第三話:調査②
翌朝、俺はレベルがどのようにすれば上がるのかを確かめるべく、森へと出ていた。
1から2、および2から3に上がった時に行ったのはキラービーの討伐。
であれば、それが引き金になっている可能性が高いと考えるのが普通である。
現在の速さを手に入れた俺にとってキラービーは脅威ではなく、ただの少し大きい蜂程度のもの。命の危険は一切存在しない。
実際、新たに3体を狩るのに手間は一切かからなかった。
――しかし
「見当違いだったか……?」
キラービーを3体倒したところで、一切レベルが上がったという声は聞こえてこない。
数が足らなかったのかと、戯れにもう2体討伐しても、結果は変わらず。
……もしかしたら、命の危険度やその他諸々が考慮されているのだろうか。
だとしたら想像よりもレベルというのは上げづらいのかもしれなかった。
なんにせよ、再現性が無いものを仮定においても意味がない。
俺はキラービーの素材を回収して、街へと戻った。
「素材の買い取りを頼めるか?」
俺はギルドに着くと、キラービーの毒針を5つ受付に置く。
なお、受付をしてくれているのは、昨日と同じくティアナ。
ただし、昨日と違ってその顔は少しだけ引きつっていた。
「え、ええと、これは……?」
「キラービーの毒針だが。確か、依頼と関係のない素材でも買い取ってくれるんだよな?」
「……いや、勿論するけど。……何処で手に入れたの、これ?」
「そりゃあ、1人でキラービーを討伐してだが」
それ以外でキラービーの毒針を手にすることは出来ない。
畑に生えているものではないし、彼らが森に落としていくものでもなかった。
ティアナは唖然とした顔で口を開く。
「いやいや、流石にそれは……。まだ他の冒険者から盗んだとか言われたほうが納得できるんだけど」
「どうせ盗むなら、わざわざこんなデカくて安いものより、素直に財布を盗む」
おそらく、ティアナは俺がキラービーを倒したということが信じられないのだろう。
当人の俺ですら、若干夢見心地なのだから当然ではあるのだが。
「何か画期的な殺し方を見つけたとか?」
「普通に近づいてナイフで殺した」
「……ん~~~~」
困ったように頭を抱えて唸るティアナ。
しばらくそうしたかと思えば、彼女はガバっと起き上がる。
「……この毒針が、貴方の討伐したキラービーのものだと信じるわ。そのうえで1つだけ質問。貴方の身に何があったの?」
「何があったって言われてもな……」
俺はそう言って口ごもる。
「生憎と、キラービーっていうのはFランク冒険者かつ、スキルを持っていない人間が5体も殺すのは不可能な魔物よ。……もしかして、年齢を偽ってて、ちょうど昨日のタイミングでスキルを開花させたとか?」
「俺の見た目的に、12歳ってのは無理がないか……?」
俺の実年齢は18歳。
どれだけ年齢のサバを読んだとしても、老け顔の15歳が限界だ。
「じゃあ何があったの?」
「それは……」
「それは?」
レベルというものが上がって、ステータスを割り振ったと言って信じてくれるのだろうか。
普通に考えたら、滑稽無形なことだと笑い捨てられるようなもの。
だが、別に隠してるわけじゃないのも事実。
「……わかった、説明する。だが、俺自身分かってないことだらけだからあまり込み入った質問には答えられないからな」
俺はそう言って、俺の身に起きたことについて淡々と説明を始めた。
「現時点で、俺が分かっているのは以上だ」
全てを説明し終えた俺は、疲れたように息を吐く。
「つまり、ステータスってのを上げたから強くなったってこと?」
「……信じるのか?」
あまりにも簡単に信じられて、むしろ俺が驚く。
逆の立場だったら、俺は信じないだろうなと思うからこそ余計に。
しかしティアナはあっけらかんとした表情で答えた。
「ええ、信じるわよ。こう見えて私、人が嘘を言ってるかどうかを見抜くのには自信があるの」
「いや、そういうことじゃ……。でも信じてくれるなら別にいいのか……?」
「ギルドの受付をやっている以上、不思議なスキルとか事象は慣れっこだもの。Fランク冒険者がキラービーを5体も倒してきたことに比べれば、よほど信じられるわ」
……そういうものなのだろうか?
まあ、コレに関しては一旦棚においておこう。
今はそれよりも知りたいことがあった。
「……なあ、こちらからも質問なんだが、レベルとかステータスって何か知ってるか?」
「残念ながら知らないわね」
「そうか……」
そう上手くは行かないか、と俺は肩を落とす。
事が順調に運べば万々歳だったが仕方ない。
そんな俺を見て、ティアナはニヤリと笑う。
「ねえ、1つ提案があるんだけど」
「何だ?」
ティアナは不敵な笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「私はそのレベルとかが何かは知らないわ。でも、ギルドの情報網は広いから、誰か知ってるかもしれない。だから、その情報網を利用して調べてあげる」
勿論、絶対に分かるわけじゃないけどね、とティアナは付け加える。
「……見返りに何をさせる気だ?」
「別に大したことじゃないわよ。うちのギルドで塩漬けクエストをこなしてほしいだけ」
「大したことだから塩漬けになってるんじゃないのか?」
塩漬けクエストとは、誰も受けずにそのまま放置され続けているクエストの事を指す。
大抵が報酬と依頼内容の釣り合いがとれていないクソ仕事ばかり。
かと言って誰かがやらないといけない依頼が、塩漬けクエストとして扱われるようになる。
もちろん、俺だって好んではやりたくないものばかりだ。
「当然、ヨハンさんにでも出来る仕事だけを割り振るわ。……どう? 悪い話じゃないと思うけど」
「たしかにそうかも知れないが……」
そうだなぁ、と俺は少しだけ考える。
正直言って、レベルやステータスの情報は喉から手が出るほど欲しい。
このままだと、何も分からず雰囲気でステータスをいじっていくだけになる可能性が高かった。
ティアナの調べるという言葉がどの程度真実味があるかはわからないが、多少のリスクは許容すべきなのかもしれない。
俺は観念したようにうなずく。
「分かった、提案に乗ろう」
「よし、じゃあ交渉成立ね」
そう言って差し出される、ティアナの右手を俺は握り返した。
彼女の笑みに少しだけ背筋がぞくりとしたが、きっと気のせいだろう。