生活科
「行ってきまーす」
僕は家を出ようとしたら、母親が大きな声を出した。
「どこに行くの?」
「大学」
「土曜日なのに授業あるの?」
「そうだよ。その代わり、水曜日が休みだから」
何度か土曜日に学校に行ったことがあるが、毎週となると初めてだ。授業は午前中しかないが、一限、二限どちらも必修科目だ。電車の時間も平日と違うので、気をつけなければならない。とはいえ、平日より人が少ないので座りやすいから少し楽だ。
一限目は、生活だった。授業のチャイムが鳴ると、先生がやってきた。
「おはようございます、田辺といいます。今年から埼京大の教授になりました」
優しそうな男性で、元小学校の先生だったそうだ。
「みなさん生活の授業って、どんな授業か知ってますか?」
その問いに対して、みんな思い出していた。
「それじゃあ、学生番号下二桁が二十五番の人いますか?いたら手を挙げてください」
社会専修以外にもいたので、五人ほど手が挙がった。まず、廣川が答える。
「分からないです」
「分かりました」
あれっ、どういうことだ?と僕は思った。先生も納得してるし。
他の専修の人は…
「アサガオの観察をやりました」
「地域の資料館や博物館に行きました」
「商店街で買い物しました」
それを聞いて、そーだった、いっしょという感じで思い出していた。
「あれっ、その感じだと、みなさん生活科の授業を受けてるんですか?」
田辺は少し困惑しているようだ。
「みなさん何年生まれですか?」
「昭和六十年です」
それを聞いた田辺が指を使って数えていた。そして、数え終わると驚いた表情で言った。
「生活科が導入されたのが、1992年なんです。初めて受けた学年が君たちなんです。今年から大学生なんですねえ」
この発言で教室が少しざわついた。田辺は続けて言う。
「生活というのは、新しい教科なんです。よく理科と社会を足して二で割ったと勘違いされますが違うんです」
さらに一冊の本をカバンから取り出した。
「それから少し自慢になってしまうかもしれませんが、学習指導要領の色。この色を紫と決めたのが私なんです」
学習指導要領というのは、各教科で学ぶことが書かれている本のことだ。
授業が終わった後、みんなと話した。
「まさか生活科が新しい教科なんて思わなかったね」
「うちらが初めて受けた学年だったんだ」
廣川が割って入る。
「俺、二浪してるから全く受けてないんだよ。この授業を取るとき、生活って何だ?って思ってたわ」
さらに廣川が続ける。
「みんなの話を聞くと、生活って楽しそうだな。俺も受けたかったな」




