一話「その名はイーヴィー」
乾いた空気と、石の匂いが鼻をついた。
目を開けると、そこは薄暗い空間だった。天井は高く、古びた石で造られている。壁面には崩れかけた装飾と、見慣れない文字が刻まれていた。
「……夢、じゃないのか」
身体を起こすと、鈍い痛みが全身を走る。
線路に落ちた直後のことを思い出し、思わず自分の手足を確認する。怪我はない。
「……なんで、生きてる……?」
その疑問に答える者はいない。
ただ、静寂だけが支配する空間で、重い沈黙が続いていた。
彼はふらふらと立ち上がり、目の前にある不思議なカプセルに目を奪われた。
透明な素材でできた球体。中心に横たわるのは、人間の少女のような姿――いや、よく見れば人ではない。
肌は透き通るように白く、銀色の髪は光をわずかに反射して揺れている。服ではない、何かの装甲のような素材に包まれ、その体には幾つもの接合部があった。
「ロボット……?」
声に出してみても、答えは返ってこない。
彼は思わずカプセルに近づき、手を触れた――
キィィィィィン──
何かが反応した。彼の手が、カプセルの中央に触れた瞬間、装置が微かに光を帯び始める。
カプセルの内側で、少女の目がふわりと開いた。
「え?」
カプセルの光が収まると、中から姿を現したのは少女の形をした――明らかに人間ではない、機械仕掛けの存在だった。
年の頃は十代後半くらいだろうか。柔らかな銀色の髪が肩にかかり、透き通るような肌は温もりさえ感じさせる。制服のような服をまとい、長いまつ毛の奥で、淡い光を宿した瞳が主人公を見つめていた。
(……人間……?)
一瞬、そう思った。だが、わずかに浮かぶ発光ラインや、均整のとれすぎた姿に、どこか現実離れした雰囲気が漂う。顔立ちも、言葉では言い表せない“完璧さ”を持っていた。
「……ロボット……なのか?」
声に出しても、実感が湧かない。まるで眠っていた人間が目を覚ましたかのようだった。
そのとき、少女の胸元にある楕円形のコアが光を放ち、カプセルの内部から電子音が響いた。
「認証完了。オーソリティ:不明。初期設定を開始します」
警戒して一歩退いた主人公だったが、少女――ロボットは一歩も動かず、ただじっと彼を見つめていた。
「個体名称の設定設定を」
「……名前、か……」
主人公は戸惑いながらも、カプセルの縁に刻まれた文字に目をやった。
「II.VII……」
文字を読み上げた瞬間、彼女の目がわずかに瞬いた。
「……じゃあ……イーヴィー、でどうだ?」
「了解。名称:イーヴィーとして登録。以後、イーヴィーとして応答します」
その応答はとても自然で、まるで本物の人間が答えているかのようだった。
「仮設定により、あなたを【主人】と定義。任務:主人の保護および支援」
「え、主人って……?」
困惑する彼をよそに、イーヴィーは一歩、そっと足を踏み出した。その動きは人間そのもの――いや、むしろ人間以上に洗練されていた。
「私はあなたを守るために作られました。それが……私の存在理由です」