母校(中学)の部活事情
「サークル、どうしよっかなー?」
数人で駅前のカフェに入り、入学時に配られた冊子を眺めながら話していた。体育会系だとオリンピック種目に加え、アメフト、剣道、弓道、ダンス、登山などもあって、ひと通り揃っている感じだ。サークルも含めたら、さらに増えるだろう。
文化系も音楽が非常に多かった。吹奏楽だけでなく、オーケストラ、バイオリン、合唱、箏、ギター、ジャズ、和太鼓など幅広い。書道、茶道、演劇、美術、写真に加え、麻雀があったことには驚いた。子どもと遊ぶボランティアも複数あった。
「いろいろあって迷うね」
「飲みサーには入りたくないな」
「入ったら、入ったで大変そう。バイトもしなくちゃだし」
そんな会話が飛び交っていた。
「江本は何にするか決めた?」
僕は少し考えてから答えた。
「学業と両立したいから、無理のない範囲で参加できるのがいいな」
周りもそうだねって感じで納得していた。
「サッカー部、週六って多すぎだろ」
うちのクラスは、サッカー部の経験者が一番多くて大学でも続けたいって感じのようだ。しかし、活動日の多さで、入部を諦めているみたいだ。中学や高校みたいに学校単位の大会に出たいならサッカー部に入るしかないが、サッカーをやりたいだけならサークルに入ればいいのにと僕は思っていた。
それに選択肢があるだけ、うらやましかった。本音を言えば、僕は吹奏楽を続けたかった。しかし、全国レベルの看板部活であり、間違いなく練習は厳しいはず。活動日が週三日となっているが、そんなはずはないだろう。長期休みは毎日だろうし、活動時間を見ると夜九時となっていた。片道二時間近くかけて通っていることを考えれば、体が持たない。いくらかかるか分からないが、お金がないので諦めるしかなかった。
「帰宅部だって、悪くないっしょ」
「まあ、焦って決めなくていいんじゃね?」
「まずは体験入部してから」
そんな会話をしてると、続いて中学の部活の話になった。
「そーいや、中学はどうだったの?」
そう聞かれて、僕は答えた。
「卒業してからだけど、野球部廃部、美術部休部」
「えっ!」
みんなの視線が集まる。
「理由は分からないけど、顧問の先生が何かやらかしたみたいで廃部。全然強くもなかったし、部員数も二十人いかないくらいかな」
それに対して、予想通りのコメントが返ってきた。
「東京って校庭とか狭いんでしょ、ボールが近くの家に飛んだら危ないし」
僕は勘違いされるといけないので、素早く言い返した。
「二十三区で校庭の広さトップテンに入るくらいだから、それが原因じゃないよ」
じゃあ、何で?となったが僕にも分からない。
「美術部は?先生が休職したとか」
「いや、部員ゼロになったから」
「えっ、マジ!?」
これにも仰天していた。
「卒業してすぐ、区内から別の先生が異動してきたんだけど、見た目からして気難しそうで変な先生という感じで。当時の美術部は三年生が数人、二年生はおそらくゼロ、一年生は女子三人くらい。一年間やったけど、先生が嫌って理由でやめたんだ。そのとき、他の先生にも『続けてくれないか』とお願いされたんだけど、みんなで『嫌です』って言ったんだって。結局、新入生も入らなくて部員ゼロで休部。今は分からないけどね」
「生徒数って、どのくらい?」
「各学年三クラスで、全校生徒数が三百人くらいかな」
「そんな少ないんだ」
「美術部が部員ゼロで休部って初めて聞いたよ。てか野球部、美術部なんて、どこの学校にもあるのに、その二つがないってすごいな」
他にも部活に関するネタは持っていたが、お腹いっぱいだと思ったので話すのをやめた。




