二話「ねこねこ子猫」
翌朝、俺は宿を後にして、イーヴィーと共に街の中心に向かって歩き出した。ギルドに行くかどうか迷っていたが、イーヴィーが提案してくれた通り、まずは冒険者ギルドに立ち寄ることに決めた。
街の中心部は思ったより賑やかで、広場にはいくつかの店が並び、人々が行き交っている。俺たちが歩いていると、すぐに「冒険者ギルド」と書かれた建物が目に入った。大きな建物の前には、武器を持った冒険者たちが何人か立っていて、彼らの目線が一瞬俺たちに向けられるも、すぐにまたそれぞれの話に戻っていった。
「ここだな」
俺が呟くと、イーヴィーは静かに頷き、共にギルドの入り口をくぐった。
建物の中に入ると、賑やかな雰囲気が広がっていた。冒険者たちが集まり、談笑したり、情報交換をしていたりしている。受付の女性がカウンターでこちらを見て微笑んだ。
「いらっしゃいませ、旅の方ですか?」
「うん、ちょっと依頼があるんだ。情報をくれ」
俺が言うと、女性は親しみやすく微笑みながら、掲示板の方を指差した。
「こちらに掲示されている依頼を見ていただけますか? 気になるものがあれば、お知らせください」
掲示板には、いくつかの依頼が掲示されていて、それぞれ報酬や内容が書かれている。
「さて、どれがいいかな」
俺は掲示板に視線を落とし、依頼内容をじっくりと確認した。途中、イーヴィーも一緒に掲示板を見ていたが、何か気になる依頼があったのか、指をさしてきた。
「主、こちらの依頼はどうでしょうか?」
イーヴィーが指差した依頼は、「迷子のペットを探してほしい」というものだった。報酬は手ごろで、ペットの所在はおおよその位置が記されている。依頼内容としては、猫がいなくなったので探し出して届けるというシンプルなものだ。
「これ、やってみるか?」
「はい、特に問題ないかと」
イーヴィーの意見も賛成だったので、俺は受付に向かい、依頼を受けることを伝えた。
「こちらの依頼を受けたいんですが」
「わかりました。依頼主は街の東側の商店街に住んでいる方です。見つかりましたらすぐに向かってください」
受付の女性は、依頼用紙を渡しながらそう告げた。
「ありがとう」
俺はイーヴィーと一緒に、依頼主の元へ向かうことにした。街を歩きながら、猫の行方を追うことになるわけだが、無事に見つけられるだろうかと少しだけ心配しながらも、興奮と期待が入り混じった気持ちで商店街を目指した。
ギルドを出た後、俺たちは猫を探すために街を歩き始めた。イーヴィーが言っていた通り、商店街や広場は賑やかで人々の行き交う音が絶え間ない。だが、その中で小さな猫が迷子になるのは簡単なことだろう。どこかで見落としてしまっているかもしれない。俺は少し心配しながらも、周りの景色を目に焼き付けるように歩いた。
「とりあえず、目につく範囲で探してみるか」
「その通りです、主。しかし、できるだけ早く見つけるためにも、私のドローンを使った方が効率的です」
イーヴィーがそう言ったその時、突然、彼女が腕を軽く上げ、手のひらを広げた。すると、すぐに空中に小さな光の点が現れる。それはすぐに形を成し、細かい機械的な部品を繋げたドローンへと変わった。初めて見るその光景に、俺は少し驚いた。
「これがドローンか?」
「はい、主。昨晩から少しずつ情報を集めるために飛ばしていました。現在、透明化しているので、誰にも見えません」
ドローンはそのまま無音で浮遊し、周囲を飛び回り始めた。イーヴィーがそれを冷静に見守りながら、俺に向かって言う。
「少しだけ、静かな場所に移動して、より精密に捜索を行います」
俺は頷き、イーヴィーの後ろについて歩いた。数分後、静かな路地に入ると、イーヴィーは再度ドローンを操作し始める。
「ここなら、人通りも少なく、邪魔も入らないでしょう。これからさらに捜索を進めます」
ドローンは完全に透明化し、俺の目の前から消えていった。その姿はもう見えなくなってしまったが、イーヴィーはドローンの動きをしっかりと把握しているようだった。俺は少し待ちながら、周囲の雰囲気に耳を傾ける。
しばらくして、イーヴィーが静かに声を上げた。
「主、少しだけ歩いていただけますか?」
「うん、分かった」
俺はイーヴィーに従い、再び路地を進んだ。歩くにつれて、ドローンが送っている情報が集まり、捜索が少しずつ進んでいく。俺たちはすれ違う人々に気をつけながら、猫が隠れていそうな場所を探し回った。
数分後、イーヴィーが軽く頷き、言った。
「主、猫の居場所がほぼ特定できました。少し先にある小屋の裏側に隠れている可能性が高いです」
「よし、行こう」
俺たちはすぐにその場所に向かって歩き出した。途中、何度か猫の鳴き声が聞こえたが、見つけることはできなかった。しかし、イーヴィーの言う通り、少し進んだ先に小さな小屋が見えてきた。その裏側に小さな猫の姿が見えた瞬間、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「見つけた」
猫はちょっと警戒しながらも、元気そうに俺に近づいてきた。無事に見つけられて安心した俺は、その猫を優しく抱き上げ、依頼主の元に向かうことにした。
「猫は見つかりました。無事に元気な状態です」
依頼主に報告すると、彼は安堵の表情を浮かべ、感謝の言葉を述べてくれた。
「ありがとう、本当に助かった。これで心配しなくて済むよ」
俺は微笑みながら、イーヴィーに向かって言った。
「これもイーヴィーのおかげだ。感謝してる」
イーヴィーは淡々とした表情で頷き、言った。
「いえ、主の指示に従って捜索しただけです」
それでも、心の中での感謝は変わらなかった。無事に依頼を終えた俺たちは、次に何をしようかと考えながら街の中を歩き始めた。
ギルドでペット捜索の報酬を受け取った俺たちは、街の通りへと戻ってきた。朝の陽射しが石畳を照らし、人々が活気よく行き交っている。そんな中、イーヴィーが足を止めて言った。
「主、次の行動を決める前に、通りの情報収集を行うのが良いかと」
「ああ、そうだな。ギルドに頼らずに済む情報もあるかもしれないし……」
俺が言いかけたその時――
「わっ、きゃっ!?」
不意に、何か柔らかいものが俺の胸元に飛び込んできた。
「うわっ!?」
思わずよろけて後ろに一歩下がる。目を見開いて見下ろすと、そこには耳と尻尾のついた少女――猫獣人の少女が、俺の胸に顔を埋める形でぶつかっていた。栗毛色の耳がピクピクと震えている。
「あ、あのっ、ご、ごめんなさいっ!前見てなくて……!」
少女は慌てて身を引くと、耳を伏せながらこちらを見上げてきた。歳は十代半ばくらいか、明るい瞳と小柄な体格が印象的だ。服装は少しボロついていて、今にも誰かに怒鳴られそうな雰囲気をまとっている。
「い、いや、大丈夫だ。怪我は?」
「わたしは平気です、でも……本当にすみませんっ」
少女はぺこぺこと頭を下げたあと、ふと、俺の背後にいるイーヴィーを見て、言葉を詰まらせた。
「……あの、その……もしかして、あなたたち、冒険者さん……ですか?」
「まあ、そんなところだ。依頼を受けて動いてる。まだ街には来たばかりだけどな」
俺がそう答えると、彼女は何かを決意したように小さく深呼吸して、一歩前に出た。
「よかったら……ちょっと、話を聞いてもらえませんか?」
イーヴィーが小さく頷き、俺はうなずき返す。
「立ち話もなんだし、あっちの路地に入ろうか」
俺たちは人通りの多い通りを少し外れ、静かな路地へと移動した。そこは建物の陰になっており、昼間でも少しひんやりとしている。
「それで、話って?」
少女は少しだけ迷ってから、ぽつりと話し始めた。
「実は……この街に来てからずっと仕事を探してるんです。でも、どこも雇ってくれなくて……もう、お金も無くなってきてて……」
「住む場所は?」
「路地で寝たりしてます……猫だから、寒さには強いんですけど」
その言葉に、俺とイーヴィーは顔を見合わせた。
イーヴィーがすっと前に出て言う。
「主、彼女を一時的にでも同行させるのはどうでしょう。戦力としての計算は別として、都市部の事情に詳しい可能性がありますし、地理的情報の取得にも役立つかと」
「……そうだな。俺たちもまだ街に慣れてないし、案内役を兼ねて手伝ってもらうのも悪くない」
俺がそう言うと、少女の瞳がぱっと明るくなった。
「ほんとに……? いいんですか?」
「ああ。ただし、無理はするな。名前は?」
「ミラ・フェリス、です!」
元気よく名乗った少女の耳がぴんと立ち、嬉しそうに笑みを浮かべたその時――
「……ぐぅ~……」
静かな路地に、はっきりとした音が鳴り響いた。
ミラの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「……ぅぅ……き、気にしないでくださいっ……!」
必死に耳を伏せて顔を背けるミラに、俺は思わず吹き出してしまった。
「気にしないって。朝から何も食ってないんだろ?」
「はい……昨日の夜も……その前も、ちょっとだけで……」
「よし、じゃあ、まずは腹ごしらえだな」
「え、でも……お金、ないです……」
ミラがしょんぼりと呟くと、イーヴィーがすっと前に出て言った。
「主、食糧補給は行動効率に直結します。ここは投資と捉えるべきかと」
「わかったよ、イーヴィー。……ってことでミラ、好きなもん選べ」
「えっ……! い、いいんですか!? 本当に!?」
ミラはぱあっと顔を輝かせ、路地を出て屋台の立ち並ぶ通りへ駆け出した。俺とイーヴィーも後を追う。
屋台では焼き鳥のような串物、スパイスの効いた肉まん、焼いた干し魚や、甘い果物を使った菓子パンなど、香ばしい匂いがあちこちから立ち込めていた。
「これっ! これがすっごく美味しそうです!」
ミラが指差したのは、炙った肉を柔らかいパンに挟み、ハーブと甘辛ソースで味付けした簡易サンドのようなものだった。
俺はそれを三人分注文し、代金を払ってミラに手渡す。
「ありがとう、ございます……! いただきますっ!」
ミラはパンにかぶりつくと、目を見開いて言った。
「おいしい……っ!!」
その表情はまるで、世界一のごちそうを食べたかのようだった。耳がぴくぴくと動き、尻尾も小刻みに揺れている。猫そのものだ。
イーヴィーが隣で静かに言った。
「主、彼女の反応、癒し効果高めです」
「だな……」
ほんのひとときだけど、穏やかであたたかい時間だった。
腹を満たしたミラは、元気いっぱいになったようで、口の周りをぬぐいながら笑った。
「よーしっ!おなかもいっぱいになったし、がんばってお手伝いしますねっ!」
俺とイーヴィーも頷き、次の依頼に向けて動き出す準備を始めるのだった――。