イービル・ヴァンパイア
とくとくと血が流れ出ている傷口を、隙間なく口に含み、ちゅくちゅく、音を立てながら飲む彼。
その非日常的な行為に、圧倒されてしまう。目の前には彼のしっかりとした艶やかな黒髪。彼がゴクリ、ゴクリと飲み込むごとに揺れる頭。女の自分のものでは無い、男の香りと、微かな鉄の香り。彼の白い首筋にまで目を落とせば、まるで陶器のようなそれに触れてみたいなどと考えてしまうくらい。いやいや、何を考えてるの…私。今まさに、喉元に食いつかれて血を飲まれてるんだってば。危機感持って!自分!
それにしても、全然痛みを感じない。だからこんなに冷静にいられるのか。そうこう考えているうちに、なんだか黒毛の大きな犬に懐かれて押し倒されているような気分になってきた。よーしよしとその頭を撫でてしまいたいような。
うん、まあ、そういうことだ。
私は彼には男性の魅力を感じてないみたい。
たぶん、彼のことを異性としてちょっとでも意識していれば、こんなに冷静に目の前の状況を分析する余裕はないし、陶器だの犬などという考えにも至らないだろう。こういう時可愛げのある乙女は、頬を赤らめて、涙ぐんで、「あ、や、やめて、いやぁ」なんて可愛く言うんだろうな。
と、そこまで考えてから、どうにか暴れて解放された。
私の肩に食いついていたその犬は、ようやく体を起こすと、口元を手の甲でぬぐった。ふーっと息を吐き、こちらと目線がバチッと合うと、頬を赤らめて負けず嫌いな口で言う。
「まあまあの味だな。しばらくは飼ってやる」
⬛️
幸せの余韻で呆然としていた自分に気づいたのは、彼女と目が合った時だった。
(やばい、めっちゃうまかった…色んな意味で…。)
好きな人だから、こんなに甘くて美味しいのか?それとも、彼女の血は他の吸血族からみても極上である、と言う彼女の言い分があっているのか。
いや、いやいやいや。そんなのはどうでもいい。とにかく、俺の求める女であり、血の提供者は、最高だった。細い肩とやわらかな感触の髪ごと頭に手を添え、そっとその白い肌の首筋に顔を近づけていく瞬間も、柔くて甘い香りにからくらくらした。狭くなった視野にも気づかず、かぷり、と牙を立てると、すぐに赤くて瑞々しい飲み物が吹き出す。一滴もこぼすものかとすぐに口内に収める。唇から伝わる彼女の肌の感触に、身も心も熱くなる。思わず彼女の体に添えた手をもぞりとうごかして、抱き直す。そっと体を寄せてその体ごと彼女を感じられるように。
ああ、唇を離すとその貴重な飲み物がこぼれてしまうからできないけれど、この肌を唇や舌で、もっと味わいたくなってしまう。喉の渇きとその欲望を天秤にかけるけれど、今はやはり、飢えが大きい。いや、欲望の方が優ったとしてもそれは許されない。彼女はただ、俺に食事を提供してくれているだけで、女として体を許してくれているわけではないのだ。こんな至近距離で密着することができるのは、自分の飢えを彼女が助けたいと言ってくれたから。ただそれだけ。勘違いしてはいけない。こくりこくりと飲み干すそれは次第に自分を満たし始めた。そして満足した後も、なかなか唇を肌から離せずにいた。名残惜しくて。既に血は止まって傷は塞がっているけれども、飲んでいるふりを続けた。しばらくすると、彼女が大きくみじろぎしたため、しぶしぶ体を離したのだった。
ネタの蔵出し祭りの一つ