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生まれ変わったヤモリ

作者: 兼子雨弓

 目が覚めると、ヤモリは暗闇の中にいました。

 腕と脚は体にピッタリつけた状態でギュッと曲げてあり、長い長いしっぽは肩のあたりでクルクルと体に巻き付けてありました。

 『ここはどこだろう?僕のしっぽ、こんなに長かったかな?』

 ヤモリが不思議に思っていると、周りからいろんな声が聞こえてきました。

「そろそろかな?」

「次の雨が降ったらじゃないかな」

「雨はいつ降るんだろう」

「早く外に出たいよ」

「うまく殻を出られるかな」

「土の中から出るのも大変そうだよ」

「だから雨の日を待ってるんじゃないか」

「そうそう!雨が降ると土が柔らかくなるからね」

「外の世界、楽しみだな〜」


 ようやく、ヤモリは自分が卵の中にいることに気づきました。いま聞こえた声は、土の中に一緒に産み落とされた30個ほどの卵の中にいる赤ちゃんたちの声だったのです。

『そうか!僕は生まれ変わったんだ!ということは僕はいま』

 ヤモリは我慢できずに、大きな声で周りの兄弟たちに話しかけました。

「ねぇ!僕たちって、カメレオンなんだよね?」

 一瞬、みんなの声がピタリと止みました。

 みんなはキョトンとしてしまったのです。

 そして口々に言いました。

「当たり前じゃないか」

「何を言ってるの?」

「カメレオンじゃなかったら、なんだっていうのさ」

 ヤモリは、ふふふ、と笑うと、得意になって答えました。

「実は僕、前はヤモリだったんだ。神様に頼んで、カメレオンに生まれ変わらせてもらったんだよ」

 それを聞いた卵の中の赤ちゃんたちは大騒ぎ。

「え?そんなことができるの?」

「君、神様に会ったの?」

「どうやって会ったの?」

「生まれる前のこと覚えてるの?僕、何にも覚えてないや」

「私も」

 すごい、すごいと周り中から囃し立てられて、ヤモリはすっかり上機嫌になりました。

『あのとき神様に会えて本当に良かった』

 ヤモリは神様に出会ったときのことを思い返しました。


 あの日、真夜中に、ヤモリは虫を探して木から木へと歩き回っていました。

 昼間はヘビからも鳥からもカメレオンからも狙われ、食べられてしまうヤモリは、夜に行動するのです。

 月明かりのおかげで、夜でも真っ暗闇ではありませんが、それでも虫探しは大変です。

 ヤモリはすっかり疲れていました。木の幹で休憩していると、言うとはなしに、独り言が口から出てきます。

「僕はなんでこんな生活を送っているんだろう。昼間は狭い所でジッと隠れていなければならないし、夜にはフクロウがいるから、夜だからって安全に動き回れるわけじゃない。いつもコソコソしながら生きている。ヤモリになんて生まれて来なければ良かった」

「おや、なにやら不機嫌な様子だね」

 突然聞こえてきた声にヤモリは驚きました。

「え?誰?どこにいるの?」

「お前の下じゃよ」

 ヤモリが慌てて手足を動かして体を下向きに変えると、地面に小さな老人が立っていました。とっても小さいけれど、光り輝いています。

「あなたは誰?」

「そんなことより、お前はどうしてヤモリでいることが嫌なんだい?」

「そりゃそうでしょう。こんなみじめな生活を送っている生き物が他にいますか?常に誰かに狙われて、昼も夜もコソコソと生きているんですよ」

「誰からも狙われない生き物なんて、おりゃせんよ」

「そんなことはありません。例えば、あそこに寝ているカメレオンです」

 ヤモリは隣の木の下の方で寝ているカメレオンを頭で示しました。

 カメレオンは目を閉じて、しっぽをクルクルと渦巻き状に巻いて、気持ち良さそうに眠っていました。

「カメレオンだって例外じゃないさ」

 老人は穏やかに言いました。

 ヤモリは反論します。

「あの寝顔を見てください。あれが他の生き物に怯えている顔ですか?僕は夜になるといろんなカメレオンを見かけるけれど、どのカメレオンも気持ち良さそうに眠っていますよ。昼間だって他の生き物に狙われることもない。しかも獲物は食べ放題だ。僕はカメレオンに生まれてきたかった」

 たしかに、大人のカメレオンはあまり他の生き物に食べられてしまうことがありません。鳥やヘビやワニに食べられてしまうこともありますが、その数はあまり多くありません。だからヤモリは、大人のカメレオンが捕まったところを見たことが無かったのです。

「お前が見ているカメレオンは、苛酷な生存競争の中を生き抜いた、ごく一部のカメレオンに過ぎない。たまたま生き残った、本当に稀な存在じゃよ。けっしてカメレオンが楽をして生きているわけではない」

「それでもヤモリよりは楽です」

「わしはそうは思わんが」

「あなたはヤモリじゃないからそんなことが言えるんです。ヤモリに生まれれば分かりますよ、カメレオンがどんなに楽な生活を送っているか!」

「他の生き物を羨んでも、いいことは無いぞ。自分の幸せを見失うだけじゃ。自分が自分であることに誇りを持てぬ者は、何に生まれたところで幸せにはなれん」

「いいえ、カメレオンに生まれたら幸せに決まってます。毎晩グッスリ眠れる安心安全な生活、獲物は食べ放題、これが幸せでなかったら何だというのですか?」

 その言葉を聞いた老人は軽くため息をついたあと、ヤモリにひとつ提案をしてみました。

「そこまで言うなら、カメレオンに生まれ変わってみるかね?」

「え?そんなことができるんですか?あっ、もしかしてあなたは神様?」

「カメレオンに生まれ変わっても、後悔しないと言えるかね?」

「当たり前じゃないですか!もしあなたが神様なら、今すぐに僕をカメレオンにしてください!」

「よろしい」

 と神様が言い終わらないうちに、ヤモリの目の前は真っ暗になりました。


 『あのあと僕はカメレオンとして産み落とされたのか。すごいや、本当にカメレオンになれちゃった!土から出たら、僕は毎日幸せな生活を送れるんだ!』

  

 数日後、待望の雨が振りました。土がどんどん柔らかくなっているのが、卵の殻越しでも分かります。

「もういいよね」

「私も殻を出るわ!」

「僕も!」

「僕も!」

 次々と兄弟たちの声が聞こえてきたと思ったら、今度はカツカツ、パリパリ、という音が聞こえてきました。みんなが殻を破って卵から出始めたのです。

 『僕も出なくちゃ!』

 ヤモリは上顎の卵歯で殻の内側の薄い膜に切り込みを入れました。そして殻を突くと、殻は簡単に破れました。

 上を見ると、ひとあし先に殻を出た兄弟たちが、土を掻きながらどんどん地上へと向かっていました。ヤモリももちろんそれに続きます。

 やがて、周りがどんどん明るくなって、とうとうヤモリは地上に出ることができました。

『やった!』

 嬉しさで、体の色が一気に明るくなりました。

 目をクルクルと動かしてみると、右目と左目が別々に動きました。そして二か所の景色を同時に見ることができました。

『すごいや!カメレオンって、なんてすごい生き物なんだ!これなら敵なしじゃないか!怖いものなんて何もないよ!』

 カメレオンになったヤモリの体の色は、ヤモリの興奮に合わせてどんどん変化しています。

 しかし、それはほんの一時の喜びに過ぎませんでした。

 前方から次々と兄弟たちの悲鳴や叫び声が響いてきたのです。

 何が起きたのかと視線を前に戻すと、何羽もの鳥が兄弟たちを丸呑みにしているところでした。

 「えっ、あれはいったい」

 とヤモリが言っている間に、今度はヘビがやって来て兄弟のうちの一匹を捕まえました。

「うわ〜っ」

 兄弟は叫び声をあげながら、ヘビに飲み込まれていきました。

「何がどうなっているんだ!」

 悲鳴にも似た声でヤモリは叫びました。

 すると、聞いたことのある声が頭上から降ってきました。

「ほとんどのカメレオンは、卵から孵って1週間以内に命を落とすのじゃ」

 ヤモリは両目をグリっと上に向けて、悲痛な声をあげました。

「神様!それはどういうことですか!カメレオンは他の生き物から食べられないはずじゃ」

「そんなことはない、と言ったじゃろう。まして生まれたてのカメレオンは、生き物たちのごちそうじゃ。1週間以上生き続けられるものはほぼいない。あのときわしが言ったじゃろう?お前が見ているカメレオンは、たまたま生き残った稀な存在だ、と」

 ヤモリは泣きながら叫びました。

「だったら、今すぐに僕を大人のカメレオンにしてください!」

 神様は深くため息をつきました。

「欲というものは、際限が無いのう。与えられた物に満足できない者は、何をどうやっても、死ぬまで満足することはできんよ」

 「そんなっ、とにかく、早く!早く僕を大人にしてください!」

 ヤモリは必死に叫びました。

「残念ながら、わしにしてやれることはもう無い」

 そう言いながら、神様はヤモリの目の前に立ちました。

「最後に教えておこう。カメレオンは共食いをするぞ。体の大きなカメレオンは、小さなカメレオンを獲物にする。こんなふうにな」

 言い終わった途端に、神様の姿は消えてしまいました。

 神様がいた所には、大きなカメレオンがいて、ヤモリに向かって口を開けていました。今にも舌が飛び出そうとしています。

「あっ」

 とヤモリが叫んだ時には、ヤモリの体は大きなカメレオンの口の中にスッポリと収まっていました。

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