第十九話:レベル
「お疲れ様、ヨハン。余裕だったね」
試合を終えて、Cランク冒険者への昇格手続きを終えた俺を、リーゼロッテはそう言って迎える。
「何を見て余裕だと思ったんだ……」
本当にギリギリの差だ。
もしバルトロメウスが後少し早かったり、デュラハンの時にレベルが6に上がっていなかったら確実に負けていた。
つまるところ、運が良かっただけなのだ。
「え? だって最後圧勝してなかった?」
「途中、ほぼ負け確だっただろ」
「それについては僕も聞きたいですね」
後ろから突然かけられた声に、俺はビクリと驚く。
振り向くと、そこには先程戦ったバルトロメウスの姿。
此処に居るということは、もう試験はすべて終了したのだろうか?
「あ、バルトロメウスさん、久しぶりだ」
リーゼロッテも知り合いなようで、そう気軽に話しかける。
「リーゼロッテさんもお久しぶりです。……で、ヨハンさん。率直に聞きますが、最初は手を抜いてらしたんですか?」
糸目が少しだけ見開かれる。
試合の時に感じたのとは別の圧力を感じた。
「別に手を抜いてたとかじゃない。俺にも色々と事情があるんだ。……それに、手加減してたのはお互い様だろ」
「何の話でしょうか?」
白々しく答えるバルトロメウス。
「俺に降伏勧告をしたときもそうだが、最初から本気で俺を倒そうとしたらものの30秒で終わってたはずだ」
そう。
彼が本当に本気だったとしたら、俺に状況を整理させる前に意識を刈り取るぐらいは出来たはずだ。
つい最近速さを手に入れた俺と違って、彼はずっと磨き続けてきた技術がある。
だが試合中には、それの片鱗程度しか覗かせなかった。
降伏勧告のときもそうだが、本気にしてはいささかヌルすぎる。
「そこはまあ、試験監督ですから。それに、前途有望な冒険者と殺し合いなんて出来ませんよ。反則ですし」
「よく言う……」
それはつまり、殺す気だったら簡単に殺せたということ。
まあ分かっていたことだが、俺と彼の間には若干の壁がある。
速さでこちらが勝っていたとしても、それを無理やりねじ伏せるだけの技術があるのだろう。
「しかし君に負けたせいで、残りの受験者を全員不合格にしないといけなくなってしまいました」
だがバルトロメウスは不満そうに首をひねる。
残念ながら、それは俺の知ったところではない。
「当然だ。ヨハンはボクとパーティーを組む男だからね。単独の合格ぐらいしてもらわなきゃ困るよ」
「おや? そうだったんですね」
「成り行きでな……」
本当に成り行きである。
やっぱり無かったことにしてくれと言ったら怒られるだろうか……。
「となると、当分はこの都市での活動を?」
「いや、一度俺の地元に戻る。色々とやり残したことがあるんだ。あと数日は残るつもりだが」
ティアナとの約束がある以上、俺はバナ街に戻る必要があった。
とは言っても、田舎街への馬車はそう毎日走っているものでもない。
それまでの間はこの都市に残り続ける予定だ。
「そうでしたか。では、また会う事がありましたらよろしくおねがいします」
バルトロメウスは、それだけ言って闘技場の中へと戻っていく。
それを見送ると、リーゼロッテは機嫌良さそうに口を開いた。
「さあヨハン。祝勝会と、パーティー結成記念を兼ねた宴を開こう。パーティー名も決めないといけないからね」
「パーティー名?」
都会ではそういうものを決めるのだろうか?
普通に、リーゼロッテとヨハンのパーティーとかで良い気がしないでもないが。
「やっぱり、美しいボクを象徴する宝石の名前をあしらって……」
「勘弁してくれ」
俺はそうぼやきながら、リーゼロッテの額を突く。
……そういえば、今回は結構苦労したのにレベル一切上がらなかったな。
※???視点
大きなステンドグラスから差し込む光。
美しくも厳かに照らされる祭壇の前で、1人の女性が祈りを捧げていた。
彼女の両目は包帯で隠されており、身体は修道服を身に着けている。
この場所には一切の音がなく、痛いほどの静寂が辺りを包んでいた。
実に絵画的な光景であった。
そんな教会に、1人のシスターが入ってくる。
「お師匠、調べてきたぜ。例の言葉を調査しようとしてる奴ら」
ガラの悪い言葉。
加えて、口には一本のタバコ。
両目は吊り上がっており、そこから気性の荒さがうかがえる。
とてもじゃないが、教会に身を捧げているとは思えない風貌。
「どこでした?」
お師匠と呼ばれた、包帯の女性はいつものように言葉を返す。
「バナ街ってところのギルドマスターだな」
「バナ街……。聞いたこと有りませんわ」
「都市ナチリフから馬車で2日ぐらいの田舎ギルドだ」
そう言って、ガラの悪いシスターはタバコを吹かす。
「……田舎街だから、我々の調査が行き渡ってなかったのかしら?」
彼女は困ったように、右手を頬に当てる。
「で、どうするお師匠?」
「なんにせよ、『ステータス』と『レベル』の概念は、我々教会が管理するべき情報だわ。ギルドには私から圧をかけて調査を中止させておきましょう」
「で、あたしは?」
シスターは手に持っていたタバコを地面に投げ捨てて、それを踏みにじる。
「バナ街に調査に行ってくれる? そして、誰が言い出したのかを調べてきて頂戴。貴方のスキルなら簡単よね?」
「見つけたら、殺せばいいのか?」
物騒な言葉。
だが、包帯の女性は驚きも注意もせず、淡々と答える。
場合によってはそうしてもいいという口調で。
「流石にそこまでは要らないわ。監視さえしてくれれば充分」
「監視か……。苦手なんだよな」
ガラの悪いシスターは、そう言って頭を掻く。
「良い情報が得られるのを期待しているわ」
その微笑みは、ただひたすらに美しく、まるで聖母のようであった。




