第9話 8月6日-1 五勢力
五木は散歩へ出かける。
白騎士は何時に来るのかを言ってくれなかった。五木がそのことに気が付いたのは前日の夜十一時ごろだ。不可解部の面々でそれぞれどんな目に遭ったかをグループ通話で報告し合っていた時である。
自分が一番ひどい目に遭っていると五木は思いながら話をしていた最中、白騎士が時間を言っていなかったことに気が付いた。
それは赤騎士をのした剣も同様だったようで、風名だけが六日の十六時に部室に来ることを知っていた。白騎士は紳士然としているがどこか抜けている人物らしい。もう一人、赤騎士に関しては剣のせいで魂が抜けかけていたので責めることはできない。
十六時という約束の時間。それに間に合うよう家を出るまでの時間を宿題に費やそうとしたものの、どうしても落ち着かない。五木は調査を兼ねた散歩と称して家を出ることにした。
決して宿題が怠いとは思っていない。そんな誰に向けたでもない弁明を五木は心の中でした。
「兄さん、お出かけですか?」
居間に入った時、話しかけてきたのは五木の妹、雅金だ。銀縁の眼鏡に、腰まである長い髪。知的の擬人化のような上の妹。
夏休みだというのにセーラー服にスカートだ。学校に用でもあるのだろう。
「ああ、ちょっと散歩にな」
少しぶっきらぼうに答える。何かしらコメントがあることは予測できている。
五行家の五木を除いた四人のきょうだいは何かしらにおいて出来がいい、というのは五木の評価だ。その中で筆頭と評するのが長女の雅金だ。
頭脳明晰、品行方正。これでスポーツは人並みの一枚上。ほかのきょうだいは文武どっちかがあまりよろしくなかったりする。
「そうですか、気を付けて行ってきてくださいね」
いつもなら、宿題はしたのか、なんて母親みたいな小言を言ってくる雅金なのだが、今日は違ったらしい。
「? 出かけないのですか?」
小言を言ってこないことに硬直した五木に首を傾げて雅金は言った。
「なあ、何か僕に言いたいことはないか?」
何も言われなきゃ何も言われないで少し寂しい気持ちもある。
「はあ、では一言だけ、ゴールデンウィーク明けみたいなことは、困りますからね」
「お、おう。じゃあ、行ってくる。鍵頼むな」
こちらを慮るようなことを言うのを珍しく感じた。
この敬語妹が五木は少し苦手だった。無論、嫌いなわけではないが。
家を出る。雅金が施錠する音を背に聞き、敷地を出る。
よくある住宅街だ。一戸建てだけではなく、低層のマンション、アパートもちらほらある。
空は晴れている。時折吹く微風が夏の暑さには心地よかった。
三か月前、ゴールデンウィークの出来事、不可解部の記録でいうところの『File01 五行のきょうだい』。それを覚えているのはきょうだいの中では五木だけだった。
他の四人はと言うと都合よく記憶の改竄が行われたようで、五木はどうやらその間一人旅に出ていたことになっているらしかった。
実際は旅に出たわけではない。いなかったのはきょうだいたちの方だった。
陰陽五行の野望を阻止すべく、いや弟妹を救うべく戦っていたのだが、そのことは雅金をはじめとしたきょうだいたちは知らない。
ゴールデンウィーク明け、その朝に家に帰った時のことを雅金は言っていたのだろう。
五月六日、登校の準備をしに未明に戻った五木は打撲、擦過傷をはじめとした怪我を負っていた。疲れからか、家に入った瞬間玄関で寝てしまい、きょうだいにその姿を発見され、多大な心配をかけてしまったのだった。
過去の事件についてはここまでにして、五木の思考は今回の事件へと巡る。白騎士はまだ目的を明らかにしていなかった。
風名が言うには、五勢力の一つである色の騎士団は悪魔を狩る活動をしている、とのことだった。
そもそも五勢力が何者かは昨日風名に聞くまで知らなかった。
ゴールデンウィークの事件において、全く関わりがなかったから聞く機会がなかった。「それくらい知ってるでしょ」と言いたげな顔をするだけで風名はわかりやすく説明してくれた。
五勢力、その大半が人類に危機や害をもたらすものへのカウンター集団だということらしい。結果そうなっているだけであって、全部が全部そのために作られたわけではないという曖昧な話だ。
ちなみに大手の勢力が五勢力という名で括られているだけで、その他の勢力は独立勢力と呼ばれている。剣の刀刃家も独立勢力に当てはまるらしい。
悪魔を狩る、色の騎士団。
妖怪退治集団、四ツ橋。
知識の守護者、学院。
暗殺者集団、四死使師。
そしてたった一人で他勢力の抑止となる新興の、一人法師。
この五つが五勢力。
確かに、四死使師と一人法師は他とは異なり、異彩を放っているように感じられる。
そういえば、陰陽五行は四ツ橋と学院の名を口にしていた。「五獣を使うのに四ツ橋、学院のシステムを応用した」とかなんとか。
その時は決戦の緊張感と彼への怒りで聞き流していたが、五勢力は有名らしい。
騎士団がいるということは悪魔がらみ、だと風名は言っていた。
騎士団だけは全メンバーが基本は欧米にいるらしく、複数名が日本にいるということはそういうことだろうとのことである。
今のところ夜にしか事件が起こっていないが、その目的も不明である現状、白昼堂々ことを起こさないこともないはずだ。
あの翼の生えた狼に関して、五木には全くとっかかりとなる知識はない。
昨日の白騎士の話。あれは悪魔。そう言われても五木にはピンとくるものがなかった。悪魔といえば、山羊の頭に蝙蝠の翼に三叉の槍。そんなイメージだ。
悪魔に種類があることを知らない。この国において宗教にあまり触れずに過ごした人間にサタンとルシフェルの違いはわからない。
やはり一人で考えても無駄だろう。五木はそう思った。リフレッシュを目的とする散歩で疲弊しては元も子もない。五木はしばらく何も考えずに歩くことにした。
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