第一話:覚醒
『命令を確認。移動速度に5ポイントを振り分けます。移動速度が5から10に上昇しました』
刹那、俺の身体を白い光が覆う。
突然のことに戸惑いを隠せないが、身体が異様に軽くなった感覚に襲われる。
しかし左腕が未だに動かないことを見るに、毒が治ったということはない。
ならば俺が今すべきことは1つ。
『現在のステータスを表示しますか?』
「うるせえ!」
俺は声を無視して右手でナイフを握り直す。
そして、がむしゃらに残っているキラービーに向けて飛びかかった。
「……え?」
最初に覚えたのは、軽い違和感。
いつもよりも早く動く風景。
いつもよりも広い歩幅。
想定の半分の時間でキラービーの間合いへと入っており、俺はナイフを振り下ろす。
「ギッ……!」
「あと1体!」
何かがおかしい。
だが、今はそれよりも優先することがある。
俺の速さが想定外だったのか、キラービーは一目散に俺から逃げていく。
それでも、俺のほうが速いかったのか、すぐに追いついた。
「ピガッ……!」
前の2体と同じような断末魔を上げて、キラービーは墜落する。
それを確認して、俺はその場にへたり込んでしまう。
「……俺は、勝ったのか?」
キラービーは本来、Fランク冒険者の俺では倒せない相手。しかも、それが3体ともなれば、徒党を組んでも敵わない。
現に、パーティーメンバーはそれを分かっているからこそ俺を囮にした。
もしそれを1人で倒せるのであれば、もはやDランク以上の冒険者。
『経験値が一定値に達したため、レベルが2から3に上昇しました。振り分け可能なステータスポイントが5ポイントあります』
脳内に流れるのは、先ほども聞いたような声。
それが一体何を示しているのかは分からない。
「やべえ、もう身体が……」
麻痺毒が身体中に回ったのか、もう立ち上がることすら出来ない。
自分の見に一体何が起こったのかわからないまま、俺はそのまま意識を手放した
■
「……んっ」
むせ返るような土の匂いで、俺は目を覚ます。
聴こえてくるのは風が木々の葉を揺らす音だけ。
陽はとうに沈んでしまったようで、月明かりだけが森の中を照らしていた。
「俺は、生きているのか……?」
まず俺は、その事実に驚く。
麻痺毒だけで死なないのは分かっていたが、魔物が跋扈するこの森で数時間も寝て無事なのは奇跡的な偶然であった。
立ち上がると、まだ毒が抜けきっていないのか足がもつれる。
「……とりあえずギルドに戻るか」
状況を整理するのはその後で良い。
そう呟いて、俺はその場にあった適当な枝を杖代わりにして歩き始めた。
街へ着き、冒険者ギルドにたどり着いた頃には麻痺毒の効果も抜けていた。
ギルドには数人ほどの冒険者が居るだけで閑散としている。街自体がそこまで大きい場所じゃないため、ギルドの規模も小さい。
俺は受付にいる金髪の女性――ティアナという名前の受付嬢に話しかける。
「あの……」
「……あら、ヨハンさんじゃない」
びっくりしたような顔をするティアナ。
――そう、まるで死んでいるはずの人間が生きていることに驚いたかのような顔。
「俺みたいなFランク冒険者の顔と名前まで覚えてるんだな」
「ええ、それが仕事だもの。Fランク冒険者で4人パーティーを組んでいる……、組んでいたっていう方が正しいかしら?」
「……事情は知ってるって事で良いのか?」
よく考えれば、ギルドが事情を知っていてもおかしくはない。
俺を見殺しにした奴らも冒険者。依頼の報告の際にギルドに寄っているのは当然だ(そもそも依頼自体は薬草採集で、そちらの依頼は完了している)。
「事情っていうのは、ヨハンさんが囮とされたことで良い?」
淡々と述べられた事実に、俺は血液が頭に上るのを感じる。
「あいつらは、今何処にいるんだ」
「さあ? どっか別の街じゃない?」
「……何?」
俺の疑問に、ティアナは微笑む。
「新米冒険者が、依頼の途中で仲間を失う。身の程を知った彼らは冒険者を引退し、悪い思い出のある街から逃げるように出ていく。実によくある話よ」
「なっ……!」
あまりにも想定外の言葉に戸惑う。
だが、言われてみれば分かる話だ。
俺が森で気を失っている間に、彼らは街を出ていってしまったということなのだろう。
「もしかして、復讐でもしたかった? パーティーが生き残るために仲間を囮にするのは、合理的かつありふれたことよ。残念ながらね」
「……ッ!」
唇を噛みしめながらも、俺は彼女の言葉に納得してしまう。
もし俺が奴らの立場だったら、仲間を見捨てる選択をしてしまった可能性が高い。
今回選ばれたのが、不運なことに自分であっただけ。
「はい、これ報酬ね」
「へ?」
突然目の前に置かれた数枚の銅貨に、俺は素っ頓狂な声を上げる。
「受けてもらってた薬草採集の報酬の4分の1よ。死んだと思って彼らに全額渡しちゃってたけど、貴方にもその一部を受取る権利はあるでしょ? だから4分の1だけ」
「良いのか?」
「貴方を死んだと判断しちゃったのは私のミスだからね。それと、これは見舞金代わり。Fランク冒険者がパーティー失っちゃったら、これから大変でしょ?」
おそらく、これはティアナの親切心なのだろう。
俺は頭を下げて、銅貨を受け取る。
「……恩に着る、ティアナさん」
「あはは、恩返ししたくなったら、依頼を沢山受けてこなしてね。そうすればその分、私たちは儲かるから」
「ああ、善処する」
その返事に、ティアナが少しだけ驚く。
きっと、俺がこのまま冒険者を辞めると思っていたんだろう。
だが、まだ冒険者を辞めるには早い。
俺はもう一度頭を下げて、ギルドを後にする。
先程自分に起きたのが一体何なのか、レベルやステータスというものが何かを確かめるために。




