 《構文:演出優先度=ギャグ》
時間が一瞬だけ止まる。だが、うまく制御できない。 アサシンのひとりが動きを再開して、斬撃を放ってきた。
「きゃっ!」
反射的に後方宙返りしながら、叫ぶように呪文を叫ぶ。
「《構文:敵の威圧感=ゼロ》!」
その瞬間、アサシンの顔が豆腐になった。
「……なにこれ」
笑ってはいけない場面だが、ミリエルはこらえきれなかった。
「えっと……《構文:敵の攻撃力=紙》、ついでに《構文:演出=ツルツルスライム床》」
アサシンの足元が急にスライム状になり、次々と転倒、空中で三回転して頭から落下。
そして──
《構文:物理エフェクト=パンケーキ化》
ズドン! という爆発的な効果音とともに、彼らは団子状に潰れ、まるでアニメのギャグ回のように、パンケーキとなって空を舞った。
《効果音:ポワン☆/ぺしゃんこーん/パンッケーキ!》
「な、なにこれ……私、勝ったの?」
ミリエルは呼吸を整えながら、戦場を見渡した。
そこには、パンケーキと化した七体のアサシンと、構文エフェクトの残光だけが残っていた。
「ったく、ザラムのやつら、もっと面白いの送ってきなよ? 構文が泣いてるよ……って、何言ってんの私」
思わず笑ってしまった。
だが、その笑いの奥には、ほんの少しの確信が芽生えていた。
──私は、本当に“書き換えられる”かもしれない。
魔法陣が空中に走り、次元の縁が光り始める。
《構文:世界構造 解析完了》 《構文:統治構文 一時停止》 《構文:因果干渉レイヤー 書き換え準備》 《構文:世直し 起動》
その瞬間、世界の深層にある記述言語が震え、律動を変え始める。 政治、経済、宗教、暴力──すべての構文が、ひとりの少女によって“見直し”を余儀なくされた。
その日、世界は彼女によって“再起動”された。
──これは、世界をひっくり返すために書かれた、最初の一文である。