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聖女は不幸な職じゃない

聖女は不幸な職じゃない

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2024/03/30


「いやいやいやいや、お父様、本気で仰ってますの?」


「お前こそ、自分の立場をわかっていないのか?」


それなりな屋敷の、それなりな応接室で、やや険悪な言葉を交わす父と娘。

父は、この伯爵家の当主。

娘は、令嬢と名乗るのに少しばかりためらいを感じる二十九歳。語り手である、この、わたしだ。

……少しばかりっていうのは、図々しかったかしらね?



「そもそも、お前は殿下の婚約者だっただろう」


「もう、十五年も前の話でしょう?

とっくに解消されていると思っていましたわ」


確かに、十五年前には二歳年上の王太子殿下と婚約していた。


「王太子と聖女が結ばれるのは、伝統にのっとった正当な婚姻だ」


「……」


わたしは額に手を当てた。

十五年前には、はしたないと叱責されたかもしれない仕草も、見逃される。


「殿下は、まだ正妃を娶られていないのだぞ」


知ってる。帰途の馬車で聞いた。

殿下は正妃を娶っていない。

しかし、側妃との間に五人も子供がいるのだ。


「側妃様と、たくさん、お子を生されていらっしゃいます。

わたしなど今更、必要ないでしょう?」


「お前は、殿下はもちろん、陛下をはじめとしたお歴々のご厚意を無にするというのか!?」


迷惑でしかないご厚意って、そんなもの要らないんだけど。

口から出そうだった言葉をなんとか飲み込む。


「それに、お子に恵まれているということは、お前がその年齢で嫁いでも、跡継ぎの心配が無くてよいだろう」


確かにそうだけど、そうじゃないんだよなあ。


「……お父様、お話はわかりましたが、帰ったばかりで疲れております。

少しゆっくり考えさせてくださいませ」


「そうだな。よく頭を冷やせ」


ああん? どっちが頭冷やすんだよ、くそオヤジが!? と思ったけれど飲み込む。

父はどうでもよいが、久しぶりに世話を焼いてくれる馴染のメイドや、大好物をあれもこれもと作ってくれる料理長たちに、少しは甘えたい。



わたしが生まれたのは大陸にある、とある小国だ。


大陸には大中小と多くの国がある。

歴史を振り返れば、当然のように国同士の争いが絶えることは無かった。

しかし、ある時から人間同士で争っている状況ではなくなってしまった。


魔獣のスタンピードが起こったのだ。


大陸の西の果てに、人間には耐えられないほどの瘴気の溜まる場所がある。

そこから数百年に一度、魔獣が湧き出して人間を襲い、町や田畑を荒らす。

その被害は、野生動物の比ではない。

研究者によれば、瘴気の向こう側にある世界から増えすぎた魔獣があふれ出して来ているのではないか、という。


とにかく、人間の側からすれば、瘴気を帯びて暴れる魔獣は退治する他ない。

スタンピードの兆候があれば大陸中で協力し、出口で食い止めながら収束を待つしかないのだ。



幸いにも人間側には、瘴気に対して有効な聖力というものが存在した。

神の恵みと言われている力は女性にのみ発現し、特に力の強いものを聖女と呼ぶ。


聖女は聖力によって瘴気を浄化する。

魔獣を倒す力はないが、人間を蝕む瘴気を取り去り、汚染された土壌や空気を浄化できる。

そのため、スタンピード時には、各国から聖女が派遣されるのだ。



聖女は神殿の管理下にあり、女子は決められた年齢で鑑定を受ける義務がある。

わたしは同世代では一番の聖力持ちだと認定された。

いつ起こるかわからないスタンピードに備え、特に力のある聖女は保護される。

その一環として、年齢の近い王子の婚約者となった。


身分的にも問題ない婚約であったし、政略に特に不満も無かったため、粛々と受け入れたのが十二歳の時。

修行をしながら、合間に神殿に出張してきた文官から王族になるための座学を受けた。しかし過剰に詰め込まれることもなく、あくまでも聖女としての仕事を第一にされた。


ごくたまには王宮に招かれ、王太子殿下とお茶を頂くこともあった。

殿下はすらりとしたスタイルの、涼やかな美形だ。

わたしは、彼に恋するというよりは、憧れを持ったのだと思う。

何事もなければ、婚姻後は文官さん達に手助けされつつ、王妃として夜会で外交したりして? という将来像を、薄っすらと描いたこともあったのだが……


残念ながら起っちゃいました、スタンピード。

しかも、今回のは兆候が薄かったのに、いきなり規模が大きかった。

わたしは周囲への挨拶もそこそこに、昼夜走る馬車の中、ひたすら西に向かったのである。


それが十五年前。

わたしはまだ十四歳で、王太子殿下と会ったのは数えるほどの回数だった。



やっと一段落ついて国に帰って来たところで、正直、婚約のことなんて忘れかけていた。

まさか、まだ婚約者の立場が保全されていたなんて。


そりゃ、生まれつき貴族家の娘だし、王宮での振舞いくらいなら何とかなると思う。

だけど、西の果てで十五年も過ごせば、いろいろあるわけで、今やすっかり違う人。

あの可憐な美少女(笑)は、もうどこにもいないって、見ればわかるでしょ、お父様!

そういえば帰ってから、どことなくわたしから目を逸らしてるわね。

薄々わかってるのに気付かないふりをしているのか、あのオヤジ。


……と、心の声は令嬢の欠片もない蓮っ葉さ。


前線は、そりゃ過酷だったわけよ。

精鋭の皆さんのお陰で、身の危険を感じることはほぼ無かったけど。


最初は、各国から送られた人たちを、武力とか、魔力とか、聖力とかって具合に分けてたんだけど、少しも魔獣や瘴気が弱まることが無くて。

これは長期戦か、と皆が思い始めた頃、後方で物資管理をしていた文官が、戦力を分けてチームを作り、交代で前線に詰めるやり方を提案したの。

同時に、一回に投入する対応人数を減らせるように、瘴気と魔獣の出て来る場所を狭める研究が始められて。


凄いわよね。さすが精鋭。本来は測量が得意だっていう魔法使いがいて、その人が測った数値を基に出口を狭めるための結界が研究されたの。

魔法使いのネットワークで、研究開発が専門の魔法使いも動員された。

最初は、前線に慣れないせいで、危険に巻き込まれそうになる研究職にハラハラしたけれど、すぐに彼等も慣れて、それぞれの振り分けられたチームに馴染んでいったわ。


そうやって、少しずつ研究も進んでいき、小出しで瘴気と魔獣に対処したほうが、人間側の負担が少なくて済むのではという結論に達したの。

そうすれば、爆発的なスタンピードも避けられる可能性が高い。

とにかく戦力が持つうちに、と皆で頑張った。


結界がうまく維持できるようになったのが最近のこと。

スタンピードが起きてから、すでに十五年が経過していた。




家に帰ってから三日ほど経って、王城から呼び出しがあった。

謁見の間では、今回一緒に帰国した騎士や魔法使いの代表と並んで労われた。


その後、わたしだけ王太子宮へ呼ばれた。

まあ、先ずは話をしないと始まらないからなあ。


応接室には、王太子殿下と並んで側妃殿下もいらした。

西に向かうまでは、ほぼ神殿にいたわたしにとって、初めましての方である。


王太子殿下は、先ほどの謁見の間にもいらしたのだが、遠目だったらしく、改めて間近に来たわたしを三度見した。



三度見するのも納得だわ。

だって、前線に十五年もいた令嬢がどうなるか想像してみて?


まずは、儀式にばっちり対応の聖女の装束なんて着ていられるわけないじゃない?

軽めの防具を付けて、ヘルメットだって必要に応じて被らなきゃなわけで。

幸い、髪の毛に聖力が宿るなんてことは無いので、短く切るかひっ詰めるかの二択。

擦り傷切り傷当たり前。日焼けはしてナンボ。

糧食は大事だから、倒した魔獣も浄化して食べたしね。

前線の当番じゃない時に、魔獣を捌くのまで覚えたわよ。


国に帰る途中で目にした農民の奥さんだって、もっとずっと淑やかだって思うくらい、すっかり野生化したと思う。

うん。野生化。それが一番合ってそう。

いくらお飾りでも、一国の王太子妃、ひいては王妃は務まらないと思う。

建国初期の、王妃も剣を持ったという時代ならともかく、今の時代にはそぐわないと自信を持って言い切れる。


動き回っていたことで無駄なお肉は無く、むしろパサつき気味。

可憐さも瑞々しさも、何も持ち合わせていない。



「その……本当にご苦労だった」


「痛み入ります」


「それで、貴女の働きに報いるためにも、正妃として迎えたいと考えるのだが」


「お断りいたします」


「え?」


「不敬かもしれませんが、わたしに正妃は務まりません」


「いや、貴女にはまだ聖女の仕事があるだろうし、身分の保証というだけでも受けてもらった方が……」


「実際に、妃として仕事をされている側妃殿下がいらっしゃるのです。

わたしは必要ないかと」


「しかし、他にどうすれば……」


言葉を多少変えながらも、同じ問答が繰り返される。

進まないやり取りに、とうとう側妃殿下が口を開いた。


「殿下、そろそろ、お気付きになっては?」


「何に気付けと?」


「聖女様は、前線で十五年も働いて来られたのですよ。

その間、マッチョな騎士やら傭兵やら見放題だったのです。

スリムで見目麗しいと称えられる、殿下のような貴公子では物足りないのですわ」


ああ、羨ましい、と心の声が聞えたような気がするが、それはさておき、ここは乗っかって行こう。


「……そ、そうなんです。すっかり逞しい殿方を見慣れてしまったものですから」


「私は、君のタイプでは無くなったのだな」


いや、婚約者だった時も、別にタイプじゃなかった。

憧れはあったが、特別好みでも無い。

しかし、混ぜっ返すのは悪手だろう。


「わたしも若い頃とは、心持ちが違ってしまっているのですわ」


「だが、正妃として迎えないとなれば、どうやって今までの働きに報いたらいいのだ?」


「何も要りません」


「何も?」


「ええ。前線は大変でしたけれど、一緒に苦労できる仲間がたくさんいたのです。わたしは不幸だったわけでは無いのですよ」


出来る仕事を精一杯やった。

他国の聖女に教えを請い、また、自分から助言もした。

一番過酷だった状況を皆で脱した時、わたしたちは、ただ笑っていた。

全てが解決したわけじゃなくても、希望が見えたから。


「悔やむことも、恥じることもない十五年を過ごしました。

対価は何も要らないのです」


「そうか、私ごときが差し出せる対価は無いのだな」


側妃殿下が、優しく王太子殿下の肩を叩く。

さっきのマッチョ発言は、会話を進めるための機転だったらしい。

正妃に相応しい、賢い方だ。


「王太子殿下にも、共に歩むに相応しい、すばらしい妃殿下が既にいらっしゃいます。

お二人の今後が輝かしいものでありますよう、お祈り申し上げます」


「ああ、ありがとう」


いい感じに話がまとまってきたところで、文官が王太子殿下を呼びに来た。

応接室には、側妃殿下とわたしの二人きり。


「聖女様、ありがとうございます」


「はい?」


「正直、妃の話を断ってくださって、ホッとしたんです」


「ご心配でしたか?」


「ああ、いえ、夫の取り合い、とか嫉妬とか、そういう意味ではないのです。

聖女を保護する目的で婚姻する、というのは、ちょっと時代遅れじゃないかと思っておりましたので」


「それには大いに賛成ですわ」


「もちろん、当人同士が好き合っているというなら別ですが。

とりあえず、他に褒賞を考えませんと。何かご希望はありませんか?」


「わたしは十五年、あの場所で生きてきて、出来れば今後も、そこで働く人たちの手助けが出来ればと考えています。

こうして国に帰れたのも、命を守ってくださった騎士や傭兵の皆さん、そして、魔獣との対戦方法を研究してくださった魔法使いの皆さんなど、たくさんの方のお陰です。

強いて言うなら、今でも西の果てで研究と対処を続ける仲間たちへ、少しでも支援を頂ければ嬉しいです」


「もちろんですわ」


その後、わたしは聖女として神殿へ復帰し、前線で学んだことを文章に残したり、若い聖女に指導をしたりして過ごした。




その手紙が届いたのは、国に帰ってから三年後のこと。


『元気か?

俺は一度、西の果てに様子を見に戻ろうかと思う。

もし、一緒に行く気があれば……』


同じチームで戦った、他国の騎士からの手紙だった。

彼はわたしより十歳年上で、他の皆を引っ張ってくれた人だ。

……付け加えるなら、側妃殿下がマッチョと言った時、一瞬、彼の姿が脳裏に浮かんでしまった。

前線で飽きるほど、男性の鍛え上げられた筋肉を目にしたが、たくさん見れば見るほど、同じマッチョでも違いが分かるようになったものだ。

経験ってすごい。



行くと返事してから一か月後。

わたしは彼と轡を並べていた。


「すっかり乗馬も板についたな」


「先生がよかったから」


西の果てでは馬に乗れないと足手まといだと、一番厳しく教えてくれたのが彼だった。当時は少々恨みに思ったものだ。



「ん? どうかしたか」


まじまじと彼を見ていたら、不思議がられた。


「うん、つくづく好みの筋肉だな、と思ったの」


「……そうか」


彼の耳が薄っすら赤く染まる。

おや? 脈ありだったか?


「その」


「なあに?」


「俺はまだ、独身だから」


「おやおや」


彼は鼻白んだ。


「的外れだったかな?」


「そうでもないわ」


「そうか。……じゃあ行くか」


「はい」


小休止を終えて、わたしたちは西へと走り始める。



瘴気と魔獣については未だ研究中で、不安材料も多い。

未来は明るいなんて誰も保証できない。

けれど、道が続くならば進んでいくだけ。


西の果て、忌まわしきその場所も、希望の土地となる日がいつか、来るかもしれない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか落ちがよろしくマッチョッチョだったとは。 後味スッキリでいいですね。
[一言] 問題はまだ終わってないけど、聖女関連のお話でこんなにスッキリする内容は初めてかも。 良かったです!
[良い点] 更新?ありがとうございます(^O^)/ 自立した聖女! とっても清々しくて良かったと思いました [一言] 王子様と結婚して……が、なんで女の幸せになっちゃったんでしょうかね? 昔はみんな…
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