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第1話 8月4日-1 翼持つ狼

五行五木は異形の獣に遭遇する。

 五行五木(ごぎょう・いつき)はおよそと現実とは思えない光景を目の当たりにしていた。

 八月四日。夏休みに入ったばかりだった。早めにやっておこうと思っていた宿題の存在が記憶から薄れ始めた頃。

 白昼夢(はくちゅうむ)を目にしていると思いたい光景に出会った。出遭った、というのが正しいかもしれない。それでもその光景は現実のものだった。


 夏、日はすでに沈んでいる。

 煌々(こうこう)とした街灯の下で、男性が一匹の獣に襲われていた。

 この逸美原(いつみはら)市では、獣害はさほどない。

 人が襲われ、流血を見ることにも肝を冷やすが、白昼夢だと思いたい理由は他にある。

 普通とはいいがたい獣だった。普通の獣、というものについて()かれてしまうと答えに(きゅう)してしまうが、ここでは実在するとは思えないという意味だ。

 一見、その獣は(おおかみ)のように見える。そうではないという判断をすで五木は終えていた。

 

 一対の翼。

 思うまま飛び回り、男性に襲い掛かっている。


 少し前、ゴールデンウィークの出来事(できごと)へ思いを巡らせる。過去にあの異常事態を体験していなければ到底現実だとは思えなかっただろう。

 

 翼を持ち、飛翔(ひしょう)する哺乳類(ほにゅうるい)はコウモリとムササビくらいしか知らない。ムササビは飛行ではなく滑空だったか。そう思い直すほどには頭は冴えている。翼を持つ狼を異形だと、五木は思った。


 そんな問答を頭の中でしている間にも、男性は襲われている。ついには気を失ったのか、壁にもたれ、水中に没するようゆっくりと腰を落とした。


 見捨てて逃げるという選択はない。それに対抗する力だけでなく、恐怖に勝る正義感を残念ながら持ち合わせいた。


 近くの石を手に取ると獣を狙う。なりふり構わない投擲(とうてき)。野球の経験も、フィールド競技の経験もない。いつかテレビで見た野球投手を真似た動きは形にもなっていなかった。

 最悪の場合、襲われている男性に当たってとどめを刺してしまう可能性もあるかもしれない。そこに思い当たったとき、すでに石は手中になかった。


 運がよかったらしい。投げた石は獣の顔側面にうまく当たった。獣はその凶暴な眼差しを石の飛んできた方向――五木へ向ける。(よだれ)を垂らし、獰猛(どうもう)(うな)りを漏らす。毛も逆立っているように見えた。それは多少なりとも(おく)する気持ちがあるからだろうか。


「こっちだ!」


 声が震えないよう抑えた声で(あお)る。獣が向かってくるようになるまで、石を投げ続ける。男性から注意を()らし、自身に標的を移すこと、それが目的だった。

 

 獣は石の雨に腹が立ったのか、狙い通りに標的を変えた。その脚力と翼、両方を駆使し五木へ向かおうとする。

 速い。そう思わされる動きだった。

 幸運は続く。最後に投げた石は少し大きかったらしく、獣の頭に当たると、その体を地へ()とした。

 この隙に獣との距離を稼ぐ。人間が四つ足の生物にトップスピードで敵うわけがないのはわかっている。


 残された男性は後回しにする他ない。獣の顔面を見るにそれほど血で汚れてはいなかったから、出血は多くないだろう。これはあくまでも五木の楽観的観測だが。

 幸運もここまでだった。ノックダウンとまでいかなかったようで、体勢を立て直しつつある。

 翼を使わず駆けてくる。最初ほどの素早さはない。それでも人間の走行には勝る。


 あれも一応生き物ということか。ダメージが入るなら何とかなる。少しの安堵。

 怒り心頭といった様子の獣は迫力があり、正直に言ってしまえばとても怖い。必死に走り、角を数度折れる。最後に曲がった角から十メートルほど走ると、足を止めた。


 五木が立ち止まったからか、獣は警戒し、(にら)(うな)りながらにじり寄るように距離を詰めてくる。お互いに必殺の距離を計り合う。

 

 五木のすでに武器を手にしている。片刃で幅が広い日本刀のような武器。柳葉刀(りゅうようとう)青龍刀(せいりゅうとう)とも呼ばれる大陸の武器だった。

 こちらから向かう必要はない。待ち構え、獣の速度に対応し、斬るだけ。それが勝利条件。もちろん余裕はない。走って弾んだ息はまだ整わない。

 加えて、翼を持つ獣の飛び掛かる速度を全く予想できなかった。


 獣との距離はすでに三メートル弱。飛び掛かってくる体勢。柳葉刀を握る手にさらに力がこもる。勝負は一度きり、一瞬だ。

 獣の荒い息と自身の呼吸音が静寂を塗りつぶす。

 目が合う。

 五木は直感した。来る。刀を握る手に力がこもる。

 獣の獰猛な眼差しが揺らぎ、その毛が波打った。


「ぎゃ」


 と、短い声を上げて倒れたのは獣のほうだった。ただしそれは五木が絶好のタイミングで刀を振り抜いた結果ではない。


 一人の少年が獣の――今は物言わぬ(むくろ)と化したものの背後にいた。

 髪を無造作に侍のように結え総髪にしている。知らない人には時代劇の撮影に思われそうな風体(ふうてい)

 五木と同い年と考えると幼いくらいの顔の作りだが、あまりその表情が動くことはない。

 手には日本刀。時代が許さないファッションだ。ただ、その服装は五木と同じ高校の夏服スタイル――白シャツに黒のスラックスである。


「よかったよね、斬っちゃって」

「……ああ、内心怖かった」

「またまたそんなご謙遜を」


 少年、刀刃剣(かたなば・つるぎ)はあくまで平坦な声で言った。

 剣は五木のクラスメイトで同じ部活動に所属している。

 『刃物使い』の刀刃家、その末裔(まつえい)


「もっと早く斬っちまってもよかったのに」

「ごめんね。風名(かぜな)に電話してた」


 嵐呼(あらしよび)風名、風の魔法使い。剣と同じくクラスメイトで、部の紅一点だ。


「風名なら適任か。それにしても結局全員集合か」

「呼んだのは五木でしょ」


 あの異常な光景を目にしてすぐ、自身が所属する地域不可思議解明部ちいきふかしきかいめいぶ、縮めて不可解部(ふかかいぶ)のグループチャットに位置情報と、簡単な状況を投稿していたのだった。


「それにしても早かったな」

「ダッシュできた」


 見た目は侍か浪人だが、年齢は男子高校生である。流行語も、カタカナ語も、英語だって話す。英語の成績が今のところ五木より良いのは不服に思っていることの一つである。


「それ、なんだと思う?」

「わからない。妖怪、でもないと思う」


 それとは、剣が切り捨てた獣の残骸(ざんがい)。刀で斬ったのに血らしきものは出ていない。


「妖怪は斬ったら血が出る」

「血が出ないのもいるんじゃないか?」

「血も涙もないのはいるけどね。血が出ないのはたいてい幻か偽物だよ」


 二人してあの獣が何者であるのか、考えても答えは出ない。そうしていると獣の遺骸が淡く光った。光は少し強くなったかと思うと、その遺骸は光の粉へと変じ、空へ散っていった。


「生き物、じゃなかったのか」

「どうだろ、分身だった、忍者みたいな」


 もう少しで半年になる付き合いとなった今では、剣が真面目に発言しているのか、冗談を言っているのか五木には大体わかるようになっていた。動いていないように見える表情筋と声のちょっとした抑揚に注意すればいい。

 それで分かったのは冗談で取ってもらっても構わないという場合が多いということだ。本気で何かを伝えたいときは様子や語気が違う。


「剣、あの光、追うぞ」

「まあ、気になるよね」


 光の粒がある方角へと向かって散っていることに五木は気が付いた。その先に何かがある、というのは直観に過ぎないが、さっきの正体不明を調べるには、資料が乏しいのも事実だ。


 光は、地上から十メートルほどの一定の高度を保ち、移動していた。地上を、住宅街を進む二人と比べ、空を進み、障害物をものともしない光の距離は次第に離れていく。


「あの方角は、何があった?」

「何もない。人がいるような場所はっていう意味だけど」

 

 それに、と剣は続ける。


「移動している方向がジグザグ」

「じゃあ、まっすぐ帰るってわけじゃなさそうだな」

「それなりの警戒はしているってことだね」


 追跡は早々に切り上げた。海を走るどころか飛行もできる五木だが、光のほうはすぐにでも追跡を撒くことはできたはずだ。

 例えば目にも見えない高高度を行くなり、地中を進めばいい。遺骸が光になったのだ、それができない道理はない。翻弄して楽しんでいるのかもしれない。さすがにそれは(ひね)くれた見方かもしれないが。

 正体が判然としない今、追跡するのは危険すぎるか。


「……ひとまず諦めて、風名のとこに行くか」


 五木はそう言って追跡を切り上げる。風名が向かったとはいえ、襲われていた男性の安否が気にかかる。


 一人走ってきた道を今度は剣と共に引き返した。

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