四話「集落の住人」
「…ここの場所、どこだ?」
イーヴィーは何も答えなかった。ただ、周囲の環境を慎重に観察しているようだ。確かに、彼女にはこの場所がどこかを判断するための情報は足りていない。ただ、状況を冷静に分析しているだけだった。
「記録には、この遺跡の起源については何も書かれていません。しかし、この場所における魔力やエネルギーの異常な集中具合から、私の推測では、何らかの高度な技術や力が関わっている可能性があります。」
「……って、ことはここもただの遺跡じゃないのか?」
「おそらく。そのため、慎重に行動すべきです。」
主はその言葉を受けて、少し考えた後、周囲を見回して一歩踏み出す。
「でも、外は見たことない景色だし、早くどこかで情報を得たいな。」
「主。周囲に人の気配はありませんが、引き続き警戒を怠らないように。」
イーヴィーが周囲を見回しながら、ついてきた。主も足早に進むが、どこかで何かの音が聞こえるような気がして、時折足を止める。
「……あの辺り、集落っぽいのが見えるな。」
「それが人間のものかは定かではありませんが、まずはそちらを目指してみるのが良いかと。」
主は頷き、意を決してその方向へと進み始めた。確かな手がかりはまだ見つかっていないが、この先に何かがあるかもしれないという直感を信じて。
主とイーヴィーが歩きながら進む先には、予想外の集落が見えてきた。遠くに広がる建物群は、奇妙な形をしており、どこか見慣れたものとは違う。しかし、それでも不安を感じさせるほどの異質さを持っているわけではなかった。
「……なんだろう、あれ?」
主はその集落をじっと見つめながら、つぶやいた。その空気は、どこか懐かしさを感じさせるような、同時に全く新しい感覚が交じり合っていた。周囲の風は、温かくて湿り気を帯びており、何か生きているものが感じられる。
「この場所、少し変だな。何かが違う気がする。」
イーヴィーはそれに反応することなく、冷静に周囲の状況を分析していた。
「この場所の環境データは不明です。新たな情報を収集し、分析する必要があります。」
イーヴィーが言う通り、彼女にはこの場所について知識がなかった。自分がどこにいるのか、どこから来たのか、その理由すらわからない。主も同じように不安を感じていたが、それを表に出すことはなかった。
「でも、少し不安だな。誰かいるかもしれないし、あまり好ましくない場所かもしれない。」
「警戒を続けます。主の安全が最優先です。」
イーヴィーの冷静な対応に、主は少しだけ安心感を覚える。しかし、次の瞬間、足元から音が響いた。誰かが近づいてきているのだ。
「……誰かが来る。」
「接近しています。複数の足音が。」
主が言うと、イーヴィーはすぐにその方向を確認し、素早く反応した。その足音が徐々に大きくなり、目の前に現れたのは、身に奇妙な衣服を着た人物たちだった。彼らは明らかにこの場所の住人で、どこか威圧的な雰囲気を持っていた。
その中の一人が主とイーヴィーに近づき、鋭い眼差しを向けながら言った。
「お前たち、何者だ?」
「えっと……突然ここに来たんだ。どうしてここに来たのか、よくわからないけど……」
主は困惑しながら答える。その人物は主を一瞬じっと見た後、低い声で続けた。
「突然? それはどういうことだ。」
「わからないんだ。気づいたらここにいたっていうか……」
その言葉に、相手は一瞬黙り込んだ後、少し考えるように頷いた。しかし、すぐに表情を引き締め、言った。
「危険だ。ついて来い。」
「どこに?」
「それを教えることはできない。来い。」
主は少し戸惑いながらも、その言葉に従うことに決めた。イーヴィーも冷静に状況を分析し、反発せずにその人物の後ろを歩くことにした。二人は彼らの後に続き、集落の中心部に向かって歩き出した。
集落の中に足を踏み入れると、周囲の景色はさらに異様だった。見たこともない植物が生い茂り、建物の形状も異なる。それらが作り出す風景は、まるで未知の土地に迷い込んだかのような気分にさせる。
「……ここ、なんかすごいな。」
「ここは、おそらく主が元いた世界のどことも異なります。私は、まだこの場所について何もわかっていません。」
イーヴィーの声には、どこか困惑が感じられた。それもそのはず、イーヴィーはこの土地のことを一切知らないのだ。だが、それを感じさせることなく、彼女は冷静に周囲を監視し続けている。
「どこかで見たことがあるような、でも絶対に見たことのないものがたくさんあるな……」
主は不安と興味が交錯する中で言った。その言葉にイーヴィーは何も答えなかった。ただ、静かに前を歩き続ける。
しばらく歩くと、突然、視界が開ける場所に出た。そこには大きな広場のような場所が広がっており、中心には奇妙な祭壇のようなものが据えられていた。周りには、同じように衣服を着た人物たちが集まっており、何かの儀式の準備をしているようだった。
「ここ、何をしてるんだろう?」
「わかりませんが、何か重要な行事が行われている可能性があります。」
イーヴィーの言葉に、主は少しだけ警戒しつつも、その光景に目を奪われていた。
その瞬間、祭壇の前に立っていた人物が、突然こちらを振り返り、冷ややかな目を向けた。
「お前たち、何をしに来た?」
祭壇の前に立つ人物が主とイーヴィーをじっと見つめる。周りの住人たちもそれぞれの作業を中断し、二人に視線を向けた。静かな緊張感が漂う。
「あなたたち、どこから来た?」
その人物の声は低く、しかし鋭さを感じさせるものだった。周囲の住人たちも無言で立ち、ただその問いに注目している。主は一瞬息を呑んだが、すぐに冷静に答えようとした。
「えっと、迷ってここに来たんだ。特に何か目的があって来たわけじゃなくて……」
「迷って?」人物の目がさらに鋭くなる。「ここは、迷ってくるような場所ではない。どういうことだ?」
主は少し言葉に詰まったが、イーヴィーがすかさず口を開く。
「私たちがここに来たのは、偶然です。道を歩いていて、気づいたらここに辿り着いてしまいました」
「偶然?」人物はその言葉に一瞬疑問の表情を浮かべた。「この場所に辿り着くことは珍しいことだ。だからと言って、誰かがここに来るのは決して普通のことではない」
主はその人物の言葉に少し戸惑いながらも答える。
「そんなに珍しいことなのか?」
「ここはただの集落だ。ここに来る者は少ない。私たちがここに住んでいることすら、外の者にとってはほとんど知られていない」
「外の者?」主はその言葉に疑問を抱きながら、イーヴィーの方をちらりと見た。イーヴィーは静かに答える。
「私たちは、この場所で生活しているのですか?」
「そうだ、そうだ。」人物は主の問いには答えず、目の前の二人を再びじっと見つめた。「だから、お前たちがどこから来たのか、それが問題だ」
主は一瞬考える。イーヴィーも静かにその人物を見つめているが、言葉を発することなくその場の雰囲気を感じ取ろうとしている。
「まあ、そんなに気にしなくていいよ。俺たちはただ通りかかっただけだ。」主はその人物に向けて穏やかに言った。
人物はしばらく黙っていたが、ようやく頷く。
「とにかく、ここに来たのは珍しいことだ。だが、お前たちがここに来たことには意味があるのかもしれない。」
その言葉に、主は驚きの表情を浮かべた。
「意味があるって?」
「分からない。ただ、何かが変わる時が来るのだろう。お前たちがここに来たことで。」
その後、ついてこいと言い歩き始めた。俺とイーヴィーもその後を追っていった。
主は村長に案内され、簡素だが落ち着いた雰囲気の小さな家へと辿り着いた。家の内部は木製の家具が並び、暖かい火が囲炉裏に灯っている。その静けさの中、主は腰を下ろし、村長は向かいに座った。
「詳しく話を聞かせてくれ」
村長の言葉には、何かを疑っているようなニュアンスが含まれている。しかし、主は揺るがない目で村長を見つめながら、これまでの出来事を口にした。
「俺はいきなり見知らぬ場所に来てしまった。気づいたら、あの遺跡で目を覚ましたんだ。それから……イーヴィーってロボットみたいなものに出会ったんだ」
村長は目を丸くし、興味深そうに聞き入っていた。その表情は、どこか不安げにも見えるが、それ以上に疑問が浮かんでいる様子だった。
「イーヴィー? ロボット……それが君を守っているのか?」
「うん、そうだ。でも、あの場所で一緒にいた時も……何もわからなかった。イーヴィーが、どうして俺を守るためにそこにいるのかもわからないし、俺の名前も、あの世界に何があるのかも……すべてが不明だ」
「……ふむ」
村長は静かに頷きながら、手を組んで考え込んでいた。少し間があった後、彼は顔を上げる。
「君が言っていることは、確かに普通ではない。しかし……もし、それが真実だとすれば、我々にとっても重大な問題となるかもしれん」
「問題?」
「いや、君が言うような“ロボット”や“遺跡”といった言葉は、この村や周囲の人々には馴染みがない。だが、何かが起こったのは確かだ。君がここに来たことで、何かが動き出した可能性がある」
村長は静かに言いながらも、その言葉には深い意味が込められているようだった。主はその意図を測りかねながら、しばらく黙っていた。
「君が言っていることが真実であるなら、私たちにも影響を与えるかもしれん。しかし、私たちは、外のことをあまり知りたくない。だから……」
村長はゆっくりと立ち上がり、主に近づいた。
「君がここに来たこと、そしてその後のことは、私たちの間だけで話すことにしよう。外に漏らすようなことは決してしない。君が困っているのなら、できる限り助けたいと思うが、秘密を守ってほしい」
「……わかった。ありがとう、村長」
主は静かに答える。村長の真摯な表情を見て、少し心が軽くなった気がした。これから何が起こるのか、何をすべきなのかはまだわからない。しかし、今は村長の言葉を信じるしかなかった。
その後、村長と共に食事を取ることになり、主はその間にも心の中で様々な思考を巡らせた。イーヴィーと自分がどういう存在なのか、そしてこの村にどう関わっていくべきなのか。まだ答えは見つからないままだったが、少なくとも一歩は踏み出せた気がした。
村長との話が終わった後、俺はしばらく村の人々と過ごすことになった。最初は不安もあったが、村の人々は温かく、警戒することなく接してくれた。イーヴィーも、村の人々に違和感なく受け入れられた。最初は驚かれることもあったが、次第にその姿も気に留められなくなっていた。
村人たちは普通の生活をしているようだった。畑仕事をしている人、家で料理を作っている人、子供たちは元気に走り回っている。平和な雰囲気が漂う村で、少しずつ俺も慣れていった。
「これ、食べてみて」
ひとりの村の女性が、温かいパンとスープを差し出してきた。スープの香りが漂い、腹が減っていた俺は自然と手を伸ばした。
「ありがとう、いただきます」
口に運んだスープは、素朴だがとても美味しかった。これが村の味なのかと思うと、心が温かくなる。
「気に入ってくれて良かったわ」
女性が笑顔を見せると、俺も少しだけ安堵の表情を浮かべた。
イーヴィーはその横でじっと周囲を観察していた。彼女がこうして人々の中に馴染んでいる様子を見るのは、なんだか不思議な感じだ。でも、イーヴィーはいつも通り冷静で、周囲の変化にあまり動じていない。
「イーヴィー、大丈夫か?」
「はい、主。問題ありません」
彼女の言葉には変わらぬ安定感があった。彼女がいてくれることで、多少なりとも安心感が生まれていた。
その後、村の人々と過ごしていると、村長から再度呼び出しがかかった。今日、もう一度話をしたいという。少し気になりながらも、すぐに村長の家に向かう。
村長の家に到着すると、村長は暖かい火の前に座っており、何かを考えているようだった。俺が部屋に入ると、村長はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「おお、来たか。座ってくれ」
俺は一歩踏み出し、指示に従って座った。イーヴィーも静かに俺の横に立ち、村長を見守るようにしている。
「どうしたんですか?」と俺が尋ねると、村長は少し黙り込み、考え込むようにしてから言葉を続けた。
「実は……君たちが遺跡から出てきた話を聞いてな。それが少し気になっていて若い者に調べさせたんだが層にも近づけないようでな…そのうえで、君たちがどうしてそんな場所にいたのか、詳しく聞かせてほしい」
深いため息をついて言った。「実は、君たちが言っている遺跡の場所……我々の村にはそのような場所についての記録は一切ない。正直信じられない」
「でも、俺たちは実際にそこにいたんです」と俺は言う。「遺跡は崩れていて、かなり古いものでした。正直、何もわからないことだらけだけど」
村長は黙って考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げた。
「なるほど……君たちが言う遺跡の場所について、私たちは知らないし、今まで誰もそのことについて話したことがなかった。でも、君たちがそこから出てきたのなら、何か大きな意味があるのかもしれない」
「意味がある?」俺は少し不安になりながらも尋ねた。「どんな意味が?」
村長は視線を落として静かに答えた。
「我々は長年、この辺りで平穏に暮らしてきた。だが、周囲には他の村や集落があるが、人々の話の中で聞いたこともない」
村長は話を続けた。
「それが何なのかははっきりしていない、村の人々も知らない。だが君たちが言う遺跡から出てきたことに何か意味があるのやもしれんが、私たちにはどうすることもできない」
俺は村長の言葉に静かに耳を傾けながら、次にどうするべきかを考えた。その後どう進むべきか――それを決める時が来たようだ。