第十二話:かつての仲間②
その後、俺は宿の女将(おそらくはシェフィの母親)に案内をされ、部屋でゆっくりとナイフを研いでいた。
しばらくすると、髪を洗って満足そうなリーゼロッテが部屋に入ってくる。
そんな彼女を見て、俺は悪態をつく。
「おい、リーゼロッテ。あんだけ空気をぶっ壊しておいて、1人居なくなるな」
だがリーゼロッテは素知らぬ顔で髪を梳かしていた。
「ぶっ壊すとは失礼だね。ボクはあの場で最善の行動を取っただけじゃないか」
「最善?」
「だってヨハン、あのままだと彼女のことを殺しちゃいそうな顔をしてたよ?」
「……それは」
否定は出来ない。
あのとき、自分で抑えられないぐらい頭に血が上っていたのは事実であった。
「ま、流石に殺すことはなかっただろうけど、面倒事にはなってたでしょ?」
……かもな、と俺はうなずく。
「なんだお前、そういう判断が出来たんだな」
「キミ、中々失礼だね?」
「悪い悪い。でもまあ助かったよ」
俺は笑いながら謝る。
そんな会話をしていると、ふいに部屋の扉が開く。
そして現れたのは、どこか焦ったような顔のシェフィの母親。
彼女は部屋の中に居る俺たちを見て、口を開いた。
「お客さん、うちの娘のシェフィを見ませんでしたか?」
「……いや、見てないな。リーゼロッテは?」
その言葉に俺は顔をしかめながらも、答える。
リーゼロッテも知らないようで、首を振った。
シェフィの母親は、なおも不安げな顔のまま。
「そうですか……、全く、あの子ったら何処に行ったんだか」
「何かあったんですか?」
「いえ、お客さんが気にすることじゃ……。ただ焚き木を拾いに行くと森に行ってから帰ってこなくて……」
こんな夜に? と俺は思う。
当然だが、森というのは夜であればあるほど危険な場所だ。
灯りが無く視界が不明瞭なのは当たり前として、魔物は夜行性の種類のほうが多い。
「……それは不味いんじゃないか?」
「やっぱり、探しに行ったほうが良いのかね……。本人は絶対に大丈夫だって言ってたから強くは止めなかったけど……」
余計な時間を取ってごめんなさいね、とだけ言い残してシェフィの母親は部屋を出ていく。
俺はそんな彼女の後ろ姿を見て、立ち上がる。
流石に、あの母親をこのまま見過ごすわけには行かない。
しかし、そんな俺を隣のリーゼロッテが遮る。
「ヨハン、もしかして行くの?」
キミには関係ないことでしょ、と言わんばかりの表情。
「……代わりにお前が行くなら俺は宿で待ってるが」
まさか、とリーゼロッテは肩をすくめた。
「ボクとしては、折角髪を洗ったばかりだから、外出はしたくないね」
「なら仕方ないだろ。誰かがやらなきゃいけないことだ」
「……キミ、想像よりも優しいんだね」
先程の意趣返しとまでに、リーゼロッテは意地悪く笑う。
「……そんなんじゃない。ただ、人よりも少し面倒くさい性格をしているだけだ」
俺はそれだけ言って、出ていったシェフィの母親を追いかけた。
※シェフィ視点
深い闇に包まれた森の中。
聴こえてくるのは、虫の鳴き声と風でゆれる羽音だけ
そんな中を、シェフィは松明片手に枝を抱えながら歩く。
シェフィは、先程リーゼロッテに言われたことを思い出してぶつぶつと呟いた。
「ああ、もう腹立つ。何が見捨てたよ。そもそも、あのとき突き飛ばしたのは私じゃないし……」
恨みったらしく、それでいて何処か言い訳をするような言葉。
彼女が此処に居るのは焚き木を集めるためだが、本来焚き木程度であれば近隣の住民から分けてもらうのが普通。
わざわざ母親の忠告を無視してまで森に来たのは、ヨハンに会って抱えたモヤモヤを晴らすための気分転換。
実際のところ、この森はそこまで危険な場所ではなかった。
仮に夜であろうとも、注意深く進めば魔物に襲われるようなことはない。
ただし、今のシェフィのようにずっと上の空で、しかも森の奥深くにまで来ている場合は別であった。
「……え?」
シェフィがけたたましい翅音に気付いたのは、すでに周りを囲まれた後。
「キャァ!!?」
彼女は、自分に対してぶつかってくる影を見て大きな叫び声を上げる。
「嘘、キラービー? どうしてこんなところに!?」
シェフィの言う通り、普段この場所にキラービーが現れることはない。
しかし普段現れないような魔物でも、人間の馬車を追いかけて別の地域から魔物が付いてきてしまうのはまれにあること。
不運だったとすれば、それは彼女がこの村に戻ってきてから日が浅く、そういった知識が欠けていたこと。
だが今の彼女には、そんなもの知る由もなかった。
「いたっ……!」
キラービーが、シェフィの腕を刺す。
痛みに声を漏らすが、事態は好転しない。
麻痺毒が、ゆっくりとシェフィの身体を回っていく。
それと同時に、死の足音もまた彼女に近づいてくる。
(……私、死ぬの?)
シェフィは、ようやく事態を理解する。
皮肉なことに彼女の状態は、かつてヨハンを見捨てた時と酷似していた。
違うとすれば、今回襲われているのがシェフィ本人であるということ。
「誰か、助けて……!!」
毒が回って意識が朦朧とする中、彼女は叫び続けた。
誰か助けて、まだ死にたくない、と無意味な助けを求め続ける。
段々と、毒によって声すら出なくなっていく。
(……ああそっか。私、ヨハンをこんな地獄に落としたんだ)
それは、贖罪にも似た感情。
そんな彼女が意識を失う直前に見たのは、よく見知った人影と、キラービーが一瞬で殺されていく姿であった。




