悪役令嬢で婚約破棄なのかと思ったら違ったようです
異世界転生? ファンタジー
NTR地雷というか、ちゃんと筋通してほしいと思ってたらなんかこんなことに…
「私、エリザベス様に嫌がらせをされていたのです」
少女は切々と傍らの少年に自らの受けた仕打ちを訴える。悪い噂を流されたとか、グループにハブられたとか、教科書が汚されたとか、命令を受けた男に襲われそうになったとか、階段から突き落とされそうになったとか、あることないこと。少年は穏やかにうんうんと聞いていたが、優雅に小首を傾げて少女に問う。
「それで、マリーは私にどうしてほしいのかな?」
「それは勿論、あの方を罰していただきたいのです。悪いことをした人が罰されずのうのうと生きているだなんて、恐ろしくて安心して暮らせませんわ」
いけしゃあしゃあと自分を棚に上げて少女はそんなことを言う。少年はにこりと外見だけは天使のような笑みを浮かべて、言う。
「それはできない」
「えっ」
えっ。
「マリー、君の心痛には私も心苦しく思うよ。だが、リズは私の伴侶となる女性だ。夫となる私に愛人がいれば面白くない気持ちになるのも当然のことだ。甘んじて受け止めてほしい。私からもあまり辛くあたらないよう取りなしておくから」
…正気かこいつ。
「え、あの、クロード様、だって、エリザベス様より私の方が可愛くて共に過ごすと心が落ち着くって」
「ああ、マリー。確かに君はとても愛らしい。恋人として共に過ごすのであれば君の方が優れているだろう。けれど、伴侶としてはリズには及ばない。恋は当人の気持ちだけれど、婚姻は政治だからね。大切なのは家からどれくらいの援助を期待できるかと、女主人として屋敷の切り盛りができるか、社交界でどれくらい顔が利くのか。そういう意味で彼女は公爵令嬢だけあって第二王子の伴侶として申し分ない女性だ」
少年は邪気のない笑顔を浮かべて言う。
「マリーの実家は私に援助してくれるどころか私の援助を必要とする方だろう。伴侶として迎えるメリットがない」
あの人間の気持ちが分からないタイプの自己中、別に改心したわけではなかったようだ。猫を被っていたのか、偶々悪い意味で発揮されることがなかったのか、或いは彼女の頭が足りなかっただけかはわからないが。いやまあ、こんな、学園の卒業プロムの場で盛り下がる話を始める時点で五十歩百歩なのかもしれない。
「少々口を挟んでもよろしくて?クロード様、メアリアン様」
「ああ、何かな?リズ」
「その呼び方は止めてください。私のことはメアリーと」
「まあ、だってわたくしのお友達のメアリー様と紛らわしくていらっしゃるでしょう?それに、メアリアンというのがあなたの正しい名前ではありませんか」
「では、間をとってリズも私と同じようにマリーと呼べばいいのではないかな」
「私とメアリアン様は愛称で呼ぶほど親しくございませんもの」
扇子で口元を隠しながらうふふと笑っておく。当然わざとである。
「メアリアン様は、わたくしが彼女に嫌がらせをしていたと仰ったけれど…わたくし、そのような覚えはなくってよ?…確かに、お友達と、クロード様がわたくしという婚約者がいるというのに他の女性と人前でいかがわしいことをしていたらしいとか、その相手がメアリアン様らしいという話をしたことはありましたし、お友達がわたくしを気遣ってメアリアン様をわたくしに近づけないようにしてくださったりしたことはありましたわ」
まあそれを悪い噂をされたとか、ハブられたとか言うことはできるだろう。だが、いくら学園が魔法の資質さえあればどのような身分の者でも入学できて教師から平等に指導を受けられるといっても、生徒に格差がないわけではない。身分の壁は当然ある。学園は卒業後のためのコネ作りの場でもあるのだ。近しい身分の生徒でグループができるのも当然というもの。
「ですが、学用品を汚損したり衣服を隠したり台無しにしたりなどという低俗なことはいたしませんし、殿方に襲わせるなんていやらしいことは思いつきもしませんでしたわ。本当にそのようなことがあったのなら、他の方の差し金ではなくて?」
教科書だなんて軽く言うが、この世界の印刷技術は未だ発展途上であり、魔法に必要な力ある言葉を印刷機で正確に記すことはできない。魔術文字での記述の必要な書は未だに全て手書きの写本になる。なんなら印刷された本ですらまだ庶民に気軽に購入できるものではない。
「リズが言うなら、その通りなのだろうな。君は賢く、損得勘定のできる女性だ。己に得のないことはしないだろうとも。突き落とされそうになったというのも、マリーの勘違いか、不幸な事故ということかな?」
「心当たりはございませんが、恐らくその通りかと」
しいて言えば、階段ですれ違った時に彼女がぶつかってきて足を滑らせたものだから、魔法でその手を操って手すりを掴ませたことがあったか。まあ2,3段だから落ちても軽い打ち身程度で終わる程度の高さだったけれど。
正直なところ、彼との婚姻が破談になっても、他に嫁ぎ先が見つけられそうな状況であれば私は構わない。彼は政治家としては優秀かもしれないけれど、人間性がド底辺なのだ。顔と魔法と頭の回転は大変優秀だが、それを差し引いて余りあるクズっぷり。夫としては赤点の男である。
まあ私と実家に対する悪評を立てられても困るから、ある意味居合わせてよかったのかもしれない。これを見ていた者たちは、私を悪役とは見ないだろう。寧ろ、悪女と見られるのは彼女の方だ。…否まあ、それ以上に彼のアレっぷりが広まって同情されるかもしれないが。
それにしても、前世の記憶が戻ったのがほんの数日前で良かったのか悪かったのか。とりあえず混乱した状態や彼のエンジェルフェイスに参っている状態でこんなことに巻き込まれていたら、何か失言してたかもしれないからそういう意味ではよかったのかもしれない。魔法を使う者は嘘をついてはならないという縛りもあるが…記憶が戻る前の私がしようとしていたの、嫌がらせじゃないからな。普通に自分の目に入るところ、および社交界から追放抹殺しようとしてたから。
配偶者としてはアレだけど政治家としては悪くないみたいな…
逆に言うとクロードは同じ状況になったら"やる"やつなんだよな…